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転院準備中、看護師「処分しても大丈夫ですか?」患者「はい」→数日後、起きたトラブルに後悔…

  • 2026.3.24
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出典:photoAC(※画像はイメージです)

こんにちは。現役看護師ライターのこてゆきです。

精神科病棟で働いていると、患者さんの持ち物にはそれぞれの「時間」が詰まっていることに気づかされる瞬間があります。

一見すると古びた紙袋やノート、使いかけの手帳。それらは、私たち医療者の目には「物」に見えても、患者さんにとっては人生の一部そのものだったりします。

今回は、私が精神科病棟で経験した、ある紙袋をめぐる出来事について書きたいと思います。

ロッカーの奥に置かれていた紙袋

精神科病棟に長期入院していた女性のAさんは、重度のうつ病を患っている方でした。

Aさんは感情表出がとても少なく、会話も短い方でした。

「体調どうですか?」

と声をかけても、返ってくる言葉はたいてい決まっていました。

「…大丈夫です」

それ以上、自分から話を広げることはあまりありませんでした。表情の変化も少なく、どこか淡々とした雰囲気の方でした。Aさんは数年前に夫を亡くしていました。

ある日、清潔ケアの際にロッカーを整理していると、奥に古い茶色の紙袋が置かれているのが目に入りました。

特別なものには見えません。少しくたびれた、よくある紙袋です。

私は軽く尋ねました。

「この袋には何が入っているんですか?」

Aさんは一瞬だけ袋を見て、こう言いました。

「…たいしたものじゃないです」

それ以上は何も言いませんでした。私も深く聞くことはせず、「そうなんですね」と答えて、そのままロッカーに戻しました。

「いりません」転院が決まり、私物整理の中で返ってきた一言

しばらくして、Aさんの転院が決まりました。

症状は少しずつ落ち着いてきており、より生活支援に近い環境へ移ることになったのです。

転院の日程が決まると、病棟では私物整理を進めることになります。Aさんのご家族は遠方に住んでおり、当日まで病院に来られないとのことでした。

そのため、先にAさん本人と一緒に持ち物を確認していくことになりました。衣類、洗面道具、本やノート。必要なものと不要なものを分けていきます。

そして、ロッカーの奥から、あの茶色の紙袋が出てきました。

私は袋を手に取り、Aさんに聞きました。

「この袋はどうしますか?」

Aさんは少しだけ目を伏せました。そして、静かに言いました。

「…いりません」

私は確認するようにもう一度聞きました。

「処分しても大丈夫ですか?」

Aさんは小さくうなずきました。

「はい」

病棟では患者さんのプライバシーを尊重するため、ご本人の許可なく私物の中身を確認することは控えるのが基本ルールでした。

そのため、ご本人が『いりません』と言った以上、それに従うのが正しい対応だと、そのときの私は思い込んでしまったのです。

家族から「あの袋は?」と質問され…

転院当日。娘さんが付き添いのため病院に来ました。荷物を確認しながら、娘さんがふと聞きました。

「母、茶色い紙袋を持っていたと思うんですが…」

私は少し考えてから答えました。

「あの袋ですか?ご本人がいらないとおっしゃっていたので、処分しました」

娘さんは一瞬、言葉を失ったような顔をしました。そして小さな声で言いました。

「…あれ、父の手紙が入ってるんです」

私は思わず聞き返しました。

「手紙、ですか?」

娘さんは静かに説明しました。

「父が亡くなる前に、母に書いていた手紙をまとめて入れていた袋なんです」

「母、ずっと持っていたはずなんですが…」

その言葉を聞いたとき、胸の奥がひやりとしました。

「本当は持っていきたかった」ぽつりとこぼれた言葉

その場にいたAさんは、ずっと黙っていました。私は思わず言いました。

「すみません、確認が足りませんでした」

するとそのとき、Aさんがぽつりとつぶやきました。

「…本当は」声はとても小さく、かすれていました。

「本当は、持っていきたかった」

少し間があって、Aさんは続けました。

「でも…迷惑かける気がして」

娘さんは何も言わず、Aさんの顔を見ていました。私はその言葉を聞きながら、自分がどれだけ表面の言葉だけを受け取っていたのかに気づきました。

「いりません」という言葉

Aさんは確かに「いりません」と言いました。しかしその言葉の裏には、いろいろな気持ちがあったのかもしれません。

転院で迷惑をかけているという思い、荷物を増やしたくないという遠慮、家族やスタッフへの気遣い。

そして、何より夫との時間を手放すことへの迷い。それでもAさんは、自分の気持ちをうまく言葉にできなかったのかもしれません。

私はその言葉を、そのまま受け取りました。「いりません」という言葉を、本当に不要という意味だと思ってしまったのです。

袋の中にあったもの

あの袋の中に入っていたのは、単なる紙ではありませんでした。

それは、Aさんが夫と過ごしてきた時間であり、失ったあとも大切に抱えていた記憶だったのだと思います。

私たちにとっては、ただの紙袋。けれどAさんにとっては、手放すことのできない時間のかたまりだったのかもしれません。

無表情だから平気だと思っていたこと、「大丈夫です」という言葉を、そのまま受け取っていたこと。

あの日処分してしまった袋の中には、彼女が大切にしていた時間が残っていたのだと、後になって気づきました。

精神科の看護では、言葉の奥にある気持ちを想像することがとても大切です。

あの紙袋のことを思い出すたびに、私は今でも「その言葉、本当にそのまま受け取っていいのだろうか」と自分に問いかけています。



ライター:こてゆき

精神科病院で6年勤務。現在は訪問看護師として高齢の方から小児の医療に従事。精神科で身につけたコミュニケーション力で、患者さんとその家族への説明や指導が得意。看護師としてのモットーは「その人に寄り添ったケアを」。


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