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訪問看護で…看護師「念の為、受診しましょう」→直後、患者の息子の表情が凍りついたワケ

  • 2026.3.26
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出典:photoAC(※画像はイメージです)

こんにちは。現役看護師ライターのこてゆきです。

訪問看護の現場では、医療的に「正しい判断」が、必ずしもそのまま受け入れられるとは限りません。

病気だけを見ていればよいわけではなく、そこには家族の生活や仕事、日常の事情が複雑に絡んでいます。

今回は私が訪問看護の現場で経験した、「念のため受診しましょう」という一言が、家族の表情を変えた出来事について紹介したいと思います。

いつもと少し違う、という違和感

訪問看護を利用している高齢男性のAさん。慢性心不全などの慢性疾患があり、長く自宅療養を続けている方でした。

これまで大きな急変はなく、体調は比較的安定していました。お宅に伺うと、Aさんはいつもソファに座りながらこう言います。

「今日は天気いいな」「この前の野球、見た?」

そんな何気ない会話をしながら、バイタルを測り、体調を確認する。それがいつもの訪問の流れでした。しかし、ある時期から少し様子が変わってきました。

「なんだか最近、だるいんだよな」
「食欲もあんまりなくてね」

Aさんはそう言いながらも、深刻そうな様子ではありません。血圧や脈拍にも大きな異常はなく、呼吸状態も落ち着いています。

数字だけを見れば、急いで病院に行くほどの状態ではない。けれど看護師としては、どうしても引っかかるものがありました。

「いつもと少し違う」

訪問看護では、この違和感がとても大切です。大きな変化になる前に、早めに対応することが重症化を防ぐことにつながるからです。

「念のために受診しましょう」の一言で息子さんの表情が曇った瞬間

その日もいつも通り訪問を終え、帰り際にご家族へ声をかけました。Aさんと同居している息子さんです。私はできるだけ穏やかな口調で言いました。

「大きな問題ではないかもしれませんが、最近少し体調の変化があるので…」

そして続けました。

「念のため、一度受診してみましょう」

訪問看護ではよくある提案です。何もなければそれで安心できますし、もし何かあれば早めに対応できます。医療者としては、ごく自然な判断でした。

けれど、その瞬間でした。息子さんの表情が、ふっと曇ったのです。息子さんは少し間を置いてから、こう言いました。

「…また病院ですか?」

声のトーンが、わずかに変わっていました。私は状況を説明しようと続けました。

「今すぐどうこうという状態ではないと思いますが、念のため確認しておいた方が安心かと…」

すると息子さんは、少し強い口調で言いました。

「前もそう言われて行きましたよね。結局、様子見で大丈夫って言われましたよ」

言葉は冷静でしたが、どこか苛立ちが滲んでいました。

息子さんはさらに続けます。

「仕事を休むのって、簡単じゃないんです」

その言葉を聞いて、私は少し戸惑いました。普段の息子さんはとても穏やかな方で、看護師にも丁寧に接してくださる人だったからです。

見えていなかった「生活の事情」

私は一度言葉を止めて、ゆっくり聞いてみました。

「通院の付き添い、大変ですか?」

息子さんは小さくため息をつきました。

「…正直、大変ですね」

そしてぽつりと話し始めました。

「これまでにも何回か病院に連れていってるんですけど、そのたびに仕事を休んでるんです」

「うちの会社、人が少ないんで…また休むのか、って顔されるんですよね」

その言葉には、疲れがにじんでいました。

Aさんの通院は、基本的に息子さんが付き添っています。高齢で足元も不安定なAさんを、一人で病院へ行かせるのは難しいからです。

つまり「受診」という1つの判断の裏には、仕事を休む、車で病院へ連れていく、待ち時間を含め半日以上かかる、そんな現実的な負担がありました。

医療者の「念のための受診」

そのとき私は、はっとしました。医療者にとっての「念のため」は、安全を守るための言葉です。

少しでも異変があれば確認する。何もなければ、それで安心できる。それは間違いなく大切な判断です。しかし、家族にとっては、その一言が

「また通院しなければならない」「また仕事を休まなければならない」

という現実的な問題につながります。医療的には小さな判断でも、生活の中では決して小さくない決断なのです。

私は改めて、ゆっくり言いました。

「お仕事のこともありますよね」

息子さんは小さくうなずきました。しばらく沈黙が流れたあと、私はこう提案しました。

「もしすぐの受診が難しければ、数日様子を見ながら変化を確認する方法もあります」

「先生にはこちらからお伝えしておき、その間に症状が強くなったら、その時点で受診を考えるという形でも大丈夫かもしれません」

息子さんは少し考えたあと、言いました。

「…それなら助かります」

その表情は、さっきより少しだけ和らいでいました。

病気だけではない「在宅医療」

訪問看護の現場では、病気だけを見て判断することはできません。ここには必ず家族の仕事、介護の負担、経済状況、生活のリズムといった現実があります。

医療者にとって「安全な判断」でも、家族にとっては生活を揺らす決断になることがあります。

あの日私は、改めて在宅医療は病気だけではなく生活そのものと向き合う医療なのだと感じました。

そして「念のため」という言葉の裏に、どれだけの重さがあるのかを、もっと想像しなければいけないのだと思いました。



ライター:こてゆき
精神科病院で6年勤務。現在は訪問看護師として高齢の方から小児の医療に従事。精神科で身につけたコミュニケーション力で、患者さんとその家族への説明や指導が得意。看護師としてのモットーは「その人に寄り添ったケアを」。


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