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庄司朝美が描く「ありのままの世界」──【社会を縫い、描き、響かせる創り手たち vol.1】

  • 2026.2.12

庄司朝美の絵画を目にした大人の一部は「恐れ」を抱く。描かれているのは、どこか人間のようでありながら風景のようにも見える有機的なイメージだ。ときに彼女は支持体にアクリル板を用いる。手を動かした際のストロークがそのまま残るその表面において、身体感覚は純度を保ったまま画へと定着される。筆が身体の一部となりその動きのすべてが記録され、作品は庄司の「身体」を映し出す鏡となるのだ。

抽象と具象を合わせたその作品に恐怖を感じる人が少なくないのは、庄司がこの世界をありのままに描こうとしているからかもしれない。「この世界は醜くて美しくて、ユーモアがあって、死があって、生がある。そのあらゆることをそのまま描きたい」と庄司は語る。大人は、死や醜さを「見たくないもの」とし、隠すようにして生きる。一方で、まだその概念を持たない子どもたちは、彼女の絵のなかにすっと入り込み楽しむことができるそう。世界の混沌とした全体像をストレートに、ある意味で容赦なく私たちに突きつけてくる作品なのだ。

庄司は世界を「絵画言語」で記録する。そのために、彼女は自身の心身を、パートナーであり画家として長年をともにする田沼利規の力を借りながら、食事や生活から極めてストイックに管理。その姿はまるでアスリートだ。庄司にとってインスピレーションとは、生きている限り常に世界から流れ込み続けているもの。だからこそ、それを「受け取れる状態」に自分を保つことが重要になる。「精神状態を常にフラットな『半覚醒』の状態に調整しておくんです。それはとても無防備で、傷つきやすい状態でもあります。でも、悪いこともいいこともすべて受け止められるようにしておくのが、画家としての覚悟みたいなものです」。怒りや悲しみといった感情の起伏に任せて制作をすることはほとんどない。エゴを排し、自身を世界という巨大な奔流を通すための透明な「管」のように保ち続けることが彼女の流儀なのだ。

その原点は、ジョージアに1年間滞在した際、コーカサスの山に登った経験にある。「山を登っているとき、ふと『山自体が自分の身体のなかに入ってきた』という感覚があった」と庄司は振り返る。目に見えるもの、足で踏みしめる大地、そのすべてが自分と地続きにつながっている感覚。「私自身が世界であり、世界自体が私を内包している」という認識。彼女の作品において、人物の輪郭が溶け出し、そのまま山や風景へと変容していくイメージが描かれるのは、この拡張された身体感覚に裏打ちされているからだろう。自と他を隔てる境界線は、極めて曖昧で流動的なものなのだ。

庄司の絵画において、その流動性は鑑賞者に対しても開かれている。彼女は自身の制作プロセスを、「見ること」と「描くこと」が鏡合わせになった行為だと語る。描いている本人もまた、画のなかに現れるイメージを発見しながら筆を進めているからだ。「見る人が『ここに顔がある』と発見するとき、それは私が制作中に『顔が見えてきたから描こう』としたプロセスと同じなんです」。鑑賞者は、ただ受動的に絵を見るのではない。視線を巡らせ、絵画のなかに流れる時間を共有し、自らの目で絵を「描いて」いく。その瞬間、鑑賞者の身体もまた、庄司が提示した境界のない世界へと接続されるのだろう。

現在開催中の森美術館六本木クロッシング2025展:時間は過ぎ去る わたしたちは永遠』において、彼女は透明なアクリル板に描画し、展示の際に反転させることで、画家が最初に置いた一筆、つまり最も過去の痕跡が、鑑賞者の目には一番手前の層として映る作品を展示している。この「時間の反転」こそ、アクリル板に描くからこそ成し得る表現であり、そこに流れる時間と画家の身体的記憶を鑑賞者が実際に鮮明に目にすることができる機会となっている。

庄司が差し出すのは、美醜も、自他も、生死さえも分かたれていない世界の断片である。その強靭かつ柔らかで健やかな身体を通して描かれた景色は、私たちが普段見過ごしてしまっている世界の深層を静かに、同時に鮮烈に描き出している。

六本木クロッシング2025展:時間は過ぎ去る わたしたちは永遠

会期/~2026年3月29日(日) 10:00〜22:00 ※火曜日のみ17:00まで、入館は閉館時間の30分前まで

会場/森美術館 東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー53階

お問い合わせ/050-5541-8600

www.mori.art.museum

Photography: SHIORI OTA Text: ASUKA KAWANABE Editors: Nanami Kobayashi, Yaka Matsumoto

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