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サッカー界を揺るがした「伝説のトレード移籍」5選

  • 2026.2.4

サッカーの移籍市場では、お金を積んで選手を獲得することが多い。ただ、時には野球のようにビッグネーム同士を交換する「トレード移籍」も存在してきた。

両クラブが同時に「得をした」と胸を張れるケースはほとんどない。むしろ多くの場合、数年後には勝者と敗者がはっきりと分かれるものだが…。

今回は『The Football Faithful』から「サッカー界で起こった伝説的なトレード移籍」をご紹介する。

ロベルト・カルロス と イバン・サモラーノ

取引したクラブ:インテルとレアル・マドリー

1995年に起こったトレード移籍。セリエAで確固たる地位を築きたかったインテルは、レアル・マドリーのリーグ制覇に大きく貢献したチリ代表FWイバン・サモラーノの獲得に本気だった。

提示した条件は「移籍金100万ポンド(およそ2.1億円)+ブラジル人左SBロベルト・カルロスの譲渡」。パウメイラスから加入してまだ1シーズンしか経っていない段階で、有望若手を放出し、ピークにある選手を獲得するという決断だった。

結果は歴史が物語っている。勝者は疑いようもなくレアル・マドリーだろう。ベルナベウに渡ったロベルト・カルロスは、史上最高の左サイドバックの一人へと成長し、数え切れないほどのタイトルをクラブにもたらした。

一方のサモラーノは、インテルで5シーズンを過ごしつつも、一度もリーグ戦で2桁得点に届かなかった。ただ、怪物ロナウドに9番を譲った後、自身の背番号「18」の間に“+”を入れてプレーしたことが歴史に名を残している。

フランチェスコ・ココ と クラレンス・セードルフ

取引したクラブ:インテルとACミラン

またしてもインテル絡みのものだ。今度は宿敵であるACミランとの直接のトレードである。当時のフランチェスコ・ココはイタリア代表にも名を連ねる有望な左サイドバックだった。インテルは彼を迎えるために、オランダ代表MFのクラレンス・セードルフを放出する決断を下した。

だが、この判断は悪夢の始まりとなる。インテルへと移籍したココは度重なる負傷に苦しみ、5シーズンで公式戦出場はわずか26試合。不運にも、彼のイタリア代表でのキャリアも終焉を迎えてしまった。

対照的に、セードルフはミランで完全に才能を開花させた。400試合以上に出場し、カルロ・アンチェロッティ監督の下でチャンピオンズリーグを2度制覇するなど、クラブの黄金期を支えたレジェンドになった。

アシュリー・コール と ウィリアム・ギャラス

取引したクラブ:アーセナルとチェルシー

2006年にロンドンを二分する因縁のクラブ間で成立した大型トレード。当時アーセナルで「世界最高の左サイドバック」として名を馳せていたアシュリー・コールは、500万ポンド(およそ10.6億円)+ウィリアム・ギャラスという条件でチェルシーへ移籍した。

その裏では、正式交渉前の接触が問題視されてクラブと選手に罰金が科されるなど、波乱の取引だった。一方のギャラス側も退団を巡ってチェルシーと対立しており、移籍を求めて強硬な態度を崩さなかったという。

アーセナルのファンは生え抜きのコールを激しく非難し、お金を求めて退団したと「キャッシュリー・コール」という仇名まで付けたが、結果論で言えばチェルシーの大勝利だった。

コールは主要タイトルを総なめにし、プレミアリーグ史上最高のサイドバックという評価を確立。一方のギャラスは「10番を背負うDF」という異色の存在感を放ちながらも、クラブの強化にはそれほど繋がらなかった。

ズラタン・イブラヒモヴィッチ と サミュエル・エトー

画像: (C)Getty Images
(C)Getty Images

取引したクラブ:インテルとバルセロナ

インテルはなぜここまでトレード移籍の主役になるのだろうか…。2009年、ジョゼップ・グアルディオラが率いるバルセロナは、すでに3冠を達成しており、その中心にいたのがサミュエル・エトーだった。

ただ、それでもクラブは満足しなかった。新しいストライカーとして目を付けたのは、インテルでゴールを量産していた怪物ズラタン・イブラヒモヴィッチだった。

提示された条件はなんと3500万ポンド(およそ74億円)+エトー。現代の基準で考えても驚くほどのもので、これにインテルが飛びつかない理由はなかった。そして結果、この取引は完全にインテルの勝利となる。

エトーはジョゼ・モウリーニョのもとで献身的な役割を担い、翌シーズンのCL制覇に貢献。イタリア史上初の3冠を達成した。一方のイブラヒモヴィッチは、スペインのスタイルに適応できず、グアルディオラ監督との確執が表面化。21ゴールを挙げながらも、わずか1年でミランへ去っていった。

アレクシス・サンチェス と ヘンリフ・ムヒタリャン

取引したクラブ:アーセナルとマンチェスター・ユナイテッド

紙の上ではマンチェスター・ユナイテッドの完勝に見えたのだが…。アーセナルの絶対的エースだったアレクシス・サンチェスを、ヘンリフ・ムヒタリャンとの交換で獲得した。互いに契約満了が迫る状況を考えれば、理想的な取引だったはずだ。

だが、現実はあまりにも残酷だった。サンチェスはユナイテッドで完全に歯車が狂ってしまい、リーグ戦32試合でわずか3ゴール。さらに週給50万ポンド(およそ1億円)という破格の契約がチームのバランスを崩し、クラブ全体に悪影響を及ぼしてしまった。

そしてムヒタリャンもアーセナルで安定感を欠き、決定的な存在にはなれず。さらに皮肉なことに、二人は後にインテルで再会することになり、2023-24シーズンに共にスクデットを掲げることになった。

※選出基準は、各選手の実績に基づきながら筆者またはメディアの主観的判断も含んでおります。

筆者:石井彰(編集部)

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