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【猫の実話】母の車のエンジン音を聞き分けていた猫。誇らしげな表情が忘れられない

  • 2026.2.23

【猫の実話】母の車のエンジン音を聞き分けていた猫。誇らしげな表情が忘れられない

「猫がいてくれるから」がんばれる。救われた。毎日が楽しい…… そんな猫たちとの暮らし、出会いや別れなどの実話を集めた本が話題です。その中から、エピソードをひとつ紹介しましょう。ふらりと出かけて、数日帰らないこともしょっちゅうなオス猫。そんな風来坊な猫と暮らしていた一家の話です。好評につきリバイバル配信です。

風来坊のクロ

猫は死にぎわに姿を消す。

これは聞いたことがある人も多いのではないでしょうか。死にぎわの姿を見せない美学のような捉え方をされがちですが、野生では弱った姿を見せるとほかの動物に襲われるので、それを避けるためというのが本当のところだともいわれます。
とはいっても、完全室内飼育が増えた現代では、猫は姿の消しようもないのですが。

30年ほど前までの日本では、飼い猫が自由に外を歩くことが普通にありました。町中で猫を見かけると、「あ、隣の家の飼い猫だ」「この子、田中さん家のタマだな」などとわかったという経験のある人も多いのではないでしょうか。

家を出て歩き回る猫の行動範囲は、実はそう広くないようです。ある調査では、だいたい自分の家の100メートル四方をウロウロしているという結果が出ています。それが平均的な猫の縄張りなのでしょう。その中で、何か異常がないかパトロールしているんですね。

でも、たまにこの範囲を超えて、遠くへ出かける風来坊のような猫もいます。好きなときに出かけて、気ままに帰ってくる。
家族はそんな習性を受け入れながら、ときどき何日も帰ってこないと心配になったり、それこそどこかで死期を迎えたんじゃないかと思ったり……。

そんな風来坊な猫と暮らしていた一家をご紹介しましょうふらりと出かけて、数日帰らないこともしょっちゅうなオス猫。
でも、彼が最期、死に場所に選んだのは、家族のそばだったのです。

名前 クロ
年齢 享年 14歳
性別 オス
種類 ミックス(キジトラ白の長毛)
性格 ・陽気でフレンドリー ・ときどきガンコ
特技 ・布団の上で大の字で寝ること ・庭で昼寝する場所を見つけること
好きなもの ・初対面の人へのあいさつ ・夜の散歩 ・マグロ

最期は戻ってきた自由な猫

思えば、クロはずいぶんと自由な猫だった。

クロとの出会いは、私が中学生のころまでさかのぼる。
学校から帰ってきたら、中途半端な大きさの子猫が家の中をうろついていた。母に聞く と、飼えなくなったという知り合いからもらってきたという。

うちには、私が小さなころから常に猫がいて、私も猫好きに育ったのだった。
「今度の猫はずいぶんフサフサしているなぁ」と思いながら、子猫にちょっかいをかけた。
どんな猫種の血が混ざっていたのだろうか、クロは田舎の中学生があまり見たことない ような長毛の猫だったのだ。

クロは元いた家では、完全に室内で過ごしていたようだ。
しかし、我が家の歴代の猫はみんな、自由に外に出ていた。現在では推奨されない飼い方だと承知しているが、 40年近く前の田舎ではそういう猫が多かった。

クロを庭に下ろしたところ、最初はおっかなびっくりでよちよち歩いていた。しかし、すぐに外の楽しさに目覚め、頻繁に出かけるようになった。

最初は庭で満足していたが、だんだん行動範囲が広がっていったようだ。私が高校生に なったころには、だいぶ遠くの家の人から、「お宅の猫が歩いていた」という話を聞くことがあった。クロの長毛は目立ったので、ひと目でわかるのだ。

クロは一日に何度も室内と屋外を行き来するのが好きだった。
朝起きてごはんを食べて外出。昼前に帰宅してごはんをねだる。また外出。夕方、母や私が帰宅するころに合わせて帰ってきて、またごはんをねだる。そのあと、家や庭でゴロゴロして、夜早い時間に外出。もしくは私の布団で早めに寝て、早朝に外出する。
そんなルーティンで、家と外を行ったり来たりしていた。

帰宅するときには、大きめな声でニャオニャオと鳴きながら家に入ってきていた。まるで「帰ったぞー」とアピールしているようで、それに対し、家族に「おかえり〜」と言われるのが好きだった。
夜の外出が長引いて、翌日の夕方ごろに帰宅することもあったが、丸一日不在にすることはほとんどなかった。

ところが、クロが4歳くらいのときのことだ。3日たっても帰ってこない。
さすがに心配した母や私がクロをよく見かけるあたりに探しに行ったが見つからない。
どこかでケガして動けなくなっているのかも。このまま帰ってこなくなったらどうしよう。家族がおろおろしていた4日目の夕方。ようやく遠くからニャオニャオと声がした。

クロが帰ってきたのだ。少々ボロボロになっていたが、元気そうだった。むしろ「や あ、帰ってきたぞ」と、たいそう偉そうな顔をしていた。
そして、腹をすかせていたのか、ごはんをたっぷり食べてすやすやと寝始めた。
留守にしていたことなどまったく気にしていない態度に、「なんて自由なヤツなんだ」 と呆れたものだ。

その後も1年に1度くらい、2〜3日姿を消すことがあった。
帰ってこないけど大丈夫かな、と家族が心配し始めたころに、ひょうひょうとした風情 で帰宅する。
今の私なら、「お前は寅さんか!」と突っ込んだに違いない。

ふらふらと自由な猫だったが、家族に対しては甘えん坊な面もあった。とくに母が家に いるときは、よくあとをくっついて歩いていた。
母は自分用の車を持っていて、パートや買い物などにはそれで出かけていた。帰宅して車から降りると、クロは庭にちょこんと座って「ニャーオンニャーオン」と鳴くそうだ。 母が何時に帰宅しても、必ず庭に座っている。そして、母の足元にまとわりついてかまってもらう。それが終わると、安心してまた散歩に出る。そんな生活をしていた。

父やほかの人の車ではそういうことはなかったので、母の車のエンジン音を聞き分けて いたらしい。クロが亡くなってもう30年近くたつが、母は今でもこのエピソードをよく話す。クロがそんなふうに特別扱いしてくれていたのがうれしいのだ。

とはいえ、クロは来客のお出迎えもしていた。自分が家にいるときに来客があると、必ず奥から出てきて、「ニャーオン」とあいさつをするのだ。
豊かな毛並みと大きな体を持っていたクロは、「立派な猫ですねぇ」とお客さんにほめられることが多かった。すると、どこかしら誇らしげな表情を見せるのだった。
機嫌がいいときはそのまま座卓に上って、お客さんにゴロゴロと腹を見せて、本人の思 うらしい〝かわいいクロ〟を演出していた。
ただ、気分が乗らないと、あいさつだけしてすぐに引っ込んでしまうのだった。

食べたいときにごはんをねだり、好きな時間に散歩に出かけ、眠りたいときに私の布団で寝る。クロは絵に描いたように自由な風来坊だった。

私は大学卒業後、就職に合わせてひとり暮らしを始めた。時折、実家に帰ると、クロは変わらない様子で「ニャーオン」と私を迎えてくれた。そして、夜は私の布団の上で大の字になって寝た。
年をとってきて寝ている時間が増えたものの、気まぐれに外に出かけて帰宅する習性は変わらなかった。

大きく状況が変わったのは、ひとり暮らしを始めて5年目のことだ。

その年の初めごろからクロはほとんど出かけなくなって、母いわく、日がな一日家で寝 ているようになったそうだ。お気に入りのコタツ布団の上から動かない日が続いていたという。

秋になるころには食欲もずいぶん落ちて、ふさふさだった毛並みはだいぶパサパサになっていた。たまに帰省しても、私の布団にのってこなくなった。
「クロ」と呼びかけるとうっすら目を開けて、かぼそい声で返事をしていた。

年末。いやな予感がしていた私は、仕事納めのあと急いで帰省した。
翌日、弟も帰省してきた。遠方の大学に行っていてバイトに忙しく、正月が明けてから帰省するのが常だった弟が、めずらしく早く帰ってきたのだ。聞いたことはないが、何か思うところがあったのかもしれない。

私と弟、母と父の4人は、横たわるクロを囲んで車座になり、彼を見守っていた。
もうじきこの子の命の火は消える……。みんなわかっていたけど、誰も口にしなかっ た。ただじっとクロの様子を見守っていた。母はすでに大粒の涙をこぼしていた。
何分たっただろうか、5分か10分か。もしかしたら30分だったか。クロはわずかに顔を上げ、しばらく家族の顔を見たあと、静かに息を引きとった。
とても寒い、大晦日のことだった。

いつも自由で風来坊な猫だった。
もしかしたら、自分の死期を悟って姿を消すかもしれない。どこかでひっそり最期を迎えるかもしれない。家族の誰もがそう思っていた。

しかし、クロは家族全員に見守られながら逝った。気ままで自由で、甘えん坊だけど束縛を嫌う。猫らしい猫だったクロ。そのクロが、最期はちゃんと看取らせてくれた。
あの子は風来坊でも、やっぱり我が家の愛猫だったのだ。
死にゆく顔はやすらかだったように思う。我が家の家族のひとりとして、猫生に満足して逝ったのならば、これ以上にうれしいことはない。

あれから30年。
私は今、完全室内飼いの猫を飼っている。
健康や寿命の面から考えて室内飼いがベストなことはわかっているし、私も今の愛猫に外の世界を経験させようとは思わない。
しかし、それでも。
ときに犬に追いかけられたり、ほかの猫とケンカをしながらも、誇らしげな顔で自由に外を闊歩していたクロの姿が忘れられないのだ。



※この記事は『猫がいてくれるから』主婦の友社編(主婦の友社)の内容をWeb掲載のため再編集しています。
※2023年1月14日に配信した記事を再編集しています。

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