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妹島和世がリノベーションを初担当。京都の町家に住まう夫婦を訪ねて

  • 2026.3.11
路地から臨む町家の外観。妹島和世の手によってリノベーションされた家屋は、夕闇の訪れとともに柔らかな光を放つ。
路地から臨む町家の外観。妹島和世の手によってリノベーションされた家屋は、夕闇の訪れとともに柔らかな光を放つ。

京都の西陣、とある丁字路の突き当たりに、この街の伝統的な家屋「町家」がある。ここは車では乗りつけることはできない。1月初めの凍てつく晩、路地を歩いてこの住宅に向かうと、玄関に足を踏み入れる前から、その姿に魅了される。木組みの格子のファサードから放たれる温かな光は、道行く人に、この家で暮らす人の気配をさりげなく伝える。取材に訪れたとき、家主はちょうど、夕食の支度をしているところだった。

「私たちが取り組んでいるのは、町家を今の時代の生活に適した場所にすることです」と語るのは家主の一人、サム・ブルスタードだ。コミュニケーション・コンサルタントのサムはニュージーランド出身で、日本に移り住んで10年以上になる。サムはミーレのオーブンから、焼き立てのローストチキンを取り出す。100年以上前、この家が建てられたときには、調理にはかまどが使われていたはずだ。しかし、サムと彼のパートナーで渉外弁護士からテック系の起業家に転身した白戸勇輝は、洗練されたステンレス製のアイランドキッチンを新設し、機能的な設備を盛り込んだ。これも長い歴史を持つ町家という「器」の中で、現代的な生活を送るための工夫といえるだろう。「町家」は英語でいうタウンハウスに相当し、今回の家のように京都にあるものは「京町家」と呼ばれる。木造の梁や土塗りの壁、瓦ぶきの屋根を特徴とする伝統的な日本家屋だ。何世紀にもわたり、町家はこの街に住む庶民の暮らす家として機能してきた歴史を持つ。広さ50平方メートルほどのこの家には、昔であれば5 〜6人の家族が暮らしていたという。

この家が建つ西陣は、歴史的に織物の製造で知られ、住人の多くが昼間は絹糸などを織り、着物の生地を作ることを生業にしていた。だが「悲しいことに、こうした生活は絶滅の危機に瀕しています」と、白戸は語り、町家は不便で古臭く、維持費がかかると、地元の人たちの多くが敬遠していることを嘆いた。京都に残る町家の数は4万戸を切り、さらに毎年数百戸が解体の憂き目に遭っているという。

建物のエッセンスを尊重しながら、現代的にアップデート

ダイニングスペースの壁際(右手奥)には、月岡雪斎が描いた19世紀の屏風が置かれている。その手前にあるのはハンス・ウェグナーのテーブルとチェアのセット。ペンダントライトはFLOS(フロス)の「グロー・ボール」。
ダイニングスペースの壁際(右手奥)には、月岡雪斎が描いた19世紀の屏風が置かれている。その手前にあるのはハンス・ウェグナーのテーブルとチェアのセット。ペンダントライトはFLOS(フロス)の「グロー・ボール」。

保存された家屋も、たいていはショップやレストランに改装されており、本来の用途である住居として使われるものは稀だ。だからこそ、サムと白戸は東京の本宅に加えて、京都にセカンドハウスを探し始めたときに、住める町家はないかと、手を尽くして探した。こうしてめぐり合ったのが、伝統的な建築様式が残されていることを評価され、京都市から「京町家」に指定されているこの家だった。

京都市から指定は受けていたものの、実際には家屋は老朽化していて、かなり手を入れる必要があった。この歴史的建築物を蘇らせるために、二人が助力を仰いだのが、プリツカー賞を受賞した建築界のレジェンド、妹島和世だ。白戸は共通の友人を通じて、東京に拠点を置く建築事務所、SANAAの共同創業者でもある妹島と知り合ったという。 住宅プロジェクトをもう何年も引き受けていなかった妹島だが、この町家が持つ歴史に加え、これが自身にとって初めてのリノベーションとなることもあり、興味を持ったという。「町家をアップデートして現代生活に適したものにするよりも、古くからの町家の枠組みの中で、現代生活をどうアップデートできるか、という点に興味を持ちました」と妹島は語る。

これはすなわち、町家の建物のエッセンスを尊重するということだ。具体的には、竹の下地にわらと粘土を塗って仕上げた土壁、金物を使わずに松の木を精緻に組み上げた梁、長年のかまど調理によるすすで真っ黒になった台所の壁などだ。そこに、妹島の持ち味として知られる、エアリーで透明感のある要素も加えられている。プロジェクトマネージャーでSANAAのパートナーでもある棚瀬純孝が率いるチームとともに、妹島は路地に面した壁に大きな窓を、コンクリートの床にラジエントヒーターを追加した。さらに階上のスペースには、浮いているように感じられる、開放的な中2階を新設した。

“古きよき時代の雰囲気”を生かす

「この家の中は、かつてはとても暗かったはずです」とサムは語り、1933年に文豪の谷崎潤一郎が著した随筆『陰翳礼讃』の、日本家屋の室内に関する表現に触れた。この随筆が書かれた時期は、ちょうど日本全土に電灯が普及しつつあったころだった。谷崎はろうそくの明かりや暗い室内、母屋から離れて建てられた木造の厠(かわや)などが当たり前にあった、かつての日本家屋の美を称賛し、「日本の漆器の美しさは、そう云うぼんやりした薄明りの中に置いてこそ、始めてほんとうに発揮される」と綴っている。

たそがれ時になると、この家では谷崎が褒め称えた古きよき時代の雰囲気を味わうことができる。江戸時代の浮世絵師、月岡雪斎の肉筆による屏風や、江戸時代の錫製の酒器が、薄明かりの中でひっそりと輝く。寝室として使われている階上のスペースでは、この家の近くで織り上げられた着物地の絹糸がきらめいている。この家に置かれた骨董品の多くは、白戸がオークションで競り落としたものだ。この家では、こうした古いものが、ハンス・ウェグナーのテーブルと椅子のセット、SANAAがデザインしたラビットチェア、そして玄関に光を灯す、イサム・ノグチの「Akari」ランタンなどの洗練されたモダンなピースと巧みに合わされている。

料理好きのための特注キッチンカウンター

キッチンエリアでひときわ目を引くのが、ステンレス製のカウンターだ。4m弱の長さを持つこのカウンターはオーダーメイドで、地元の金属加工業者、コンブ金物店によって作られたもの。調理器具は、カウンター後方に吊るした金属製のバーにかけられている。
キッチンエリアでひときわ目を引くのが、ステンレス製のカウンターだ。4m弱の長さを持つこのカウンターはオーダーメイドで、地元の金属加工業者、コンブ金物店によって作られたもの。調理器具は、カウンター後方に吊るした金属製のバーにかけられている。

簡潔にして考え抜かれた妹島の設計において、構想の中核にあったのはこの家に住む人たちだった。「最初の打ち合わせは、質問で終わりました」と、住人の一人、白戸は妹島との緊密なコラボレーションを振り返る。──ペットを迎える予定は? 子どもは? どんなふうに時間を過ごしたい?といった質問が投げかけられたという。大の料理好きのサムにとっては、客人をもてなすスペースを確保することが最も重要なポイントだった。一方、白戸の優先事項は、よりパーソナルなものだった。こうして、中庭を通った先にあるプライベートスペースには、瀟洒なバスルームがつくられた。

「改築中は、近所の人から『ここはレストランになるんですか?』と聞かれることが多かったですね」と、白戸は笑う。というのも、キッチンのアイランドカウンターが、4メートルという長さだったからだ。製作した地元の金属加工業者、コンブ金物店にとっても、個人宅向けに作ったものではこれまでで最大のものだったという。 ほかにも、妹島と棚瀬がこのプロジェクトに向けて厳選した、多くの職人たちが活躍した。ひのきのベッドや収納家具、階段は京都の南西部の大工たちの手によって作られたものだ。また、瓦も職人によって新たに葺き替えられた。

寝室の壁には、20世紀に制作された柿渋染めのテキスタイルが飾られている。ベッドリネンはサムの地元、ニュージーランドのライフスタイルブランド、Città(チッタ)を使用。フットスローには西陣織の絹織物(きもの北條)が使われている。
寝室の壁には、20世紀に制作された柿渋染めのテキスタイルが飾られている。ベッドリネンはサムの地元、ニュージーランドのライフスタイルブランド、Città(チッタ)を使用。フットスローには西陣織の絹織物(きもの北條)が使われている。

「こうした職人技を維持するのは本当に大変なんです」と、白戸は話す。京都伝統の町家を建てるためのノウハウも、徐々に失われつつあるという。「町家の保存には多大な努力が必要です」と、白戸は語る。「それでも、壊して新しい建物を建てるよりも、今ある建物を今後の世代に向けて残していくほうが、ずっとサステナブルだというのが、私たちの考えです」

ご馳走になったディナーも終盤にさしかかったところで、「あれ、聞こえますか?」とサムが話しかけてきた。耳を澄ますと、確かに外から、カチカチという音が聞こえてくる。「あれは“火の用心”、防火のための見回りです。毎晩、近所の人たちが拍子木を打ちながら練り歩き、火の用心を呼びかけているんです」

今では夕飯の支度にかまどの火をおこして使っている家庭はほとんどないだろうが、この数世紀の歴史を持つ風習はいまだに受け継がれている。サムと白戸は、地元の町内会ではかなりの若手ということもあり、ゆくゆくは活動に加わりたいという。それによって住民同士の結びつきが強いこの地域で、自分たちの居場所を確保することもできるとの考えだ。

妹島にとっても、この家、そして住人が、ここの地域社会と調和して生活してくれることが何よりも重要だった。設計プロセスの初期段階で、妹島は5つの異なる設計案を提示し、加えて紙の立体模型を製作したという。この模型には、周囲の町並みにある建物も含まれていた。妹島と家主の二人はこの模型を囲み、この家が近所の環境とどう連関していくのか、イメージを掴んでいった。「この建物が、プライバシーを確保しつつ、同時に地域の一部になるように、というのが妹島さんの考えでした」と白戸は振り返っている。

Photos: Yoshihiro Makino Text: Hannah Martin Translation: Tomoko Nagasawa Adaptation: Sakura Karugane

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