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ラーメン1000円の時代に、私が選んだ食の楽しみ方【中道あんさん流】

  • 2026.2.1

ラーメン1000円の時代に、私が選んだ食の楽しみ方【中道あんさん流】

「人生100年時代」なんて言うけれど、50代なんてまだ半分! でも、5年後、10年後を想像すると、ちょっと不安になることもありますよね。のんびり隠居なんて夢のまた夢なら、今のうちに“できること”を始めたい。トップブロガー中道あんさんが今回語るのは、「外食」について。最近、少し様子が変わってきたようです。

1,000円でお釣りがくることが珍しくなった

私は、自他ともに認める食いしん坊である。ところが最近、とくに夜に「おいしいものを食べに行こう」と気分が高まることが、ほとんどなくなった。それは節約したいからでも、食への興味が薄れたからでもない。外食の「意味」が、私の中で変わってきたのだと思う。

最近の物価高で食材の値段は上がっているし、ありとあらゆるものが値上がりしている。そのせいか、気軽に食べられるはずだったラーメン1杯が1,000円を超える店はざらになったし、大手定食屋チェーンだって、1,000円でお釣りがくることが珍しくなった。それでも、仕事の合間のランチは、ビジネスマンに交じって外食で済ますことは多い。

ただ、私も主婦歴は長いので、食材の相場は肌感覚で分かっている。どう計算してみたって、100円程度で作れそうなおかずの内容と手間だな、と思ってしまう。確かにごはんの量は多いけれど、このワンプレートに1,000円かぁ、と考えながら、もそもそと食べたこともある。

あるとき、人気カフェでランチとケーキを食べたら5,000円近く払った。キャッシュレスなので、お金が飛んでいく感覚は薄いのだけれど、カフェで5,000円は、相場が違うような気がしてならなかった。

デフレ時代は、家で料理する手間とコストを考えたら、外食でサクッと済ますほうが、メリットを感じられたから、外食を楽しめたけれど、ここ1年、外食に魅力をあまり感じなくなった。これは、自然と値段相応の価値を図るようになったんだと思う。

好きな食材はあえてたくさん買ったりする

これなら「家でのご馳走」を食べたほうが良くない?という脳内会議の結果が、食生活を少しずつ変えてきた。日本では、一人暮らしの人も年々増えていると感じる。私もそのうちのひとり。それを象徴するかのように、スーパーでは「ひとり分」のパッケージの売り場面積が広がっている。でも、それって割高なこともある。

私は、好きな食材はあえてたくさん買ったりする。例えば、輸入の生サーモンは大きな柵で買ってきて、1日目は「刺身」で。2日目は「ポキ丼」。3日目は「香草焼き」のような火を通す料理にして、数日かけて楽しむようにしている。

もともと、好きなものは毎日だって食べられる性分。葉物野菜の生サラダは、しっかり水分を切ってから冷蔵庫で保存すると、けっこう日持ちする。そのまま食べたり、付け合わせにしたり、みそ汁や入れたりと使い勝手はいい。誰に食べさせるわけでもないので、自分だけが満足できればいいのだから気楽なものである。

そして、冷蔵庫の在庫一掃セールではないけれど、「名もなき料理」が美味しかったときほど、喜ばしいことはない。そんなとき「私って天才ちゃうか」と勘違いしちゃうほど、幸せな気分に浸れる。

なんとなくの外食がめっきりと減った

それから、梅田にでかけたら、必ずデパ地下のお肉屋さんに寄って、欲しいものを少しずつ(スライス肉を枚数で計ってもらう)1回食べきりサイズを「まとめ買い」するようになった。食材が良ければ、少々腕がなくても、焼くだけで美味しいものだ。家に材料があれば、「今日はアレ食べなきゃ」という勿体ながりの性分が出てきて、なんとなくの外食がめっきりと減った。

ここ1年、家族とも離れたおかげで「家族のために」使うお金が減って(1年間、焼肉屋さんでごちそうしていない)、私が食にかけるお金の使いどころが、だんだん定まってきた。

お腹を満たすよりも心を満たすための美しい規律と向き合う時間。それが会席料理だと思う。運ばれてくる一皿には「料理」という簡単な二文字では収まり切れないものがある。乱れを感じない包丁さばき、季節を写し取った繊細な細工。そして、隅々にまで行き届いたおもてなしの心と、それを引き立てる器。思わず、背筋を伸ばして心で味わいたくなるものだ。

この時間はひとりではなく、まるで1本の木を支えあう枝葉のような、気心の知れた仲間と分かち合うのが一番おいしいことを知った。こればかりは、食べ飽きるということがないから、心の底から敬意を払っているのだと思う。

「質が良ければ満足」という潔さに近いもの

これまで何度となく海外旅行に行って、現地では食にもお金をかけてきた。パリとポルトガルに行った時にふと気づいたことがある。おいしいと評判のレストランを探しあてて、お腹いっぱい楽しんできた。けれど、どうみても現地の人が少ない……。

これは、現地ガイドに聞いた話だけれど、特にスイスやフランスなどは外食費が高く、日常的に外食で済ませるには経済的に現実的ではないんだそう。近しい友人と過ごすなら、高いレストランへ行くよりも美味しいワインとチーズを買い込み自宅で何時間もかけておしゃべりするのが、彼らにとっては豊かな過ごし方みたいだ。彼らの質素は、我慢しているというより「選択肢が少なくても質が良ければ満足」という潔さに近いものがあると思った。

私もひとり暮らしを始める際には、「人が集まる家」をコンセプトにアクセスのいい場所に決めた。日本はおもてなしの文化が深く根付いているので、人を気軽に呼ぶという認識が薄い。だから、招く側のハードルが上がってしまうのだけれど、参加費を募ってしまうか、一品持ち寄り(ポットラックパーティー)のほうが、お互いの気が楽なのでは?と思うようになった。

外食をしなくなったのではなく、私は今、納得できる使い方だけを選ぶようになったのだと思う。目下のところ、どんなパーティーにしようか思案しているところである。

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