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生きる場所、における私たちの軽やかで自由な選択──Harumari TOKYOメンバー座談会

  • 2026.3.25

“移住”や“多拠点生活”に始まり、働き暮らす、生き方に紐づく場所が自由にそして多様になってきている。コロナ禍、ポストコロナ、そんな時期を経てその“多様性”もそこに至るモチベーションも次のフェーズに入ってきていると感じる。Harumari TOKYOの編集部にも実際に拠点を東京から移したり、多拠点に構えて暮らしているメンバーがいる。それぞれの理由でそれぞれの場所を選び取り歩んでいる。そこにどんな想いがあり実情はどうなのか。方法も、モチベーションも場所も自分でカスタムして唯一無二の関係性を見出そうとする彼女たちの話を聞いてみた。

なぜ?どこ?どうやって?も自分次第

今回話を聞いた編集部のメンバーは3名。東京以外の拠点との関わり方は見事に三者三様なのがまず興味深い。

30代アリサさんはフリーのコピーライター/プランナー。東京と神戸を行き来しており、メインの拠点は東京。神戸で仕事の基盤を作りそちらでの滞在はシェアハウス。20代ユズキさんは新潟市にパートナーと共に完全移住。東京の仕事はリモートで行い、地元との関わりのある仕事も同時に始めている。そしてユウカさんは元々出身である長野の実家に住処を移し、東京の仕事をリモートと新幹線での通いで続けている。

世間では「移住」のような一言で表現されるが、こんなにも実現の手立てはさまざまでそこにはそれぞれまったく異なる衝動が存在する。ここから先の自分の生き方を改めて考え、ちょっと先の未来の自分に合う人生をカスタムしていく。何もかもが自分でルールを決め、方法を考え実現していけるある意味真っ白なキャンパス。

その軽やかさこそがまず彼女たちが手に入れたかったものなのかもしれない。
東京という一箇所では足りなくなった理由、描かれていない余白に進むと決めた想いは何なのだろうか。

“別の自分”が生きるパラレルワールドを現実化

新潟に移り住んだユズキさんは生まれも育ちも関東、東京からそう遠くないエリアだ。
「20代のうちに関東じゃない何処か別の場所に住んでみたくて、それは人生プランとしてずっと考えていたことでした。」

頭の片隅には常にあったその考えが急に現実味を帯びたのは仕事で新潟を訪れたとき。
「ここに帰ってくるかもしれないとなんとなく感じて。家の更新のタイミングもあって今なら行けるかもと。」

きっかけはもしかしたら大抵こういうことなのかもしれないと思わせる軽妙な口調でサラリと。自分のことを誰も知らない場所に行ったら自分はどうなるのか、それが知りたい。

人は多面的なもので実はいろいろな人格を持っている。
でも同じ場所、変わらぬ環境にいるとその別人格は生きる場所を持たないので出現しないのではないか。
場所を変え、環境を変え、そこで初めて自分の別人格を覚醒させることになるのだ。

“もしかしたらこんな自分が生きる世界線もあるのかも”そんなパラレルワールド的なことを現実化できるのが新しい時代の移住なのかもしれない。

キャリアを拡充するキャリア“エクスパンディング”

東京と神戸の二拠点生活をするアリサさんは、キャリアのための選択でもあったという。
それはキャリアアップという言葉より、仕事や自分の能力や実績の横に広げていくような意味合いが強い。

「自身のこれまでのキャリアの中で何度か震災やコロナなど一瞬で状況が一転してしまう事態を経験しました。だからこそいくつかの場所で多様な関係性を築き、可能性を横に拡げながら活動していたいという想いがありました」

キャリアを進化させていく上での挑戦的な生存戦略だ。

その際に東京にいるときと同じことをしていては意味がない、神戸という場所だからこそできることを探し将来に向けてのチャレンジを積極的にすることを常に考えているのだそう。
東京とは違うマーケットがあって人がいてビジネスが回っている。

場所を変えたからこそできる挑戦とチャンスがそこにはある。ドラスティックに立ち位置を変えてこそ可能になる、横に拡充していくキャリアエクスパンディングこそ拠点の変化が大きな契機になるのだ。

住むと働くを時間で隔てる

元々実家のある長野に居住地を移したユウカさん。
「コロナの時期をきっかけに何か東京にずっといることのモヤモヤを抱えていました。その突破口として“住む”と“働く”の物理的な切り替えを得るために長野と東京の二拠点生活をはじめました。」

東京にいると常に頭が切り替わらず、ずっと働いているような感覚に陥ることは誰でもあるのではないだろうか。

情報に溢れ、24時間動き続け、なんでもいつでも手に入る東京で唯一手に入れられないのはもしかしたら“切り替え”なのかもしれない。
ユウカさんは移動する時間を作ることで、そこに強制的に壁を出現させ切り替えを可能にした。

アリサさんも、この切り替え問題を抱えていた。

「ある日仕事で神戸に行ったら、疲れているね、ちょっと時間ある? と言われ淡路島に。そこには2頭の馬がのんびり草を食んでいて、乗馬してゆったり過ごして30分でまた三宮で仕事に戻りました。短い時間でシーンを切り替えることができる良さに感動しました。」
二拠点目を神戸に決めた理由の1つをこう語ってくれた。

どこまでも喧騒と仕事が脳を追いかけてくる。その利点ももちろんあるが、そこから離れるのは東京にいては至難の業だ。

今の自分を満たす“豊かさ”を使い分ける

人は誰でも多面的な自分を持っている。昨今はその多面的な部分を情報で満たせると思い人類は進んできた。だからこそ少しずつ気づき始めてもいて、情報はどこまでいっても情報で体感や実感とは違うものであるということ。
それは実際に場所を変え住んでみると暮らしの中での小さなレベルで毎日感じるのだろう。

ユズキさんは「東京にいると30分移動しても景色はほとんど変わらない。新潟だと30分移動すれば駅前の賑わいから一気に誰もいない山の中にワープする。それは東京にいては体験できない豊かさでした。」

そんなに環境の違う場所で暮らしたり、働いたりするとき、自分はどうなるんだろう? まだ見ぬその場所だから現れる人格に出会うそんなワクワクもあるのだ。

これまでの移住の感覚と違うのは、軽やかさと自由さを常に纏っていること。
ユズキさんは、東京を離れてみたかったけど田舎暮らしをしたい訳ではない。アリサさんは東京に新しいカルチャーやより多様な文化的娯楽を求めて戻ってくる。場所を自分に合わせて選択し使い分けているのだ。

置かれた場所で咲くのではなく、咲きたい場所を自ら選ぶ時代。
咲き方も、その場所の数も実はなんの決まりもないのだ。未知を豊かな知性と冒険心で軽やかに泳ぐ彼女たちの話は人が本来持ち得る自由さを再認識させてくれた。

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