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透明なのに熱は通さない新素材「MOCHI(モチ)」が開発

  • 2025.12.22
透明なのに熱は通さない新素材「MOCHI(モチ)」が開発
透明なのに熱は通さない新素材「MOCHI(モチ)」が開発 / Credit: Glenn J. Asakawa/CU Boulder

アメリカのコロラド大学ボルダー校(CU Boulder)で行われた研究により、窓に貼っても景色をほとんど変えないほど透明なのに、熱だけは通しにくい新素材「MOCHI(モチ)」が作られました。

MOCHIは目に見える光の99%以上を通しつつ、熱の伝わりやすさ(熱伝導率)が約0.010〜0.012 W/(m・K)と、通常の窓ガラスの80分の1から100分の1であり、空気(約0.027 W/(m・K))よりも低い値を示しています。

さらに研究チームは、この素材を薄いフィルム状にして既存の窓に追加する使い方や、厚めのパネルとして窓ユニットに組み込む可能性も示しており、うまく使えれば「窓は明るいけれど寒い(暑い)」という弱点を減らせるかもしれません。

もし窓が“ほぼ透明な断熱材”に変わったら、私たちの暮らしの暑さ寒さはどこまで変えられるのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年12月11日に『Science』にて発表されました。

目次

  • 窓際が寒い時代は終わるのか?
  • 透明なのに熱を止める「MOCHI」の原理はプチプチ
  • 透明断熱が普及したら、建物の設計は変わる

窓際が寒い時代は終わるのか?

窓際が寒い時代は終わるのか?
窓際が寒い時代は終わるのか? / 上の図のC(左)とD(右)はMOCHIを組み込んだ窓でも、景色がくっきり見える高い透明性と自然な色の見え方(色再現)を保てることを、実物写真で示したものです。Cは窓枠が52.5×65cmでMOCHIの厚さは35mm、Dは窓枠が35×50cmでMOXHIの厚さ37.5mmとなっています。/Credit:Mesoporous optically clear heat insulators for sustainable building envelopes

冬の寒い日、窓にプチプチ(気泡緩衝材)を貼って、部屋の暖かさを保とうとしたことがある人もいると思います。

プチプチは中に空気を閉じ込めているため、簡単な断熱材としてそれなりに役立ちます。

ただし、その代償として景色はほぼ失われてしまいます。

ここで大事なのは、「なぜ窓は寒いのか」という点です。

建物の壁や屋根、窓など“外側の部分”でやり取りされる熱のうち、実は半分近くが窓から出入りしています。

壁には分厚い断熱材を入れられますが、窓は光を通す必要があるため、同じことができません。

このため窓は、長い間「エネルギー効率の弱点」とされてきました。

この弱点を補うため、これまでにも多くの工夫が試されてきました。

複層ガラス、真空ガラス、透明なエアロゲルなどがその代表例です。

しかし、どの方法にも課題がありました。

特に問題になるのが、素材の中にある空気を含んだ無数の小さな孔(穴)です。

素材内部の穴は空気を含み断熱効果を発揮しますが、孔の大きさがばらばらだと光を散乱させ、そこが曇りの原因になります。

だから透明を保つには、孔や構造の“特徴の大きさ”を、光の波長(目に見える光は数百ナノメートル)より十分小さい「数十ナノメートル以下」にそろえる必要がありました。

一方で断熱のほうは、もう一つ条件があります。

空気の熱は主に、空気分子同士がぶつかり合いながら運ばれます。

ですがこのとき、空気を閉じ込めた穴が小さいと、空気分子は別の空気分子にぶつかる前に穴の壁に当たりやすくなり、熱が運ばれにくくなります。

そのためには穴の大きさを60ナノメートル以下にしなければなりません。

つまり、窓用の理想的な断熱材には二つの条件があります。

光の波長より十分小さな孔で、光を散らさず、同時に空気分子の動きを抑えるほど孔を細かくすることです。

この二つを同時に満たす素材を、大きな窓サイズで作るのは、これまで極めて困難でした。

そこで今回、研究者たちはメソポーラス・シリコーンという新しい素材に着目しました。

これは、ナノメートル単位で大きさのそろった非常に細かい孔を持つシリコーン素材です。

研究チームはこの構造を利用して、透明性と断熱性を両立させた新素材を開発することにしました。

もし狙い通りの性能が得られれば、「窓は仕方なく寒いものだ」という常識が変わる可能性があります。

光を取り入れながら、熱の出入りだけを抑える窓は、本当に実現できるのでしょうか。

透明なのに熱を止める「MOCHI」の原理はプチプチ

透明なのに熱を止める「MOCHI」の原理はプチプチ
透明なのに熱を止める「MOCHI」の原理はプチプチ / Credit: Glenn J. Asakawa/CU Boulder

研究チームが開発したMOCHI素材は、ひとことで言えば「究極に透明で超軽量なスポンジ状のシリコーン」です。

シリコーンというのは、いわゆる柔らかいゴムのような樹脂の一種で、似た名前のシリコンとは別の材料です。

(※シリコン(ケイ素:Si)は半導体や太陽電池などに使われる硬い材料ですがシリコーンはケイ素と酸素がつながった高分子(ポリマー)で、ゴムやオイル、シーリング材など柔らかい製品に使われます。)

まず研究チームは、シリコーンの中に非常に細かな「穴」を作る方法を考えました。

その秘密は、界面活性剤という石けんのような物質にあります。

この界面活性剤は、水の中で勝手に糸状の集まりを作る不思議な性質を持っています。

そこで、まずはこの糸のまわりをシリコーンで包み込み、あとから界面活性剤を溶媒(液体)で洗い流してしまいます。

すると、界面活性剤があった場所が空っぽの管状になって残るわけです。

こうして出来上がった素材は、体積の85〜95%が空気でできた、まるで「空気をぎゅっと閉じ込めた透明なプチプチ」とでもいうべき構造になっています。

研究者たちは、この素材を「MOCHI(モチ)」と名付けました。

この不思議な名前は、専門用語の頭文字をとったもので、「多孔質で光学的に透明な断熱材(Mesoporous Optically Clear Heat Insulato)」という意味です。

気になるのはその性能ですが、驚くべきことに、ほぼ完全な透明性を持っています。

平均で99%以上の光を通すことが確認されていて、肉眼ではまるで何もないかのように透き通っています。

通常、この手の素材は厚くすると曇ったように白く見えてしまうのですが、MOCHIは厚さ3センチという大きな板にしても、その透明性がほとんど失われません。

また、光の乱れ(ヘイズ)も1%未満と非常に低く、まるで普通のガラスと見分けがつかないほど透明です。

さて、もう一つ大事なポイントは断熱性能です。

先に述べたように、MOCHIの熱の伝えにくさ(熱伝導率)は、約0.010〜0.012 W/(m・K)という値を叩き出しました。

これに対して、一般的な窓ガラス(ソーダライムガラス(一般的な窓ガラス))の熱伝導率は、およそ0.8〜1.0 W/(m・K)ほどあります。

単純に熱の通しやすさ(材料の熱伝導率だけ)を比べると、MOCHIは普通のガラスに比べて約80倍〜100倍ほど熱を通しにくい、という驚くほど優れた断熱性能を持つことになります。

さらにこの値は熱を伝えにくい代表格である普通の空気(約0.027 W/(m・K))の半分以下と言う極めて低い値です。

そのため、薄くても十分な断熱効果を発揮します。

手の上にMOCHIを貼って炎に耐える実験
手の上にMOCHIを貼って炎に耐える実験 / Credit:Mesoporous optically clear heat insulators for sustainable building envelopes

実際、手のひらの上に厚さ5ミリほどのMOCHIシートを置いて、その上からバーナーの炎を当てても熱さをほとんど感じにくい、という驚きのデモンストレーションが行われました。

では、MOCHIがなぜここまで熱を伝えにくいのか。

これは、MOCHI内部の小さな穴のサイズに秘密があります。

先に述べたように、空気が熱を運ぶ仕組みは、空気の分子がぶつかり合いながらエネルギーを渡していくことによります。

MOCHIの中の穴のサイズはおよそ30ナノメートル(ナノは10億分の1メートル)ほどで、空気分子が自由に飛び回れる距離(約60ナノメートル)よりもずっと小さいのです。

そのため空気分子はお互いにぶつかる前に、すぐ穴の壁に当たってしまい、熱をうまく運べなくなります。

一方で、目に見える光の波長は数百ナノメートル程度あります。

MOCHIの穴は、それよりずっと小さいため、光にとってはほぼ「穴がない」のと同じ状況です。

光は邪魔されず、すっと通り抜けていくのです。

さらにMOCHI素材は、光の反射が極めて少なく、その反射率はたったの0.02%程度しかありません。

これは、普通のガラスよりずっと透明に見える大きな理由です。

例えるなら、網戸が風の流れをほどよく弱めながら日光はしっかり通すように、MOCHIは熱を運ぶ空気分子の動きだけを絶妙に抑えつつ、光は自由に通す仕組みになっているのです。

しかもMOCHIのすごさは、それが小さな実験室レベルで終わっていないことです。

研究チームは、実際に窓と同じくらいの大きさの板(平方メートル級)を作って、断熱性能を確認しました。

例えば、厚さ2.5センチほどのMOCHI板を二重窓と同じ厚さのユニットに組み込むと、なんと壁並みかそれ以上の断熱性を示したのです。

さらに、3〜4ミリの薄いMOCHIフィルムを普通の窓ガラスの内側に貼り付けるだけでも、二重窓に近いレベルの断熱性能にアップグレードできることが分かりました。

また実用面でも、MOCHIは極めて頑丈で耐久性も抜群でした。

薄く伸ばしたシート状のMOCHIを丸めて広げる作業を何百回繰り返しても性能が大きく落ちず、さらに温度の変化にも強く、火にも水にも比較的強いという驚異的な性質を持っています。

実際に窓の内側に貼り付けて約5年間の経過観察を行ったところ、性能の低下はほぼ確認されませんでした。

こうして見ると、このMOCHIという素材は、ただの実験室の「新しい素材」にとどまらず、実用化が狙えるかもしれないほどの完成度を持っていると言えそうです。

透明断熱が普及したら、建物の設計は変わる

MOCHIを貼った窓は壁と同じくらいの断熱性を持つようになります
MOCHIを貼った窓は壁と同じくらいの断熱性を持つようになります / Credit:Canva

今回の研究によって窓が「熱を逃がしたり招き入れたりする弱点」から解放される可能性が示されました。

MOCHIを使った新しい窓は、熱を閉じ込めて外に逃がしにくくするだけでなく、太陽の光を積極的に熱として使えるようになる可能性もあります。

実際、開発者のスマルユク教授も「少しくらい曇った日でも、十分な太陽エネルギーを取り込めば、水や部屋を温めるのに使えるかもしれません」と、その可能性に期待を込めています。

研究チームが行ったシミュレーションでは、標準的な一軒家モデルで単板窓をMOCHI仕様の窓ユニットに置き換えるだけで年間に使う冷暖房エネルギーを約半分近く減らせる可能性が示されています。

さらに、これまで寒さを防ぐためには窓を小さくするか、壁を厚くする必要がありました。

しかしMOCHIを使えば、明るく開放的な大きな窓を取り入れた設計がもっと自由に選べるようになるかもしれません。

コラム:北極にあるMOCHI張りの家が光で暖かくなって冷めない理由
想像してみてください。外はマイナス30度、どこまでも雪と氷の世界。けれど、あなたが入るその家は、壁のほとんどがガラスのように透明で、外の景色がくっきり見えます。それなのに中はぽかぽかと暖かく、コートを脱ぎたくなるくらいです。しかも壁には分厚い毛布も、銀色の断熱シートも見当たりません。ただ一つ違うのは、その「ガラス壁」に見える部分が、実はMOCHIという透明な断熱材でコーティングされていることです。ここでカギになるのは、太陽からの「光としてのエネルギー」と、空気分子を通して伝わる「熱としてのエネルギー」が別物だという点です。太陽は、私たちのところへ直接「暖かい空気」を送っているわけではありません。まずは光としてエネルギーを届け、その光を床や壁、家具、そしてあなた自身の体が吸収して、はじめて「熱」として感じられるようになります。外気温が何度であっても、太陽から飛んでくる「光のエネルギー」の強さそれ自体はほとんど変わりません。北極であっても、晴れて太陽が出ている時間帯であれば、太陽光はきちんと家まで届きます。一方、私たちが「寒い」と感じるのは、多くの場合、せっかく室内で作った熱が、空気を通じてどんどん逃げていくからです。空気は小さな分子の集まりで、その分子が壁や窓の表面でぶつかり合いながらエネルギーを運び出します。窓ガラスが一枚だけだと、内側の暖かい空気の分子がガラスを通じて外側の冷たい空気へとどんどん「バトン渡し」をしてしまい、せっかくの暖房が外に漏れてしまいます。これが「窓から熱が逃げる」という現象の正体です。MOCHIがすごいのは、この「空気のバトン渡し」をほぼ止めてしまう点です。その結果、室内は光で温められその熱は、MOCHI張りの家の中に留められることになります。

こうしたことからも分かる通り、MOCHIの社会的インパクトは非常に大きくなりうるでしょう。

例えば、今ある古い家の窓に薄いMOCHIのフィルムを貼り付けるだけでも、断熱性能が大きく改善される可能性があります。

また透明なのに熱を通しにくいという特性から、寒冷地の特殊な衣服など「中が見えて暖かいことが求められる用途」への活用も考えられます。

さらに興味深いことに、MOCHIは光をよく通す一方で、熱(赤外線)の放射をぎゅっと閉じ込める性質も持っています。

これを上手く利用して、太陽の光を暗い色の集熱パネルで吸収すれば、摂氏300度近い高温を生み出すことも条件次第で可能になるのです。

まさに窓という「エネルギーの弱点」を逆手に取って、積極的な「エネルギー活用の入口」に変えてしまう可能性を持つのがMOCHIという新素材なのです。

ただし、課題がまったく無いわけではありません。

実際のところ、現在MOCHIはまだ研究室レベルで、少量を慎重に作っている段階にすぎません。

ですから、本当に家庭や一般の建物で使える製品にするには、大量に安く作れるような製造方法を確立する必要があります。

とはいえ、材料自体はシリコーンなどで構成されているため、製造プロセスが整えば、実用化が進む可能性はあります。

耐久性の面でも、加速試験という方法で少なくとも20年間は性能を保てると予測されています。

さらに、窓の内側に貼った例でも約5年後に特性が保たれていたと報告されています。

もしかしたらそう遠くない未来、窓には「MOCHI」を張り付けるのが当たり前になっているかもしれません。

元論文

Mesoporous optically clear heat insulators for sustainable building envelopes
https://doi.org/10.1126/science.adx5568

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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