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50代・仲良し姉妹の絆エピソード。介護をきっかけに親友になれた理由とは?

  • 2026.2.11

50代・仲良し姉妹の絆エピソード。介護をきっかけに親友になれた理由とは?

「兄弟は他人の始まり」ということわざがありますが、“最も身近な他人”がきょうだい。生活環境の違いで関係が薄くなることもあれば、大人になってから関係が深まることも。そんなきょうだいエピソードをお届けします。今回は仲良し姉妹のトークです。

ゆうゆうフレンド【仲よし姉妹トーク】

幼い頃は性格も興味も異なっていた田中・永村姉妹。本音を分かち合え、かけがえのない存在となったある出来事についてお聞きしました。

3歳違いの実の姉妹です

(左)田中由美子さん 59歳
(右)永村 香さん 56歳

互いを支え合い、絆を深め合った母の介護

田中 小さいときは、妹がとにかくかわいくて、私がよくちょっかいを出してましたね。思春期までは仲は悪くはないけれど……かな。

永村 性格も興味の対象も全然違ったので、当時は共通の話題があまりなかったかも。

田中 妹が大学に入って、部活の話がとにかく面白くて。それをよく聞いたのがよく話すようになったきっかけです。その後、私が就職して家を出て、実家に帰ったときは一緒にいるようになって。

永村 それまでは、あっさりした関係だったよね。家では母が中心。私たち二人が仲よくしていると、「仲間外れにされた」とすねてしまうような人だったので。

田中 母は寂しがり屋で、自分が中心にいたいタイプなので、自然と母を介して会話してました。

永村 私が母と同居して介護をしていた頃、日々のうっぷんがたまってしまって。そんなときも私が苦手とした母の話し相手を務め、私のグチを聞いてくれたのが姉だったんです。感謝しかないですね。

田中 こっちこそ。妹に任せっきりで申し訳ない気持ちだったから。母は気分に波があって難しい人だったので。母に内緒で外で会って、二人で泣きながら話をしたよね。

永村 介護をきっかけに、本音で話せるようになりました。母への不満、家庭の中での立ち位置とか。

今ではかけがえのない「親友」。これからは女子旅がしたい

田中 私はずっと「母を幸せにするのが私の務め」と思い込んでいたんです。母から父のグチを聞かされ、「かわいそうな母を幸せにしなくちゃ!」と使命感に駆られてて。でも30歳の頃、妹から「それっておかしくない?」と言われてハッとしました。気づきをくれたの。

永村 姉はそれをきっかけに心理学を学び始めて。今度は私が子育てで悩んだときに、その知識で的確なアドバイスをくれました。

田中 自分や子どものことは客観的に見られなくても、妹や甥のことは冷静に見えますからね。

永村 今は「親友」に近い、本当に大事な存在。だから姉の体調が悪くなると、ものすごく不安になる。「長生きして」って思っています。

田中 私も! 月に1回はランチに行ってずっとおしゃべりしよう。これからは、娘も連れて女子旅に行きたいね、と話しているんです。

永村 一人だったら介護とか、耐えられなかったかもしれない。姉がいてくれて本当によかった。

田中 私も。お互いの苦手な部分を補い合って、感謝し合える関係になれたのがよかったですね。

5歳と2歳の頃

「ほっぺがかわいくって、ついちょっかいを出してた頃」(田中さん)、「姉はいつも外で走りまわり、私は引っ込み思案の心配性でした」(永村さん)

姉妹で香港旅行

「20代の頃に香港に行ったときの写真です。服装や髪形が時代ですね」(永村さん)、「国内とか近場の海外とか、また旅行には行きたいね」(田中さん)

※この記事は「ゆうゆう」2026年3月号(主婦の友社)の記事を、WEB掲載のために再編集したものです。

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