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「キノコそっくりの植物」は光合成しないのに葉緑体は忙しかった

  • 2025.12.18
「キノコそっくりの植物」は光合成しないのに葉緑体は忙しかった
「キノコそっくりの植物」は光合成しないのに葉緑体は忙しかった / Credit:Phylogenomics clarifies Balanophora evolution, metabolic retention in reduced plastids, and the origins of obligate agamospermy

日本の神戸大学(神戸大)と沖縄科学技術大学院大学(OIST)などで行われた研究によって、まるでキノコのような植物「ツチトリモチ」の驚きの事実が明らかになりました。

研究ではツチトリモチの葉緑体DNAが普通の植物の10分の1ほどに減少してもはや光合成を行っていないのに、核から多くのタンパク質を受け取って活発な活動を行っている可能性が示されています。

たとえるなら自動車工場(葉緑体)が完成した自動車を製造する能力(光合成)を失っても、残った製造ラインが下請けのような仕事を続けている状態と言えるでしょう。

さらに研究では、この奇妙な植物はメスだけで受精なしに種子を作る繁殖が、別々に生まれた可能性も示唆されました。

なぜツチトリモチたちはこのような極端な進化の道を辿ったのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年11月26日に『New Phytologist』にてオンライン掲載されました。

目次

  • なぜ葉緑体は消えない?なぜオスがいらない?
  • ツチトリモチは光合成ゼロでも葉緑体は働く

なぜ葉緑体は消えない?なぜオスがいらない?

一般に植物といえば、緑の葉で光合成を行い、花粉を飛ばして種子を作る姿を思い浮かべるでしょう。

しかし日本や台湾の山奥や沖縄の森では、一見キノコのようにも見える不思議な植物がひっそりと生えています。

それが「ツチトリモチ」と呼ばれる寄生植物です。

葉はなく、地中では宿主の根に寄生して生きます。

葉緑体自体は辛うじてという感じで存在しますが、光合成のための緑色の色素を持たないため光合成はできず、栄養や水は基本的に宿主に頼っています。

その代わりに特定の樹木の根にとり付いて養分を横取りするという、極端な生き方をしています。

さらに驚くべきことに、ツチトリモチ属の中には受精なしで種子を作る種類や集団も知られています。

コラム:植物にも性別はあるの?
私たち人間は、自分の性別を常に意識していますが、普段目にする植物にも「性別」が存在することをご存知でしょうか。植物の性別は、実は意外なほど多様で複雑です。最も良く知られているのは桜やチューリップ、アサガオなど、ひとつの花の中に「雄しべ」と「雌しべ」の両方を備えたタイプです。しかし植物には他にも「雄株」と「雌株」が個体レベルで完全に分かれているものも存在します。イチョウなどが代表的で、オスの木には花粉を作る雄花が咲き、メスの木には種子を作る雌花が咲きます。そのため、実をつけたいなら必ず両方の株を植える必要があります。また、ひとつの植物の中に雄花と雌花が別々に咲くタイプもあります。身近な例ではトウモロコシやカボチャがそうです。トウモロコシでは植物の先端に雄花が咲き、茎の途中に雌花が現れ、それぞれが役割を分担して種子を作ります。そして、植物の“性”にはもう一つの顔があります。それは、性を使わない増え方です。挿し木や地下茎(ちかけい:地面の下で伸びる茎)のような「体をコピーして増える」方法もあれば、もっと極端に、受精なしで種子を作る無融合種子形成(agamospermy:受精なしで種ができる)という技まであります。ここまで来ると、性は“必須の儀式”ではなく、「状況に応じて使い分けるオプション」に見えてきます。実際今回のツチトリモチ属の研究でも、オスを必要としない“メスだけで種子を作る”繁殖が調べられています。

オス(花粉など)を全く必要としない無融合種子形成(受精なしで種子を作るしくみ)という現象で、植物界では極めて珍しい繁殖様式です。

ツチトリモチ属は、その風変わりな生態から長らく生物学者を悩ませてきました。

特に大きな謎は2つあります。

1つ目は「なぜ光合成をしないのに葉緑体が残っているのか?」という点です。

ツチトリモチ属の葉緑体ゲノム(葉緑体内のDNA)は、従来の植物に比べて10分の1程度の極小サイズしかなく、光合成に関する遺伝子がごっそり失われていることが以前から指摘されていました。

それでも葉緑体そのものは細胞内に残存していたのです。

※ミニ解説:葉緑体もミトコンドリアと同じようにかつては独立した生命であったと考えられており、内部には独自のDNAを今でも持っていることが知られています。

もう1つの謎は「オスなしで種子を作る仕組みは、いつ・どのように進化したのか?」です。

実際、ツチトリモチ属の中にはメス株しか発見されていない集団(例:ヤクシマツチトリモチの日本・台湾の集団など)があり、かねてからそれらは雌雄分離(雌雄が別株)のはずなのにオス株が見つからず、単為生殖(メスだけで繁殖)していると考えられてきました。

しかし無融合種子形成は遺伝的多様性の欠如や有害な変異の蓄積といった問題から長期的維持が難しく、通常は一時的な“裏技”的戦略に留まることが多いと考えられています。

果たしてツチトリモチ属はどのようにしてこの禁断ともいえる繁殖戦略を手に入れたのでしょうか?

これらの謎を解明すべく、研究チームは日本と台湾にまたがるツチトリモチ属の大規模調査に乗り出しました。

ツチトリモチは光合成ゼロでも葉緑体は働く

研究チームは、日本(本州・九州・沖縄)と台湾に分布する7種・計12集団のツチトリモチ属植物を採取し、その全遺伝情報および遺伝子活性情報を解析しました。

そして葉緑体DNA(葉緑体の設計図)の配列を決定して各種の葉緑体ゲノムを再構築するとともに、核DNAにコードされたタンパク質が細胞内のどこへ送られるかを計算で予測したのです。

さらに、得られた葉緑体と核の遺伝情報から属内の系統樹(進化の樹)を作成し、種間の系統関係や進化の歴史を推定しました。

その結果、ツチトリモチ属(今回解析した7種)すべての葉緑体ゲノムサイズが約14〜16キロ塩基(DNAの長さの単位。1キロ塩基=1000塩基)という極端なミニマムサイズであることが確認されました。

これは一般的な植物(約15万塩基)のわずか1割程度で、葉緑体内の遺伝子は20個前後しか残っていません。

光合成に必要な遺伝子も軒並み消滅していました。

これらは先行研究ともおおむね一致する内容で、ツチトリモチの葉緑体は風前の灯火のような状態でした。

問題はここからです。

核側の遺伝子(トランスクリプトーム)解析を行ったところ、意外な事実が明らかになったのです。

計算結果によれば、なんと700種類以上ものタンパク質が、風前の灯火と思われていた葉緑体に輸送されると予測されたのです。

これら輸送タンパク質の機能を推定すると、アミノ酸や脂肪酸、リボフラビン(ビタミンB₂)など、生きていく上で欠かせない各種の代謝経路(物質を合成する一連の工程)が葉緑体内に残っている可能性が示唆されました。

言い換えれば、葉緑体DNAが極限まで短くなっても、核(細胞の本体)から“部品”であるタンパク質が送り込まれることで、葉緑体という“作業場”は依然として稼働し続けているのです。

先にたとえたように自動車工場が車を作るという主目的を失っても、工場内のいくつかのルートが稼働し、下請け加工のような仕事を行っていたと言えるでしょう。

また系統樹の解析からは、この植物の生殖戦略の進化に関しても興味深い事実が浮かび上がりました。

ツチトリモチ属のうち島嶼部(島々)に生息するいくつかの系統で、雌株しか存在しない集団がそれぞれ独立に出現していることが示唆されたのです。

実際、本研究では日本と台湾に分布するツチトリモチ(Balanophora japonica)やヤクシマツチトリモチ(B. yakushimensis)などが属する系統で雌株だけの集団が報告されており、これらは祖先から受け継いだのではなく別々に単為生殖化した可能性が考えられます。

では、なぜ島の植物は性(オスとの交配)を捨ててしまったのでしょうか?

この問いに対し、研究チームの解析結果は“ある法則”を想起させます。

それは植物生態学で知られるベーカーの法則と呼ばれるものです。

ベーカーの法則によれば、離れた土地へ種子が運ばれた場合、単独の個体で繁殖できる種(自家受粉や単為生殖が可能な種)の方が新天地に定着しやすいとされます。

ツチトリモチ属の場合まさに、島に漂着したたった1粒の種子(育って雌株になる個体)だけでも子孫を増やせるという強みがあったと考えられます。

これは裏を返せば、パートナーを必要としないがゆえにたった一人で旅に出て子孫を広げられる“単独繁栄”戦略です。

そのためツチトリモチ属は孤島の暗く湿った林床(他の植物がほとんど生きられない特化した環境)というニッチにも次々と進出できたのかもしれません。

今回の研究により、ツチトリモチ属が「光合成をやめた植物がどのように姿を変えていくのか」を探る上できわめて有用なモデルであることが示唆されました。

光合成能力の消失、葉緑体ゲノムの極端な縮小、遺伝情報の読み取りルールの改変、さらにはメスだけで繁殖する集団の出現──こうした複数の「極限進化」が一つの系統内で同時に観察できるためです。

得られたゲノムデータや系統樹は今後、他の寄生植物などの研究にも役立つ可能性があります。

例えば、葉緑体の不要な遺伝子を捨て去る仕組みや、単為生殖への切り替えを可能にする遺伝子変異が判明すれば、植物育種や生物学の教科書の説明を見直すきっかけになるかもしれません。

参考文献

光合成も性も手放したキノコそっくり植物の極限進化に迫る! 極小葉緑体ゲノムとメスだけで増える花の起源を解明
https://www.kobe-u.ac.jp/ja/news/article/20251216-67364/

元論文

Phylogenomics clarifies Balanophora evolution, metabolic retention in reduced plastids, and the origins of obligate agamospermy
https://doi.org/10.1111/nph.70761

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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