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結婚式に「呼べなくてごめん」離島の人たちの招待は断念 → 当日、ロビーで見た光景に「胸が熱くなった」

  • 2026.2.22

筆者の話です。
披露宴に招けなかった近所の人たちに、ずっと引っかかりを感じていました。
式当日、何気なく外を見た瞬間、思いもよらない光景が目に入ります。

画像: 結婚式に「呼べなくてごめん」離島の人たちの招待は断念 → 当日、ロビーで見た光景に「胸が熱くなった」

呼べない事情

「今回は、身内とごく親しい人だけで」
そう決めたのは、会場の人数と新郎側との兼ね合いがあったからでした。

島育ちで、近所付き合いがとても濃い環境で育った私にとって「呼べない人がいる結婚式」は、どこか後ろめたさが残る選択。
それでも物理的にどうにもならず、事情を伝えると「写真を見せてもらえたら十分だからね」と、皆あっさり受け止めてくれたのです。

軽い冗談

「もうすぐだね」
道端で会うたび、数人からそう声をかけられました。
なかには「外まで見に行くよ」と笑いながら言う人もいて、その場では「島らしい温かい冗談」として受け取っていました。

祝ってもらえる気持ちはありがたいのですが、同時に、呼べないことへの申し訳なさも胸のどこかに残ったまま。
その小さな引っかかりを抱えたまま、式当日を迎えたのです。

会場の外

披露宴の最中、衣装替えのため、足早にロビーを通り過ぎようとしたときでした。
見慣れた顔が目に入り、思わず足が止まります。

「来たよ!」
声の先には、呼べなかったはずの近所の人たちが、何人も集まっていました。
「おめでとう」
会場の中でも外でも、同じ言葉をかけられ、ただ言葉を失いました。

披露宴に戻る時間が迫り、言葉を交わせたのはほんのわずかでした。
それでも、晴れ姿を一目見ようと駆けつけてくれたその気持ちと、それを受け入れてくれた会場の寛容さが素直にうれしかったのです。

見えない支え

披露宴に出席することより「顔を見て祝いたい」という純粋な気持ちで来てくれたのだと、そのとき初めて実感しました。
結婚式は、招待状を出した人だけで成り立つものだと、どこかで思い込んでいたのです。
けれど実際は、見えないところで支えてくれていた人たちに、私はずっと囲まれていました。

招待できたかどうかではなく、誰とどんな気持ちを分かち合えたのか。
その大切さを、あの日のロビーで教えられた気がします。
人とのつながりの温かさが、胸に残った結婚式でした。

【体験者:50代女性・筆者、回答時期:2026年1月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:Kiko.G
嫁姑問題をメインテーマにライター活動をスタート。社宅生活をしていた経験から、ママ友ネットワークが広がり、取材対象に。自らが離婚や病気を経験したことで、様々な悩みを持つ読者を元気づけたいと思い、自身の人脈や読者の声を取材し、記事として執筆。noteでは、糖尿病の体験記についても発信中。

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