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母「思うように動けんなった」深く考えなかった私。コンビニの赤飯を見るたび、胸が熱くなる理由

  • 2026.3.4

筆者の話です。
実家へ帰るたび、当たり前のように用意されていた朝ごはん。
赤飯を見るたび、今になって胸に残るものがあります。

画像: 母「思うように動けんなった」深く考えなかった私。コンビニの赤飯を見るたび、胸が熱くなる理由

朝ごはん

「これ好きやったやろ?」
実家に着くと、母はそう言いながら朝ごはんを並べていました。
食卓に並んでいたのは赤飯でした。
誕生日に何が食べたいか聞かれると、必ず「赤飯」と答えていた頃を思い出します。

実家を離れて暮らしていた私は、月に二回は帰省する約束をしていて、意識して時間を作り、家へ戻っていました。
仕事の都合で、朝ごはんを食べずに向かう日もあります。
それでも実家に帰れば、食事の心配をすることはありませんでした。

いつもの光景

玄関を開けると、炊飯器の音や、湯気の立つ台所の気配が目に入ります。
私が実家に着く時間を見計らって、母は台所に立っていました。

「帰りに持って帰ったらいいわい」
そう言って、折詰にして渡されることもあります。

「思うように動けんなったんよ」
母はそう愚痴をこぼします。

それでも帰省のたび、何かしら用意して待っていてくれたのです。
その様子を見ても、私は深く考えることはありませんでした。
ただ「ありがたいな」と思う程度で、その時間を特別なものだとは感じていなかったのです。

変わった実家

今、母は実家を離れ、施設でお世話になっています。
久しぶりに実家へ帰っても、台所は静まり返り、朝ごはんを作ってくれる人はいません。

以前は自然と集まっていた場所が、ぽっかり空いたように感じました。
あんなに温かかったキッチンも、寒さを感じるようになっています。
それは気温の問題ではなく、誰もいないという寂しさに似た寒さなのかもしれません。

気づいた価値

コンビニやスーパーで赤飯を見かけたとき、あの頃の帰省がふとよみがえります。
やわらかな朝の光の中で台所に立つ母の姿まで思い出します。
あの朝ごはんは、当たり前ではありませんでした。

赤飯を見るたび、あの頃の温かさを感じたくて手が伸びてしまいます。
何気なく受け取っていた時間が、とても贅沢なものだったのだと、今になって気づきました。

【体験者:50代・筆者、回答時期:2026年2月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:Kiko.G
嫁姑問題をメインテーマにライター活動をスタート。社宅生活をしていた経験から、ママ友ネットワークが広がり、取材対象に。自らが離婚や病気を経験したことで、様々な悩みを持つ読者を元気づけたいと思い、自身の人脈や読者の声を取材し、記事として執筆。noteでは、糖尿病の体験記についても発信中。

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