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広告代理店勤務からデザイナーに転身。「ミカゲ シン」進美影がたどり着いた自分らしさを肯定するキャリア

  • 2026.2.2
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現役学生がキャリアのロールモデルに“リアル”を聞く新連載!第13回は、「ミカゲ シン」デザイナーの進美影さんに、学生がインタビューを実施。今回は、ファッション甲子園でELLEgirl賞を受賞した京都府の福知山淑徳高等学校の学生2名も取材に挑戦。憧れのファッション業界で働く進さんのこれまでのキャリアの歩みから、仕事への向き合い方、アイディアの生み出し方など、未来に悩む学生に響くヒントがたくさん!

インタビューしたのは...
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RIRIKO/フランス語を専攻しているエディター志望の大学4年生。海外でのキャリアも視野に入れながら、「好き」を仕事にできるよう日々奮闘中。

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AKO/高校3年生。ファッション甲子園2025では、洋服のデザインを担当。

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HINA/高校2年生。ファッション甲子園2025では、洋服の編み物や本番でのモデルを担当。

進美影/早稲田大学卒業後、大手広告代理店に新卒で入社。退社後渡米し、パーソンズ美術大学でファッションを専門的に学びながら、ニューヨーク・ファッション・ウィークでコレクションを発表。2019年に自身のブランド「ミカゲ シン」をスタートさせた。 Hearst Owned

“勉強で自分の選択肢は広げられる”

RIRIKO:高校卒業後、ファッションや美術系ではなく早稲田大学政治経済学部に進学した理由を教えてください。

私は家庭環境が少し複雑だったこともあり、すごく現実的な考え方をする子どもだったんです。母は韓国籍で、2回離婚を経験し、たった1人で私を育ててくれました。当時、離婚率も今ほど高くない中、異国の地で子どもや家庭を守りながら生きていく母親の姿をずっと見ていたので、女性であっても経済的に自立したいという思いを強く持っていました。

自分にはスポーツ選手やアーティストになれるほどの才能はないから、まず勉強して将来の選択肢を広げようと思いました。勉強は、努力すれば自分に返ってくる部分が大きいので、自分の将来を自由に選べるようにしたいと思ったんです。中学生のころから勉強に力を入れて、大学では特に関心があった政治経済分野を学ぶことにしました。デザイナーを志すのはもう少し後になってからです。

“ファッションが自分にとっての成功体験に”

RIRIKO:好きなことを活かす仕事と勉強してきたことを活かす安定した仕事を選ぶ中で、思い描いていたキャリアはどんなものでしたか?

幼い頃からアイデンティティを見失いかけたり、女性としてどう生きていけばいいのか悩んだりすることがありました。「私は日本人なのか、韓国人なのか」「女性の幸せって何だろう」と常に考えていたんです。でも、12歳の時、家庭環境や国籍を自分で選ぶことはできないけれど、“ファッションは自由だし自分で獲得できるもの”ということに気が付きました。ファッションを楽しむことが自分にとっての成功体験であり喜びでした。

デザインに興味が湧いたのは中学生のとき。当時、月に10冊ほどファッション誌を買って夢中で読んでいました。雑誌の中のスタイリングやモデルを眺めながらファッションと関わっていくうちに、「服をデザインしてみたい」と思うようになりました。でも、有名なデザイナーになれる人って世界中でもほんの一握りですよね。デザイナーとして成功することは当時の自分にとって現実的ではなかったので、将来の選択肢には入っていませんでした。

大学生になって進路を考え始めたとき、間接的にファッションと関われたらいいなくらいに思っていました。それと同時に、ビジネス領域やマーケティング、政治にも関心があり、「社会や時代の流れを見ながら、人がよりよく生きるためにアイディアを創出して提言すること」を軸に就活をしていました。NPOやNGO、国際機関なども考えていましたが、最終的にビジネスや行政、もちろんファッションにも携われる広告業界を志し、就職しました。

進さんのキャリアを時系列でご紹介

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RIRIKO:ファーストキャリアを選択する際の基準はありましたか?

ワークライフバランスが取りやすいかどうかです。というのも、母は自分で起業をしてほぼ休みなく働いていたんです。将来的に自分も家庭を持つなら、プライベートと仕事を両立しやすいほうが良いと思い、安定した大手企業を選びました。

かつ、離婚することもあるし、子どもがいてもいなくても独身で生涯を過ごす可能性を考えたら、経済的に自立したいという思いがやっぱり強くて。私は企業をピックアップしながら経済的に問題なく自立できるかを検討したあと、その中で自分の興味関心、得意なことを活かせる企業かをリサーチして、業界や企業を絞っていました。

“幸せの基準は「こういう生き方をしてきてよかった」という自己肯定感”

RIRIKO:大手広告代理店からの退社や、デザイナーへのキャリアチェンジといった決断に不安はありましたか?

転職においては、「新卒で入った会社で最低3年間は働くべき」という暗黙の了解がありますよね。私もそれに囚われていた部分がありました。でも、社会人2年目の時に体調を崩してしばらく休職したんです。すぐに復帰したかったし、これまで積み重ねてきた学歴やキャリアを無駄にしたくないという焦りもありました。

そんな中で、自分で事業を行っていた母から、「会社員でいることが全てではないし、命より大切な仕事はない。本当にやりたいことは何なのか考え直すいいチャンスだよ」とアドバイスをもらいました。それまでは、新卒は3年続けるべきという考えで頭がいっぱいでしたが、今とは違う選択肢もあることに気づかされたんです。

自分が挑戦したいと思った広告業界で働いてみて、自分の限界を知りました。どんなにお金があったとしても、人から羨ましがられるポストについたとしても、やりがいのあるハードな仕事をこなしていたとしても、自分を肯定してあげられなかったら意味がないことにも気が付きました。幸せの基準は人それぞれだと思いますが、私の場合は、お金でも数字でもなくて、「こういう生き方をしてきてよかった」という自己肯定感だったんです。

キャリアチェンジをするときに、安定していてキャリアの選択肢も広がりそうな職業に転職することも一度は考えましたが、せっかく長い時間を費やして働くなら幸せだと感じる職業を選ぼうと決めました。大人になると、自己紹介で職業を伝えることが多いですよね。それを想像したときに、自信をもって「デザイナーをしています」と言える人生が幸せだなと思ったんです。かなり時間をかけましたが、デザイナーになる決断をしました。

“何も分からないところからスタートしたニューヨークでの美大生活”

RIRIKO:日本の美大ではなく、海外の美大への進学を決めたきっかけは何ですか?

日本で送った大学生活で唯一後悔していたのが、英語の勉強を十分にできなかったこと。ファッションの専門知識と同時に言語を学べば、自分の可能性が海外へと広がるはずと思ったので、海外の美大を志望していました。また、デザイナーとして世界で活躍する選択肢を持つことを考えたときに、海外の3大美大を卒業することは、将来的に個人としてもブランドとしても意味のあることだと思ったんです。

10代の時にデザイナーを志していたら、日本の美大や専門学校で基礎知識を身に付ける選択をしていたかもしれません。でもすでに大学を卒業して社会人経験もあったので、大胆な決断ができたんだと思います。

RIRIKO:海外の美大でファッションについて学ぶ中で、一番大変だったことは何ですか?

日本語が通じない環境に身を置き、専門用語が飛び交う講義に参加することはもちろんすごく大変でした。最初はデザイン画を印刷する場所も布を買う店も全く知らなかったので、とにかく自分で調べたり、先生や学生に聞いたり、必死な毎日でした。

何よりも大変だったのが、毎週提出していたエッセイ。留学生は、専門講義とは別に言語や一般教養の講義があったので、講義を受けて復習して課題をこなすことに追われていました。美大に限らず、海外の大学は卒業するのが本当に難しいことなんです。課題も多いですし、授業を3回休んでしまうと単位はもらえません。グループワークも実習もあって、ネイティブの学生に混じっていい成績をとることがすごく大変で、自宅にこもってひたすら勉強していました。

そんな中でも、私が通っていたニューヨークのパーソンズ美術大学は、全体6割ほどが留学生で、世界中から集まる学生と一緒に学んで多様な価値観に触れる機会にもなりました。みんな文化も違いますし、大切にしている考えや常識、判断基準などすべてが異なるので戸惑うことももちろんありました。でも、みんな違うからこそ楽な瞬間もありましたし、バックグラウンドによって作り出すものが違ってくることも面白かったです。

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“志をもった人々が集まる街での忘れられない体験”

RIRIKO:美大在学中にニューヨーク・ファッション・ウィークに参加したそうですが、どのような経緯で参加が決まりましたか?

ニューヨークで学生生活を送る中で、主要なブランドやメディアの本社、業界のトップの方がいる街にいるのに学校と自宅の行き来で終わってしまうのがもったいないと思っていました。この環境を生かして、何か経験を持ち帰りたかったんです。

SNSでハッシュタグをつけて自分がデザインした服をポストして、スタイリストやフォトグラファーにリーチするようにしていたら、ある日フォトグラファーから「一緒に作品を撮ろう」って声がかかりました。その繋がりでニューヨーク・ファッション・ウィークのオフスケジュールのショーを運営している会社の方から連絡をいただき、参加が決まりました。

やっぱりニューヨークには色んな場所から色んな志をもった人が集まるので、みんなで協力して何かを生み出すという意識があって、日本よりも作品を発表するハードルは低かったように思います。

RIRIKO:お仕事の日のスケジュールを教えてください。
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“私が生み出す洋服に特別な人格を感じてほしい”

RIRIKO:ブランドの世界観を作り上げるうえで大切にしていることはありますか?

ブランドを始めた当時はやりたいことも興味の範囲も広く、「ミカゲ シン」らしさが何なのか正直わかりませんでしたが、時間が経つにつれてだんだんと明確になってきた感覚があります。例えば、トタン屋根やコンクリートの錆などを着想源にデザインしたデニムやシャツのように、退廃的なイメージが自分にしかない美意識だと気が付きました。でも、自分で自分らしさを見つけるのってすごく難しいので、さまざまな人との対話を繰り返して洗練されてきたと思います。

洋服をデザインしながらいつも思うのは、「私が生み出す洋服に特別な人格を感じてほしい」ということ。特にモードなファッションを好む人は、洋服をまとうことである特定の人格を補いたいと思っている人が多いと思うんです。「ミカゲ シン」を着てスイッチが入ったり、強くなれた気がしたり、新しい自分に気付いてほしいと思っています。

「ミカゲ シン」を始めて6年ほど経ちますが、最近はブランドのセールス面とアート面のバランスを保ちながらブランドを育てていく難しさを感じています。簡単ではないですが、自分には作りたい世界があるため日々試行錯誤しています。

“ブレながら、迷いながら、世界観を確立していく”

AKO:インスピレーションを得たりインプットをしていると、尊敬するデザイナーさんの作品に寄ってしまうことがあり、まだ世の中にない新しいものを生み出す難しさを感じています。進さんは、ご自身の世界観を確立するために意識していることはありますか?

自分らしさを確立する過程で、自分らしさに迷ったりブレたりする経験は不可欠だと思います。むしろ、センスやユニークネスはインプットした量と質に比例していくので、最初から「これが私のアイデンティティです」と言い切ると浅くなり、将来的に深い作品はできないです。どんなにすごいアーティストでもデザイナーでも、いろんな道を通って最終的に自分らしさを見つけていく。だから最初から絞らなくても大丈夫。

私がブランドを始めたときは、売り上げを出すためにも早く自分の世界観を見つけてそれを広げていくことに焦りも感じていましたが、やっぱりある程度量をこなさないと見えてこない部分でもあるんです。若いうちはたくさんのものに触れて知識や経験を貯めて、「これも好きかも」「あれも好きかも」と寄り道しながら徐々に確立してみてください。その方が最終的な自分らしさに深みが出るし、より質の良いものになりそうですよね。

美大の卒業生の就職先として、メゾンやブランドも多いんです。私がそれを選ばなかったのは、自分のデザインが特定のブランドの影響を受けすぎてしまうことが怖かったから。デザイナーとして、自分のユニークネスを失うことが一番嫌です。デザインのインプットをしたいときは、服以外の抽象度が高いものを見るようにしています。例えばアートや建築、写真や映画、本や社会情勢など、とにかく自分の知的好奇心が向くもの。服と関係ないように見えても意外と繋がってきますし、服のデザイナーなのに、すでにある服から影響を受けすぎるとそれは単なるコピーでしかなくなる恐れもあります。視野を広げてみることをおすすめします。

“いいものは性別に関係なく人の心を動かす”

HINA:進さんの“自分らしさ”が明確に確立したのはいつ頃ですか?

美大生の頃に「日本人らしいデザインだね」と評価してもらったり、自分にとってコンプレックスだったデザインが他の人の理想であったり、周りとの違いから自分らしさを意識することはありましたが、「自分らしさってこういうことか」という手ごたえを感じ始めたのは、ここ1年くらいです。

ブランド創設時は7割がウィメンズの服でハンサムな女性像を作りたいと思っていましたが、今は7割以上が男性のお客様なんです。例えばプリーツスカートやワンピースに男性のお客様から反響をいただいたことがありました。当初からユニセックスに展開してきたブランドですが、自分自身がステレオタイプが嫌いでこのブランドをつくったので、純粋にすごく嬉しいです。そういった反響から独自性を確立するきっかけを得ることもあります。あとは、錆のデザインや哲学的なストーリーテリングなど、自分の美意識に従って作り上げてきたコレクションでも、「これって私自身のユニークな感覚だったんだ」と気付かされるようになりました。自分が変わっているという感覚があまりなかったので(笑)

私は学生の頃から女性をエンパワーメントしたいという思いで洋服を作っていました。それは自分自身がステレオタイプが嫌いだったことや、学生時代に「女にメンズは作れない」と非道理的なことを言われたショックがあり、できないものだと思い込んでいましたが、こちらが着る人を決めるのではなく着たいと思ってくれる人がいるのならそれが全てだと思うんです。本当に「かっこいい」と思うものは男女関係なく人の心を動かすんだと思います。

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RIRIKO:学生のうちにやっておいてよかったことはありますか?逆に、やっておけばよかったと感じることはありますか?

ニューヨークにいた時はアートギャラリーや美術館が近くにたくさんあったので、足を運んでインプットをした経験は今にすごく活きています。やっぱり自分の足を動かした経験っていつでもできるわけではないので、学生のうちにやっておくといいと思います。

逆にやっておけばよかったと思うのは、Photoshopやillustratorなどデジタルツールの勉強です。働き始めると習得に充てる時間が確保できなかったり勉強するよりも成果物を出すことを優先してしまうので、時間があるうちに基礎を身につけた方がいいと思います。特にこれから社会人になる世代だと、デジタル化がもっと進んでいって、ファッション業界ではアバターファッションやVRの世界が発達していくと思うんです。デジタル人材が不足しているからこそ、ファッションの才能や知識に加えてデジタルツールも使えるとかなり強みになるはずです。

RIRIKO:気合いを入れたい日に身に付けるアイテムは?
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  • 「ミカゲ シン」“バロック パール チェーン ネックレス”
  • 「バイレード」オードパルファン“ラ テュリップ”

2wayのバロックパールのネックレスは、Vネックの時はチョーカーとして、クルーネックやボートネックの時はネックレスとして使い分けています。リングは布に引っ掛かりやすくつけていない分、胸元にきらっと光るものがあるとフォーマル感がでるので、気合いを入れたい日に身に付けます。

テンションを上げて仕事をしたい日や大事な打ち合わせの日は、「バイレード」の香水を持ち歩いています。特別な香水をつけてリラックスしたいときにも。

“パリコレで評価されるブランドに育てたい”

AKO:これからの目標や夢、挑戦していきたいことはありますか?

将来はパリ・ファッションウィークの公式ショーで発表できるブランドに育てていきたいです。デザイナーとしては、アイデアはあるけど作りきれていないものがまだあるので、例えばテキスタイル開発など、制限なくやっていきたいという思いがありますね。

あとは、最近アーティスト衣装を作ることもあるのですが、普段とは違うものを作っていくことで、新しいデザインアイデアが思いついて自分のコレクションに生きることも多々あります。自分の創作力の幅が広がりますし、普段できないものを作れてとても楽しいのでこれからもお話があればぜひ作りたいです。

“成功への公式や正解はない。今しかできない選択を”

HINA:キャリアの選択に迷ったり、将来に不安を抱えているELLEgirl読者世代にメッセージをお願いします!

インターンをしてくれる学生の方やお客様、業界の同世代の方と話してて思うのは、失敗することを不安がってる方が多いということ。だけど「失敗できない、したくない」と思っても、失敗してからじゃないと見えないものもあるはずです。今どんなに成功してる人でも、若い時にみんな絶対失敗を経験しているし、だからといってその人たちに早く追いつける公式や正解があるわけでもない。どれだけ多くの経験をして、どれだけインプットをして、どれだけ目の前のことに誠実に取り組めた過去があるかで、自分のキャリアは決まると思っています。

安易に人に答えを求めずに、まずは自分で考えてトライし続けてほしいです。例えば進路で迷っているとしたら、もちろん周りの人に相談するのも大事なことですが、私の場合は“今しか取れない選択肢”を優先します。今この選択をしなかったら後悔するかもしれない方を選ぶと、一生に一度の経験ができると思います。そういった意味で、一度しかない第一新卒をどうやって活かそうか慎重になってしまいますよね。

ただ、失敗を恐れる必要はないし、そもそも正解はありません。向いていないと感じたらいくらでも道は変えられます。ただし、目の前のことには誠実に取り組まなくてはなりません。成功には絶対に周りの人からの信頼の積み重ねが必要です。誰の助けもなく自分だけで成功するということは不可能です。私は寿命が来るまではすべてが通過点だと思っているので、今できることに誠実に、日々精一杯取り組みたいと思っています。

【編集後記】インタビューを終えて

「今回インタビューに同席させていただき、一般の高校生にはできない貴重な体験をありがとうございました。これまで歩んでこられた様々な選択肢を糧として、自分らしさを表現するファッションの世界で活躍されるお話は、非常に感銘を受け多くの学びと憧れを抱きました」(AKO)
「進さんのこれまでのキャリアや夢の実現に向けて努力されていること、多くの仕事内容をお聞きして大変そうだなと感じましたが、仕事へのやりがいや楽しさの方が大きいとのことでした。インタビューは緊張しましたが、私自身の進路を見つめ直す機会になりました」(HINA)
「美影さん自身の経験から語られる言葉には説得力があり、今までの莫大な努力を感じました。何かを選択するのには不安が付きものですが、まっすぐに向き合い最後は自分を信じて選べば大丈夫と背中を押してもらえた気がします」(RIRIKO)

photo : RISAKO SUEYOSHI

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