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活動休止の会見当日「僕が必ずフォローする」と大野智に告げた【嵐メンバー】とは? 垣間見える“等身大の素顔”

  • 2026.4.5

デビューから25年以上の時が流れても、なお色褪せることのない輝きを放ち続けるアイドルグループ・“嵐”。音楽シーンの記録更新にとどまらず、バラエティ、俳優業、さらには社会貢献まで、彼らが築き上げてきた足跡はまさに日本のエンターテインメント史そのものと言っても過言ではありません。今回は、そんな“国民的アイドル・嵐メンバーの輝かしい功績”を振り返ります。本記事では第2弾として、櫻井翔さんの功績をご紹介。知性を武器にアイドルの活動領域を報道の現場まで広げ、さらには自ら作詞を手掛けるラップのリリックでも異彩を放った、唯一無二の表現力とは――。

※本記事は、筆者個人の感想をもとに作品選定・制作された記事です
※一部、ストーリーや役柄に関するネタバレを含みます

「ノリ一発」の応募から葛藤の両立生活へ

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※Google Geminiにて作成(イメージ)

櫻井翔さんが事務所に応募したきっかけは、本人曰く「ノリ一発」でした。中学生の頃、友人の兄の文化祭で女子高生たちに騒がれ、周囲から「応募してみろよ」と煽られたという櫻井さん。さらには、スイミングスクールのコーチからカワイイと称賛され続けたことをきっかけに、親に黙って自ら履歴書を送付したそうです。その後、オーディションに呼ばれ、事務所に所属することとなりました。

しかし、その道は決して平坦ではありませんでした。幼稚舎から慶應義塾で過ごした16年、家族からは芸能活動を猛反対されており、学業との両立は「意地」でもあったといいます。Jr.黄金期を支えながらも、本人は「高校を卒業したら辞めよう」と考えていたそうで、嵐としてデビューが決まった後でさえ「バレーボールワールドカップの期間限定ユニットで終わる」と思っていたほど、国民的アイドルとなるまで長く続くことは予想していなかったようです。

15年以上続くキャスター業と“サクラップ”の確立

2000年に慶應義塾大学へ進学し、アイドルと大学生という二足のわらじを履きこなした櫻井さん。2004年の卒業を経て、2006年からは日本テレビ系の報道番組『NEWS ZERO』(現・news zero)の月曜キャスターに就任しました。2026年でキャスター就任から20年目を迎える櫻井さんは、今や選挙特番『zero選挙2026』の司会や、さまざまな夏季・冬季オリンピックの取材を担当。NHK紅白歌合戦の司会も何度も担当し、“インテリ系アイドル”というジャンルを完全に定着させました。

そんな頭脳明晰な櫻井さんの代名詞とも言えるのが、嵐の楽曲を唯一無二なものへと昇華させる“サクラップ”です。m-floのVERBALさんから「なんで自分で書かないの?」と言われたことを機に、嵐の楽曲のラップ部分(通称:サクラップ)を自ら作詞を始めたのだとか。インテリなイメージからは想像できないようなワイルドなラップ詞と、キャスターならではの聞き取りやすい歌唱が魅力で、SNSでは「サクラップ最高」「まじで天才」といった支持を集めています。

40歳を過ぎても変わらない等身大の素顔

完璧超人に思える櫻井さんですが、人間味あふれるエピソードも多くあります。40歳を過ぎた現在も「いまだに母とケンカする」とテレビ番組で告白。過去には誕生日に「もう37歳、あなたとは喧嘩しない」と宣言したこともありましたが、今なお親子で言い合える関係性は、多忙なトップスターの微笑ましい日常を感じさせます。

また、2020年の活動休止発表時、キャスターを務める報道番組『news zero』で会見後初の生出演を果たした際の振る舞いは、多くのファンを感動させました。有働由美子アナに対し「すべて話します」と誠実に宣言。さらに、会見当日、リーダーの大野さんに「何かあったら僕が必ずフォローするから安心して」と連絡を入れていたことを明かし、その対応力と仲間への思いやりがSNSでも「何回思い出しても最高」「優しさに溢れてる」と絶賛されました。

俳優、アーティスト、そして報道人。いくつもの顔を持ちながら、どのジャンルでもトップクラスの活躍を見せる櫻井さんの根底には、常に「嵐」と「仲間」への深い愛情がありました。


ライター:天木拓海
映画・アニメ・ドラマなど、エンタメ作品を観ることを趣味としているライター。エンタメ関連のテーマを中心に、作品考察記事/コラム記事などを手掛ける。

※記事は執筆時点の情報です