1. トップ
  2. レシピ
  3. 開店をめがけてくる客も!香りが力強い田舎そば「お先真っ暗」の危機を救った息子との絆

開店をめがけてくる客も!香りが力強い田舎そば「お先真っ暗」の危機を救った息子との絆

  • 2026.3.2

HBC テレビで、毎週月~金曜ごご4:50~7:00に放送中の情報ワイド番組「今日ドキッ!」。
北海道のさまざまな話題をご紹介している「今日ドキッ!」から、選りすぐりの情報をお届けします。

あたたかい家族の姿を描くコーナー「ファミリーストーリー 家族のキズナ」。
いまは、親子で営む札幌のそば店に密着しました。

父と子の絆…苦難を乗り越え継承

Sitakke

利尻の根昆布と3種のカツオ節が織りなす出汁香るめんつゆ。

Sitakke

あわせるのは、そばの香りが力強く歯ごたえのある田舎そば。

Sitakke

常連客:「南区に仕事にくるときは必ずここで。おいしいのでいつも食べています」

Sitakke

客:「やっぱりおいしいですね。お昼くらいになったら田舎そばがなくなってしまうので、きょうも開店をめがけてきました」

Sitakke

拳ほどもある巨大なマイタケを豪快に天ぷらに。
ひと口かじるとマイタケの豊かな香りが広がります。

Sitakke

客:「そばを食べなくてもマイタケだけでお腹いっぱいになる。他の店ではないね。こんなに大きいものを出すのは」

Sitakke

札幌・南区にある「道産そば 一膳」。
遠方からも、この味を求めてお客さんがやってきます。

Sitakke

厨房に立つのは、店主の齋藤 正典さん。

Sitakke

そして、息子の一輝さんです。

Sitakke

一輝さん:「あと親父なにをやるの?仕込み」
正典さん:「あとはこっちのごはんやなんか…ネギを切ったぞ。きのうはカツカツだった」

名寄出身の正典さん。
若かりし頃、東京で和食職人として腕をふるっていました。

28歳の時には念願の独立、地元・名寄の近くの旭川で居酒屋さんを開業しました。
経営は順調でしたが、昼夜逆転生活だったため、家族と接する時間がほとんどありませんでした。

Sitakke

正典さん:「明け方までやっていた商売なので結構きつくもなってきて、長女が小学校にあがる歳になったので、夜中の商売もなかなかかなと思って…朝くらい子どもとごはんを一緒に食べて『いってらっしゃい』と言えるような仕事がしたいねと」

Sitakke

一輝さん:「父と遊んだりした経験は正直記憶にないくらい。お店が忙しくて、それが昔からというか生まれてからずっとそうなので、それが自分の中では当たり前になっていた」

正典さんはそば打ちの修業もしていたことから、31歳のとき、そば店を始めることに。
しかし…

Sitakke

正典さん:「リーマンショックのあおりで、ごたごたになって店を手放すことになった」

不動産トラブルに巻き込まれ店はもちろん、自宅も失うことになりました。

Sitakke

思い出の写真は、このときにほとんど失い、手元に残っている一輝さんの写真はこの1枚だけです。

そこからは、札幌などで飲食店のアルバイトなどをしながら生計を立てていました。
そんなとき、ある話が正典さんに舞い込みました。

Sitakke

正典さん:「たまたま渡りに船じゃないけれど、ここのオーナーが店を譲るという話で」

Sitakke

2018年、「一膳」という名前をそのままに事業を継承。
再びそば店を営むことになりました。

一方、一輝さんの学生時代は…

Sitakke

一輝さん:「どちらかというとヤンチャな方だったと思います。本当に自由奔放に生きてきた」

一輝さんは高校卒業後、職を転々としたのちに大手人材派遣会社に就職。
そんな折、母・良子さんから1本の連絡が入ります。

良子さん:「お父さんがそばを打てなくなった」

Sitakke

正典さん:「けんしょう炎っていうんですかね。びっちりそばをこねていますので。お先真っ暗、なにも考えてもいないし、どうしようかと思っていても、自分の体ひとつですから。最悪どうにもならないと思っていた」

Sitakke

一輝さん:「『このあとどうするんだろう?』という考えが1番先でした。飲食業界は大変だというのはずっと目にしてきたので、わざわざそこに向かっていくという考えにはいたらなかった」

追い打ちをかけるように、店を手伝っていた良子さんがリウマチを発症。
正典さんは窮地に追いやられました。

一輝さんは会社を辞め、店を手伝う決心をします。

Sitakke

一輝さん:「そのままお店を畳んでしまうというのも、今までやってきていたものなのでもったいないという気持ちもありますし、助けになるのであれば助けたいなという気持ち」

Sitakke

正典さん:「本当に助かった。うちの息子が『おれが手伝ってやろうか』って言ってくれたときは本当にうれしかった」

一輝さんはほとんど調理の経験がありませんでしたが、父からの手ほどきを受け、腕をあげていきました。

いまでは、そば打ちをはじめ調理全般を一輝さんが担っています。

Sitakke

正典さん:「最初は不安だったんだけれど、おれの教え方が悪いからさ。自分でだいぶ研究してくれたみたい」

Sitakke

番組スタッフ:「2人の息はぴったり?」
一輝さん:「どうなんですかね?」
正典さん:「合ってはいると思います」

Sitakke

一輝さん:「移動でぶつかりまくっているけど」
正典さん:「狭いからな」

一輝さん:「ちょっと動きがにぶった?」
正典さん:「にぶっている」

Sitakke

一輝さん:「にぶっている?らしいです」
正典さん:「瞬発力が悪くなっています」

幼い頃から見てきた、料理人としての父の背中。
父から引き継がれていないものが、ひとつあります。

Sitakke

一輝さん:「天ぷらができないと、スタートラインにも立てていないと思っている」

Sitakke

正典さん:「ゆくゆくは息子にやってもらわなきゃ。息子1人で天ぷらも全部やるとなると、その負担はどうなるのかなと思ったり。ね?」
一輝さん:「1人で全部まわさなければいけなくなるから」

Sitakke

良子さん:「1人で全部こなすとなったら、どうかな~」

正典さんは、息子・一輝さんに天ぷらの技術を教え始めています。

Sitakke

正典さん:「付け根を放しちゃうと広がってしまう。そうそう、固まるまで辛抱して持っている」
一輝さん:「こんなもの?」
正典さん:「ちょっと早かったかもしれない。いまはもうよさそう。それを置くときできるだけ下に」

Sitakke

正典さん:「やっぱり自分の体で覚えていくしかないから、人が口で言ったってなにをしたって中々…だからそれをこれから積み重ねてほしい」

今回の取材をキッカケに父への思いを手紙に綴りました。

Sitakke

一輝さん:「歳もとって体がしんどいなかで、まだ現役で働いている姿をみて、息子として誇らしく思います」

Sitakke

一輝さん:「昔、おれはヤンチャをして迷惑ばかりかけてきたけれど、いまこうして一緒に同じ職場で働くことができていることを大変うれしく思います。これからも、いたらない部分が多いとは思うけれど、長く健康に生きてください」

Sitakke

正典さん:「だーめ。歳なんだから涙もろくなってるし」

Sitakke

一輝さん:「撤収ですか?」
正典さん:「ダメだこれ」

【道産そば 一膳】

住所:北海道札幌市南区石山東3丁目

※掲載の内容は番組放送時(2026年1月22日)の情報に基づきます。

元記事で読む
の記事をもっとみる