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「かかりつけの病院しか行かない」スーツケースを持って救急車を待つ60代女性。元救急隊員が明かす現場の葛藤

  • 2026.4.6
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出典:photoAC(※画像はイメージです)

こんにちは。ライターのとしです。

60代女性の救急要請で出場した際、緊急性は高くないように見える一方で、本人の希望が強く、搬送先の調整に苦労したことがありました。

救急搬送の考え方と本人の希望にずれがあり、現場対応の難しさを感じた事案です。

スーツケースを持って救急車を待っていた

その出場は、60代女性の「気分が悪い」という訴えによるものでした。

現場に着くと、女性はスーツケースを持った状態で救急車の到着を待っていました。

その時点で、少し独特な空気があったのを覚えています。

状態を確認すると、バイタルサインに大きな異常は見られませんでした。

会話もできており、すぐに命に関わるような切迫した印象はありませんでした。

ただ、本人の中では受診先の希望がはっきり決まっていました。

「かかりつけの病院にしか行かない」

そう強く話していたんです。

救急隊としては、近くの医療機関から調整するのが原則だった

その女性には持病があり、たしかに普段かかっている医療機関のほうが状況を把握しやすい面はあったと思います。

ただ、その日は受診日でもありませんでした。

しかも、救急隊としては、まず直近の医療機関から受け入れを調整していくのが基本です。

そのため、こちらとしてはその考え方を説明しながら、近くの医療機関から搬送先を考えていこうとしていました。

けれど、本人の意思はかなり強く、ほかの病院へ行くことは断固として拒否する状態でした。

状態だけを見れば大きな異常はない。

でも、本人の希望は変わらない。

現場としては、そこに対応の難しさがありました。

説明を重ねても折り合いがつかず搬送先の調整に苦労した

救急要請では、本人の希望があること自体は珍しくありません。

ただ、今回のように搬送先を強く限定されると現場の流れが一気に難しくなります。

救急搬送は、受診の予約や移動手段の代わりではありません。

近くで対応できる医療機関があるなら、まずはそこから調整していくのが原則です。

そのことを説明しても、本人は「その病院しか行かない」という姿勢を崩しませんでした。

こちらとしても、ただ押し切ればいい話ではありません。

かといって、本人の希望だけで動いてよいとも言い切れない。

現場では、状態の確認だけでなく、本人への説明や搬送先の調整にも時間を取られました。

最終的にはかかりつけが受け入れ、搬送となった

最終的に、かかりつけの医療機関へ連絡を取りました。

その際には、本人の訴えや現場で確認した状態、本人がその医療機関への搬送を強く希望していることも含めて事情を説明しました。

そのうえで受け入れ可能との返答があり、そのまま搬送する流れになりました。

搬送自体は無事に進み、医療機関へ引き継ぐことができました。

到着後、搬送先の医師からは、救急隊に対して申し訳なかったという言葉がありました。

そして本人に対しても、受診の仕方について話があったのを覚えています。

現場で感じていた違和感は、搬送先でも共有されていたのだと思います。

救急搬送の役割と本人の希望がずれるとき、現場は難しくなる

今回のような事案では、状態そのものよりも本人の希望と救急搬送の考え方のずれが大きな負担になることがあります。

もちろん、本人にとっては不安があり、かかりつけに行きたい理由もあったのだと思います。

ただ、救急搬送は、本来すぐに対応が必要な傷病者のためにあるものです。

もし同じ時間帯に、近くでより重い傷病者が出ていたら。

そう考えると、こうした使われ方が続くことには複雑な思いも残ります。

現場では、目の前の傷病者だけを見ていれば済むわけではありません。

本当に急を要する人につなげるために、限られた救急車をどう使うかという視点もあります。

本人の希望に向き合いながら、救急搬送の役割も守らなければならない。

そんな現場の難しさを改めて感じた事案でした。


ライター:とし
元救急隊員。消防で17年、主に救急隊として活動し救急救命士資格を取得。現場経験をもとに、救急の分かりにくい部分を一般向けに噛み砕いて発信しています。  


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