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HAA 池田佳乃子さん──東京を手放さずに考える、これからの移住

  • 2026.3.17

移住が「人生を変える一大決心」として語られていた時代は、いつの間にか遠くなった。コロナ禍を経て、リモートワークが広がり、二拠点生活や地方移住は選択肢のひとつとして自然に受け入れられるようになっている。「今行きたいから行く」──そんな軽やかさで住む場所を選ぶ人も増えてきた。

ライフスタイルブランド「HAA(ハー)」の代表であり、大分県別府市と東京の二拠点生活を8年続けてきた池田佳乃子さんは、その流れを身をもって感じてきた一人である。ただし彼女は、東京を完全に手放すことはしなかった。別府の余白と東京の混沌。その両方を行き来するなかで見えてきた、自分自身のリズムの整え方と、移住という選択のこれからについて聞いた。

移住が「特別」ではなくなった今

池田さんが別府と東京の二拠点生活を始めたのは2018年。当時はまだ「二拠点生活」という言葉自体がそこまで浸透していなかったという。別府出身の池田さんが東京の大学を卒業後、広告代理店などで働いたのち、地域に関わる仕事がしたいと考えたことが出発点だった。建築家である夫の後押しもあり、まずは実家のある別府に半分住んでみることからスタートした。

「結婚しているのになんで別府に行くの、と聞かれることがほとんどでした。単身赴任ですかって、9割以上の方に言われましたね。自分の意思でそういうライフスタイルを選んでいるとは捉えてもらえなかった」

それが今は、二拠点生活をしていると話しても「いいね、そういうライフスタイルなんだね」という反応が返ってくるようになった。その変化はコロナ禍以降、東京だけでなく、地方の人たちの間でも感じるという。

「『単身赴任なの?』とも聞かれなくなりましたね。二拠点生活っていうものが、コロナ禍を経て市民権を得てきたのかなと。リモートワークが当たり前になったことがやっぱり大きいですよね」

「軽やかな移住」への共感と、少しの引っかかり

ライフステージの変化を待たずに、「今住みたいから住む」という感覚で移住する人が増えている。池田さん自身、フルリモートの会社を運営し、社員がそれぞれ住みたい場所で暮らすことを大切にしている。趣味のバイクに合わせて熊本に住んでいたが、温泉好きが高じて最近別府に移住したメンバーもいるという。住む場所を自分で選べる環境を作ること自体に関心があると話す。

「どこに住みたいか、どういうライフスタイルを送りたいかは、自分が主導権を握るべきだと思っていて。会社と個人のライフスタイルが寄り添ってあるべきなんじゃないかなって」

一方で、軽やかさだけでは見えにくいものがあるとも感じている。二拠点生活や移住の面白さは、街を「定点観察」できるところにあると池田さんは言う。

「東京だと街は常に変化していて、それが普通。でも別府みたいな場所だと、変化がゆっくりなんですよね。お店が閉まって、翌年やっと次のお店が入って、再開するんだなとか。100円で入れる温泉で毎朝話すおばあちゃんがいるとか。そういう‟街が生きている”ような動きのなかに自分も入っていく感覚があって、それを感じられるのに多分3年ぐらいかかるんです」

「行きたいから行く」という軽やかさには共感しながらも、そこに少しでも目的や土地との接点があるといいのではないか。旅行で何度も通ううちに、お店の大将が「おかえり」と言ってくれるような関係性ができて、そこから暮らしが始まっていく。そういう入り口が理想的だと池田さんは考えている。

東京を手放さないという選択

現在、池田さんは月の約3分の2を別府で、残りの3分の1を東京で過ごしている。二拠点生活を始めた当初は東京の比重が大きかったが、次第に別府での時間が増えていった。その理由はシンプルで、東京でやるべきことが明確になったからだ。

「別府にいるとき、体感では1日30時間ぐらいある感覚なんです。逆に東京にいると20時間しかないような。別府にいる間は、仕事が終わったあとにカフェに行って本を読もうかなって思えたり、中長期の事業計画をじっくり考えたり。そういうクリエイティブなことは別府にいるときにやるようにしています」

一方の東京では、シェアオフィスでの情報収集や、起業家仲間との交流、ポップアップの出店など、外に出て人に会う時間に充てている。

では、なぜ別府に完全移住しなかったのか。余白を得るだけなら、東京を手放してもよかったのではないか。

「人間って順応する生き物だと思うんです。別府だけで暮らしていたら、その余白が当たり前になって、自分が思っていた自分にはなれていない気がする。東京にいる自分と別府にいる自分、両方を認識できると、じゃあどういう自分になりたいかをデザインできるようになるんですよね」

東京はアートやクリエイティブな友人との刺激、起業家仲間との切磋琢磨がある場所。別府の余白のなかでは得にくいものが、そこにはあるという。

「東京にいるときの私は、かなりせかせかしているみたいで。HAAのメンバーにも『東京にいる佳乃さんはあまり余裕がないから、相談事は別府でします』って言われるくらい(笑)。でも、そのもがいている自分も必要だと思っていて。別府の余白があるからこそ走り続けられる。そのバランスが、この二拠点生活で成り立っているんだなと感じています」

東京を一言で表すなら、「混沌」だと池田さんは言う。情報も人もアテンションも溢れかえる街。そのなかで何を選ぶかの目を養うには、別府のような余白の時間が欠かせない。逆に、別府だけにいたら「このままでいいや」と思ってしまうかもしれないという危機感もある。

別府も東京も必要。どこかひとつの場所が“正解”ではない

二拠点生活を続けてきたなかで、池田さんが強く感じているのは、「場所は固定しなくてもいい」という感覚だという。

「どこかひとつを“正解”にしなくていいと思えるようになったことが大きいかもしれません。別府が好きだけど、東京も必要。どちらかを選ばなくてもいいという状態が、自分にとっては自然なんです」

かつて移住は、「ここで生きていく」と覚悟を決める行為だった。終の住処を探し、人生の拠点を定めること。しかし近年は、「今の自分に合う場所を選ぶ」という行為に近づいているのではないかと池田さんは感じている。池田さんはそれを、読者にこんな言葉で届ける。

「環境って本当に、自分の視点や価値観を変えてくれる後押しになるんです。自分の価値観にフィットする場所はどこかにきっとある。今の自分にマンネリを感じている人がいたら、まずは気になる街に足を運んでみてほしいですね。1カ月だけ住んでみるでもいい。その小さな一歩が、思いもしなかった自分につながっていくと思うから」

池田さんに今後の展望を聞くと「もう少し拠点を広げたい」という答えが返ってきた。ロンドンやベルリンなど海外にも興味があるという。別府で余白を、東京でモチベーションを得る。そこにもうひとつ、未知の要素を加えたとき、自分がまだ見えていない部分に出会えるかもしれない——そんな予感を、池田さんは静かに持ち続けている。

池田 佳乃子(いけだ・かのこ)

ライフスタイルブランド「HAA」代表。大分県別府市出身。東京の大学を卒業後、映画会社や広告代理店を経て、2018年より別府と東京の二拠点生活を開始。2021年に別府の湯治文化を現代に届けるブランド「HAA」を立ち上げる。別府では余白のある時間のなかで事業構想に取り組み、東京では情報収集や起業家仲間との交流を行いながら、ふたつの環境を行き来する暮らしを続けている。

Instagram:https://www.instagram.com/ikekano_/
Web:https://haajapan.com/

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