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女性による女性のための「ジバンシィ」。複雑な時代の解毒剤となる“日常のクチュール”

  • 2026.3.12

サラ・バートンは、「ジバンシィ」での3シーズン目となるコレクションのショーノートでこう問いかける。「私たちが生きる世界で、いかにして自己を取り戻すか」。これは、今季のミラノとパリ・ファッションウィークで多くのデザイナーがそれぞれの形で向き合っている問いだ。そして、グローバルなラグジュアリーブランドのトップに立つ数少ない女性デザイナーの一人として、バートンはほとんど唯一とも言える視点を持っている。女性がその服を着たときにどう“感じる”か、ということだ。ショー後のバックステージで、彼女はこのように語った。

「現代女性の人生は多面的で、とても複雑です。ある日にはこう装いたい、また別の瞬間には違う自分でいたい。女性の人生にはさまざまな側面があり、記憶や歴史が、私たちがこれからどう前に進むかに影響を与えている。断片的な瞬間の積み重ねが、未来の一部を形作っていく。そんな感覚を持って、コレクション制作に向き合いました」

ミラノでミウッチャ・プラダが語った言葉とも共鳴するが、バートンは「ジバンシィ」らしい方法でその問いに応答する。女性の強さと感情、そして装うことの自由をたたえる服によって。

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映画のセットを思わせる暗がりの会場で、ショーはモノクロームのスーツから始まった。クロップド丈のジャケットには彫刻的なラペルが施され、トラウザーは驚くほどリラックスしたシルエット。そしてシャツの襟は顔を縁取るように高く立ち上がる。ジャケットは上下逆、シャツは前後逆にデザインされ、大ぶりのアクセサリーもまたルックの一部としてリズムを生み出す。

テーラリングは今回もコレクションの骨格となるが、決して堅苦しいものではない。キャスティングによって性差を曖昧にしたスーツルックも登場させつつ、時にはウエストをピンチすることでマスキュリンな構造の中に曲線的なシルエットを浮かび上がらせた。男性的なスーツに対してフェミニンなドレスが対比される構成も印象的だ。リヨンレースに刺しゅうを重ねたベビードールドレスや、創業者から受け継がれるリボンモチーフをふんだんにあしらったデザインには、女性の官能性がほのかに漂う。

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完璧な仕立てとドレープといったクチュール級のエレガンスを語りながらも、意図的に加えられた“崩し”の美学によって、たたずまいはどこか軽やかに保たれている。真っ赤なホルターネックのトップスは、背面に生地はなくリボンで結ぶだけの無造作な構造。オーバーコートは片肩に軽く掛けられ、下に着た繊細なボウブラウスをのぞかせる。そうした肩の力を抜いたエフォートレスな感覚について、バートンはこう語る。「ドレスが完璧である必要はない、というアイデアが好きなんです。すべてを完成させず、どこか未完成のまま残しておくように」

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意表をつくバックスタイルやリボンの装飾だけでなく、バートンとメゾンの歴史との対話は豊かに繰り返された。深いスリットの入ったドレスに用いられたイエローのジャカードは、メゾンのアーカイブとして保管されていたもの。レースにリボンを編み込んだドレスとパンツは、彼女が長年ともに仕事をしたリー・アレキサンダー・マックイーン時代の「ジバンシィ」の記憶が重なる。リカルド・ティッシの時代に象徴的だったシャークブーツも再登場した。

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メンズウェアのファブリック、ベルベット、アニマルプリント、レース、銀糸の刺しゅう、着物のシルクなど、素材とモチーフは多層的に重ねられている。古典絵画から着想を得た花のモチーフやペイントも加わり、服はまるで絵画のような奥行きを帯びていた。

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シャープなカッティングから息をのむ優美なドレープまで、クチュールメゾンのアトリエの技術に裏打ちされたアートピースのようなルックの数々のなかで、世界屈指の帽子デザイナー、スティーブン・ジョーンズによるヘッドピースもまた、その芸術性をさらに高めていた。まるで美術館に展示されていそうな彫刻的フォルムだが、よく見ると実はシルクのTシャツ。「女性が朝、服を着るときのことを考えていたんです」。ジョーンズと共にヘッドピースを制作したバートンが、その制作過程について説明した。「まずTシャツを着て、そこから服を重ねていく。 Tシャツは、誰のワードローブにもある最も民主的なアイテムですよね。これは、日常へのオマージュでもあり、私たちの生活のスピード感への言及でもあります」

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この「日常を昇華する」という発想によって、シャツとジーンズという普遍的なスタイルは、シルエットの操作によって洗練された表情へと変わり、ストリートウェアのボンバージャケットはオフショルダーの構造に再構築された。日常にクチュールのぜいたくさをもたらす、「ジバンシィ」らしいアプローチだ。

確かに現代女性は複雑で、多面的で、常に動き続けている。そんな人生のあらゆる瞬間に寄り添うワードローブを作ることこそが、バートンがメゾンで探求している新しいエレガンスである。そしてそのエレガンスとは、完璧さではなく、女性が自分自身でいられる瞬間をそっと支えるためのもの。否定するのが不可能と思えるほど、共鳴を呼びながらバートンの「ジバンシィ」は新しい物語を紡いでいる。

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