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花を見るとなぜ癒やされる?世界で初めて科学的に立証された“花のパワー”とは

  • 2026.3.23
newnowican / Getty Images

花を見るとなぜ癒やされると感じるのか。脳の中ではどんなことが起こっているのか。

世界で初めて、そんなことを地道に研究してわかってきた花のパワーについて紹介します。国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)の望月寛子さんにお話を伺いました。

©蓼科高原 バラクラ イングリッシュ ガーデン

最新の脳科学で解明された花の力

古来、花の存在は人々を魅了し、多くの詩歌や絵画の題材となってきました。日常生活でも、部屋に季節の花を絶やさないようにしたり、あるいは大切な方への贈り物に美しい花束を選んだり、私たちは経験的に、花がもたらす優しさや清々しさを求めてきました。

その「癒やしの力」がいま、最新の脳科学や生理学の視点から、極めて精緻なエビデンスとして証明されたという画期的なニュースが届きました。

農研機構(国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構)が筑波大学らと共同で行った研究「花の観賞による心理的、生理的なストレス緩和効果」の内容を繙くと、そこには想像していた以上に、花と心身の深い相関関係が隠されていました。それはまるで花が脳を「調律」するかのよう。そんな働きについて知りたいと思いませんか。

私たちは、意識せずとも日々さまざまな緊張やストレス、ノイズにさらされています。研究チームは、この日常的な「ストレス」に対して、花がどのような「対抗策」になり得るのかを明らかにする極めてユニークな実験を行いました。

<strong>【図1】花の形に関する調査結果(上)と本研究で用いた典型的な形をした花の画像(下)</strong>|花のイメージのアンケートをとった結果、58.8%の人が下の画像を「最も花らしい」と評価した。 Hearst Owned

花は副作用のないサプリメント

その実験は、参加者に対してまずあえて心理的な負荷を与えることから始まります。例えば、「不快な画像(事故の場面や、本能的に嫌悪感を抱く虫など)」を提示し、意図的にストレス状態を作り出したうえで、その後、間髪を容れずに「花の画像」を見せ、その脳の動きや身体の反応を克明に記録するというもの。

その結果、最新のfMRI(磁気共鳴機能画像法)を用いた脳活動の解析では、驚くべき結果が示されました。

不快な画像によって活性化していた脳の「扁桃体(へんとうたい)」という領域の活動が、花を見た瞬間に有意に抑制されたのです。扁桃体は不安や恐怖、嫌悪といった情動を司る、いわば脳の警報装置。花という美しい存在に私たちの意識が強く引きつけられることで、この警報が解除され、ストレスの源から心がふわりと解き放たれることを証明したのです。

被験者には、ストレスを与えたあとに花の画像を6秒間見せて血圧の変動を計測した。 Hearst Owned


大学で心理学を学んだうえで、この研究を続けた望月寛子さんは語ります。

「これは心理学で『ディストラクション(注意の逸らし)』と呼ばれる効果ですが、花にはほかの実験対象よりも、私たちの注意をポジティブな方向へと引き寄せるパワーがあることが証明されました。

まず、血圧の変化に注目してみましょう。実験では、ストレスを感じて上昇した血圧が、「花」の画像を見ることで最大3.4%低下しました。同じ実験を「青空」のような心地よい風景や、「椅子」のような物体を見たときと比較しても、極めて顕著な変化でした。具体的には、ほかの画像を見ときよりも平均血圧が約2mmHg(ミリメートルエイチジー)低い状態が8秒間も持続したのです。

わずかな差に思えるかもしれませんが、これは身体がリラックスモードに切り替わったことを示す重要なサインです」

<strong>【図2】情動(感情)の質を示すグラフ</strong>|3種類の画像を見せた結果、「花」と「青空」の情動スコアが「椅子」に比べて高かった。 Hearst Owned



<strong>【図3】画像を見たときの血圧の変化</strong>|ストレスの回復期に花の画像を提示した条件では、「青空」または「椅子」に比べて「花」を見せたときに平均血圧が低くなった。 Hearst Owned

花の形と美がストレスホルモンを減少させる

さらに驚くべきことに、唾液中のストレスホルモン「コルチゾール」も減少していたのだとか。

「不快な画像でストレスを負荷したあと、花の画像を見続けたグループではコルチゾールの値が約21%減少。一方で、その花の色や形をバラバラにした『モザイク画像』を見せたグループでは、このような減少は見られませんでした。つまり、これは単なる『色』の刺激ではなく、花としての『形』や『美しさ』を認識することが、内分泌系を整える鍵となっていることを示しています。『美しい』と感じる気持ちが、血管を緩め、ホルモンバランスを整え、私たちの身体を本来あるべき健やかな状態へと導いてくれるのです。一輪の花は、まさに副作用のない、最も優雅な“見るサプリメント”といえるかもしれません」

海馬(記憶を司る部位)と扁桃体(情動を司る部位)が連携し、不快な記憶を抑え込み、心地よさを優先させる。花の画像を見るという行為だけで、私たちの脳内ではこれほどまでにダイナミックな「浄化」が行われている事実があらためて証明されたのです。

<strong>【図4】唾液中のコルチゾールの変化</strong>|「花」の画像を提示した条件では、ストレス期に比べ回復期においてコルチゾール値が低下した。 Hearst Owned


<strong>【図5】脳の活動の変化</strong>|花の画像を提示した条件で特異的に活動が下がった領域(右半球の扁桃体一海馬)(左)と同領域における活動量の比較(右)。 Hearst Owned

日常に生きた芸術を迎え入れる贅沢

今回の研究成果は「画像」を用いたものでしたが、望月さんの研究グループは、生命感を湛えた「生花」であれば、その効果はさらに増幅されるであろうと推察しています。目まぐるしい日々のなかで、ふと立ち止まり、花びらの繊細な重なりや、生命力に満ちた色のグラデーションに目を凝らす。そのわずか数分の日常が、私たちの心身を慈しみ、明日への活力を蓄えてくれます。

「リビングの主役として、あるいは寝室のささやかな彩りとして。旬の花を飾ることは、自分自身への最も贅沢でそして科学的にも理にかなったセルフケアです。花と暮らすのに大金は要りません。花店に立ち寄り、一輪の花を買う。それは数百円で済む、なんと安上がりな贅沢でしょう。花と暮らすことで、精神的に充足したより快適な毎日を送ることができます。今日からできるメンタルケアを始めましょう」

Laura Stolfi / Getty Images

もちづきひろこ◯東京大学大学院総合文化研究科生命環境科学系修了。大学院在籍時はアルツハイマー病やパーキンソン病の記憶障害に関する臨床研究に携わる。国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構へ入構後は、「花」の研究に従事し、花を利用したリハビリテーション方の開発や、花の観賞が人に与える影響を脳科学的に検証した。現在は、同機構の食品部門にて、「おいしさ」を感じる幸福のメカニズムの研究を行っている。

【シリーズ・花を旅する】春に導かれて日本各地へ


ルピナス【北海道】

・深山峠[北海道・上富良野]、上野ファーム[北海道・旭川]、大雪 森のガーデン[北海道・上川](3/28公開予定)

あじさい【東北】
・みちのくあじさい園[岩手・一関]、雲昌寺[秋田・男鹿](3/27公開予定)

バラ【関東・甲信越】
・蓼科高原 バラクラ イングリッシュ ガーデン[長野・蓼科]、佐倉草ぶえの丘[千葉・佐倉]、国営越後丘陵公園 ながおか香りのばら園[新潟・長岡]

シャクナゲ【関西】
・神戸市立森林植物園[兵庫・神戸]
・京都府立植物園[京都]

牡丹【山陰】
・3万輪の牡丹が水面を埋め尽くす日本庭園。国内一の産地・島根県で出合う春の絶景|花を旅する
・牡丹の横綱を決める催し「牡丹番付」とは?|2025年の優秀作を公開!

藤【九州】
・河内藤園[福岡・北九州]、中山熊野神社[福岡・柳川]
・心身のストレスを緩和する「花の癒やし効果」(この記事)
・「私の庭」にようこそ(3/30公開予定)

コラージュ制作=camouCollage(渡部絵里子)

資料提供・協力=農研機構 編集・文=吉岡博恵(婦人画報編集部)

『婦人画報』2026年4月号より

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