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世界の「偽アカウント作成相場」を調べた研究結果が発表【Science誌】

  • 2025.12.17
世界の「偽アカウント作成相場」を調べた研究結果が発表【Science誌】
世界の「偽アカウント作成相場」を調べた研究結果が発表【Science誌】 / Credit:Canva

イギリスのケンブリッジ大学(Cambridge)で行われた研究によって、SNSで大量の偽アカウントを作るときの相場(SMS認証価格)が、初めて世界規模で見える形になりました。

その結果は衝撃的で、日本では1件のの平均価格が約4.93ドルと、米国(0.26ドル)やイギリス(0.10ドル)、ロシア(0.08ドル)に比べて、米国比で約20倍(差は約4.67ドル)、英国比で約49倍、ロシア比で約62倍と高価です。

違法薬物の価格ように、相場が見えれば規制や対策の効果も検証できるようになると期待されており、そういう意味では本研究の功績は計り知れないと言えます。

しかし、なぜ日本だけこれほど偽アカウントのハードルが高いのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年12月11日に『Science』にて発表されました。

目次

  • 偽アカウントはライバル店潰しや選挙で暗躍している
  • 『Science』掲載:偽アカウント相場の核を追え
  • 相場を把握すれば「対策の効果」も検証できる

偽アカウントはライバル店潰しや選挙で暗躍している

偽アカウントはライバル店潰しや選挙で暗躍している
偽アカウントはライバル店潰しや選挙で暗躍している / Credit:Canva

もしかすると、評判や人気もお金で買える時代が来たのかもしれません。

インターネットで妙に高評価ばかりの口コミや、急に何万人ものフォロワーがついた新しいアカウントを見て、「これ、本当かな?」と疑いたくなった経験はないでしょうか。

実際、オンライン上では悪質な“やらせ”行為が後を絶ちません。例えば2024年には、インターネット通信全体の24%(約4分の1)が、個人情報の窃盗や詐欺、デマ拡散などを目的とした「悪質ボット」(自動プログラム)によるものだったと推定されています。

さらに生成AI(文章や画像を自動生成する人工知能)の登場で、人間のフリをするボットはますます見破りにくくなっています。

皮肉なことに、SNS各社は投稿者への報酬制度を導入し始めており、目立つ投稿が得をする仕組みが、“釣り”目的の炎上投稿や人工的な閲覧数稼ぎを呼び込みやすい面もあります。

そして同じ仕組みは、もっと身近な場所でも働きます。

「ライバル店を貶める」ケース
たとえば、地域で評判の飲食店がスマホを開くと、最近まで星4.5だった評価が一気に星1.0に落ち、コメント欄には「二度と行かない」「最悪だった」という短い否定が並んでいる場合です。
ここで怖いのは、悪評の中身が鋭いかどうかではありません。
数があると、人は「みんなが怒っているのだ」と解釈してしまいます。
レビューは本来、経験の集積ですが、悪意ある偽アカが混ざると、経験のふりをしたノイズが、店の信用そのものを削っていきます。

この問題が深刻になりすぎたため、米FTC(連邦取引委員会)は2024年に、実在しない人物や実体験のない人物による偽レビューの作成・販売などを禁じる最終規則を公表し、購入や販売も含めて取り締まる枠組みを明確化しました。

さらに、この偽アカは民主主義の根幹すら揺るがせる危険性もあります。

投票用紙を直接いじらなくても、“民主主義の雰囲気”そのものを曇らせられるからです。

特に選挙の場面ではそれが顕著になります。

投票日が近づくほど、空気は熱を持ちますし、人は「みんながどう思っているか」に敏感になります。

怒りも不安も伝染しやすくなる中で、いくつもの“普通の市民の顔”が現れます。

政治の大義を語る顔があり、別の顔は相手陣営の失言を拾い、さらに別の顔は「身近な被害」を涙ながらに訴えます。

コメント欄では、見知らぬ同士が偶然出会ったかのように会話を始め、共感が共感を呼ぶ形に整えられていきます。

これまでならば、そういった雰囲気は人間が作っていました。

しかし現在ではそれらが容易に捏造されてしまいます。

選挙に影響を与える場合
例えば、まず偽アカの一部で投稿を立て、別の偽アカが賛同コメントや反応で押し上げ、さらに別の偽アカがその反応自体を持ち上げる、といった増幅の連鎖が起こり得ます。
見た目は自然な盛り上がりでも、実態は自動化されたシステムです。
実際、あるケースでは架空の米国人ペルソナを「世論のリーダー」に育てるような運用をしていた、と報告されています。
またその目的は民主主義社会に対して対立や分断を強めるテーマを狙い、投稿の反応を追い、政治的な不信を広げることだと述べられています。(※米国司法省の報告書より)

生々しいのは、これが“単発のデマ投稿”ではないことです。

架空の人物像(ペルソナ)が複数運用され、政治的目的に沿った内容が継続して流され、ある候補者を貶めたり別の候補者を支持したりする方向へ運用が「設計」されている場合もあったのです。

要するに、偽アカは1個体としてではなく、社会の温度を操作する“群れ”として動くのです。

そして最も重要なのは、偽アカの仕事が「人を説得する」だけではない点です。

選挙に介入する偽アカと言えば、「○○候補はすばらしい」「✕✕候補はダメだ」という上げ下げだけだと思われがちですが、実際は違います。

多くのケースでは、自動化されたシステムは人を「分からなくさせて」疲れさせることが目的とされていました。

矛盾する話や決めつけ、終わらない罵倒が増えると、真実を見分けるのに毎回エネルギーが要ります。

その結果、「何が真実か分からない」「誰も信用できない」という感覚が育ちます。

米国司法省の発表でも、目的として「候補者や政治制度への不信を広げる」趣旨が示されています。

信頼が削れれば、社会は弱くなりますし、投票先が変わらなくても民主主義の足場がぬかるみます。

さらに不信が長引くと、次は「考えること自体がしんどい」という段階に入りやすくなります。

ちょっと前までは誰もが話していた問題でも、情報を追う気力が尽きて「情報疲れ」で話題にしなくなる――その心理につけこむ手法だと言えます。

例えばある国が他国で蔓延している「特定の話題」を収束させたい時、情報疲れを利用することで、SNS世界からその話題を排除することも可能になります。

こうした偽アカウント作成“入口”になっているのが、SMS認証です。

SNS企業は不正対策として、新規アカウント登録時に電話番号によるSMS(ショートメッセージ)認証を課しています。

しかしこの仕組みの裏がかかれ、大量の偽アカウントを自動生成・販売するサービス業者が世界中で暗躍するようになってしまいました。

こうしたオンライン操作ビジネスは国境をまたぐ灰色市場(グレーな非公式市場)として繁盛しており、偽の「いいね」やコメント、フォロワーといった人工的な人気まで堂々と売買されているのです。

実際、2023年の報告ではわずか10ユーロ(約1500円前後)を支払うだけで、数万回の再生や数千件の「いいね」、数百人のフォロワーを買うことさえ可能だと指摘されています。

こうした“不正ネット業者”は本人確認を代行する「SIM農場」と呼ばれる設備を運用し、本人確認用コードを販売します。

SNSアカウントの量産に欠かせないSMS認証を肩代わりするこれらのサービスは、多くの国で利用規約違反には当たるものの違法と明確に定めにくいグレーゾーンに位置しており、その便利さと引き換えにネット詐欺や世論操作の温床となっているのです。

だからこそ、こうした偽アカ売買の実態を数値で捉える研究が重要になります。

そこでケンブリッジ大学の研究チームは、世界197か国・500以上のプラットフォームにおけるSMS認証サービスの価格を毎日追跡するオンライン指数を独自に開発し、デジタル世論操作の「経済」を丸裸にしようと試みたのです。

もし国ごとの相場観が判明すれば、どの国のSNSがどれだけ“買収”されやすいかが見えてきます。

『Science』掲載:偽アカウント相場の核を追え

『Science』掲載:偽アカウント相場の核を追え
『Science』掲載:偽アカウント相場の核を追え / Credit:Canva

偽アカウント作成の核となるSMS認証はいくらで取引されているのか?

研究チームはまず197か国・500超のオンラインサービスについて「SMS認証に必要な価格」と「販売在庫数」を約1年間に渡り毎日、詳細に調査しました。

その結果、国ごとの偽アカ作成コスト(SMS認証価格)の相場が明らかになりました。

平均価格が最も高かったのは日本で1件あたり約4.93ドル、次いでオーストラリアが3.24ドル、トルコが2.54ドル、マルタが2.18ドルでした。

一方、米国は0.26ドル、イギリス0.10ドル、ロシア0.08ドルと極端に低価格でした。

つまり日本でSMS認証を100回分そろえようとすると平均で500ドル近くかかりますが、ロシアではわずか8ドル程度で済む計算です。

なぜ日本と米英露でこれほど差が開いたのでしょうか。

調査によると、背景にはSIMカード価格と規制の違いがあるようです。

日本で(物理)SIMカードを購入しようとすると最低でも約30ドル(数千円)はします。

また日本ではSIM購入時に住所確認など厳格な本人確認が必要で、誰もが気軽に大量のSIMカードを買える状況にはありません。

こうした要因から日本国内の電話番号は供給が限られ、結果としてSMS認証の価格も高くなりやすいと考えられます。

研究チームも、SMS認証のコストはSIMカードのコストと強く関係しており、規制のしかたが市場価格に影響し得ると述べています。

いずれにせよ、同じ回数のSMS認証でも、国によって必要な費用が大きく変わる、というのが今回の要点です。

さらに興味深いことに、この1年の調査期間中に世界各地で行われた国政選挙(61件)では、選挙前に一部のプラットフォームでSMS認証価格が上がる現象も確認されました。

特にテレグラムやワッツアップといったメッセージアプリでは、選挙の直前30日間に価格が上がる傾向が見られ、ワッツアップは確かさがやや弱いものの、同じ方向の動きが報告されています。

研究チームはこの理由について「選挙前に現地の番号への需要が高まった可能性がある」と説明しています。

これらの結果は、民主主義国家においては選挙の影に常に「他国の偽アカウント」が暗躍している可能性を示すものと言えるでしょう。

相場を把握すれば「対策の効果」も検証できる

相場を把握すれば「対策の効果」も検証できる
相場を把握すれば「対策の効果」も検証できる / Credit:Canva

今回の研究により、これまで闇の中だったSNS操作の裏経済に初めて“値札”が付けられました。

言い換えれば、偽アカ作りの入口にあるSMS認証の価格を、日ごとに追いかける手がかりが得られた、ということです。

研究者たちは、オンライン上の隠れた操作ビジネスに価格という光を当てることが、対策を考える第一歩になると述べています。

実際、この指数を使えば、国やサービスごとの動きから、対策の効果を確かめられる可能性があります。

たとえば、ある国で「SIM農場」(大量のSIMを不正に回す拠点)への規制が強まったとします。

その前後でSMS認証の相場がどう動くかを見れば、入口コストに変化が出たかを点検できます。

違法薬物の規制が強くなれば、その相場が上がるのと同じだと言えるでしょう。

またプラットフォーム側の対策として、アカウントの登録場所が分かりやすくなる工夫や、SIMカード購入時の本人確認徹底によって参入コストを引き上げる政策が、不正な操作を思いとどまらせる一助になるかもしれません。

もっとも、本研究には限界もあります。

分析対象はSMS認証市場に限られており、偽レビューや偽「いいね」など他の不正サービスのコストまでは直接測定できていません。

また本論文の公開によって業者側が警戒し、APIを遮断するなど将来的にデータ取得が困難になるリスクも指摘されています。

それでも著者らは、こうした測定の枠組みがオンラインの信頼と安全を高めるための出発点になると述べています。

参考文献

New index reveals the economics underlying the online manipulation economy
https://www.eurekalert.org/news-releases/1108805

元論文

Mapping the online manipulation economy
https://doi.org/10.1126/science.adw8154

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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