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恋愛カップルは「忘れること」まで共有していた

  • 2025.12.18
Credit: canva

恋人同士が、相手の言おうとしている言葉を先回りしていってしまうことは珍しくありません。

長く一緒にいればいるほど考え方や感じ方が似てくる、そんな実感を持つ人も多いでしょう。

そんな中、最新の心理学研究は、カップルが共有しているのは「考え」や「感情」だけではない可能性を示しました。

なんと恋人や夫婦関係にある2人は「何を忘れるか」まで、無意識のうちに共有していたというのです。

中国・天津師範大学(Tianjin Normal University)の研究チームが発表したこの研究は、恋愛関係が人間の記憶そのものをどのように変えるのかを明らかにしています。

研究の詳細は2025年8月9日付で学術誌『The Quarterly Journal of Experimental Psychology』に掲載されました。

目次

  • 人の記憶は「思い出すたびに整理される」
  • 恋愛カップルでは「忘却」がより強く同期する

人の記憶は「思い出すたびに整理される」

まず前提として、人間の記憶は録画映像のように正確に保存されているわけではありません。

心理学では、記憶は「再構成されるもの」だと考えられています。

私たちは何かを思い出そうとするとき、関連する情報の中から必要なものを選び取り、他の不必要な情報を一時的に抑制しています。

たとえば「果物といえば、オレンジ」を思い出そうとすると、「果物といえば、バナナ」といった似た情報は邪魔になるため、脳内で抑制されます。

この現象は「想起誘発性忘却(retrieval-induced forgetting)」と呼ばれ、記憶を効率よく扱うためのごく一般的な仕組みです。

そして近年、この忘却は「話している本人」だけでなく、「話を聞いている相手」にも起こることが分かってきました。

これが「社会的に共有される想起誘発性忘却」です。

誰かがある出来事の一部だけを語ると、それを聞いている人の脳でも同じ抑制が起こり、語られなかった細部が思い出しにくくなるというのです。

では、この現象は「親密な相手」ほど強く起こるのでしょうか。

研究チームは、そこに注目しました。

恋愛カップルでは「忘却」がより強く同期する

研究チームはまず、6カ月以上交際している恋愛カップルを対象に実験を行いました。

参加者には、自分だけの出来事と、2人で共有した出来事の両方を思い出してもらい、一方が話し手、もう一方が聞き手になる形で想起練習を行いました。

その結果、聞き手は、話し手が語らなかった関連情報を明確に忘れやすくなっていました。

しかもこの効果は、2人で共有した思い出だけでなく、聞き手しか知らない個人的な記憶でも生じていました。

つまり恋愛関係にある相手の話を聞くだけで、自分自身の記憶まで整理されてしまうのです。

さらにチームは、恋愛カップルと見知らぬ者同士を比較しました。

同じ条件で実験を行ったところ、忘却の共有が確認されたのは恋愛カップルだけでした。

見知らぬ者同士では、こうした記憶抑制はほとんど起こりませんでした。

脳計測の結果も、この違いを裏付けています。

機能的近赤外分光法による測定では、恋愛カップルの前頭前野がより強く活動し、話し手と聞き手の脳活動が高い精度で同期していました。

この神経同期が強いカップルほど、聞き手の忘却も大きくなっていたことから、研究者は「脳の同期こそが忘却を共有させる仕組み」だと考えています。

この研究は、記憶が個人の中だけに閉じたものではないことを、はっきりと示しています。

誰と一緒に過ごし、誰の話を聞くかによって、私たちが覚えていること、そして忘れていくことは変わっていくのです。

恋愛関係では、相手と「同じ現実」を共有するために、脳が自然と歩調を合わせます。

その結果、都合の合わない細部は削られ、2人にとって整合的な記憶だけが残っていくのかもしれません。

「愛とは、思い出を増やすだけでなく、忘却を分かち合う関係でもある」

今回の研究は、そんな少し不思議で、しかしとても人間らしい側面を浮かび上がらせています。

参考文献

Couples share a unique form of contagious forgetting, new research suggests
https://www.psypost.org/couples-share-a-unique-form-of-contagious-forgetting-new-research-suggests/

元論文

The role of romantic relationships in socially shared retrieval-induced forgetting: Cognitive and neural evidence
https://doi.org/10.1177/17470218251367720

ライター

千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。

編集者

ナゾロジー 編集部

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