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「放射線に強い菌」を食べたハエの放射線耐性が増加したと判明

  • 2025.12.16
「放射線に強い菌」を食べたハエの放射線耐性が増加したと判明
「放射線に強い菌」を食べたハエの放射線耐性が増加したと判明 / Credit:Canva

アメリカのユニフォームド・サービス大学保健科学大学院(USUHS)で行われた研究によって、「放射線に強い菌」を食べたショウジョウバエのオスで、放射線耐性が高まった可能性が示されました。

この菌(A. pullulans)はチェルノブイリの事故原発の内部や国際宇宙ステーションでも見つかるほどタフなことで知られています。

しかしなぜ放射線耐性菌を食べただけで、ハエたちにその力が移ったかのような現象が起きたのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年12月14日に『Scientific Reports』にて発表されました。

目次

  • 放射線に強い菌を食べたら放射線耐性が得られるのか?
  • 放射線耐性菌を食べたハエに起きた変化
  • 放射線防御サプリのヒントになるか?

放射線に強い菌を食べたら放射線耐性が得られるのか?

放射線に強い菌を食べたら放射線耐性が得られるのか?
放射線に強い菌を食べたら放射線耐性が得られるのか? / Credit:Canva

放射線と聞けば有害で命を縮めるものだと誰もが思います。

実際、強烈な電離放射線(細胞を壊しやすい強い放射線)は生体のDNAを傷つけ、切断などを起こし、細胞分裂の盛んな組織を中心に深刻なダメージを与えます。

とりわけ腸(消化管)のような臓器は放射線による障害を受けやすく、ヒトでも高線量被曝時に腸の粘膜が傷つくことが知られています。

高線量の放射線は、生き物の寿命を大幅に縮めてしまう恐ろしいものなのです。

しかし自然界には、そんな放射線の下でも平然と生き延びる生物が存在します。

例えばチェルノブイリ原発事故の原子炉(施設)から、驚くべきことに高い放射線下で繁殖する菌類(カビ)が発見されています。

その後も、多くの菌類が自然界では考えられないほど強い放射線に耐えて増殖できることが報告されてきました。

放射線が降り注ぐ暗闇の中で、生命がしたたかに適応していたのです。

中でもAureobasidium pullulans(オーレオバシジウム・プルランス)という真菌はチェルノブイリ原子炉の内部や国際宇宙ステーションの中にまで生息できるポリ極限耐性(極限環境に強い)なカビとして知られています。

(※最近の研究では、この菌を2年間ほど宇宙空間に晒しても生存できたという報告も上がっています。)

通常は白っぽい見た目の菌糸ですが、強い放射線などストレス下ではメラニン(黒い色素)を産生して自らを黒く染め、その黒さが生存に役立つ可能性があると考えられています。

もう一種、Rhodotorula taiwanensis(ロドトルラ・タイワネンシス)という真菌も高い放射線耐性を持ち、強い酸性の水がたまる場所(酸性鉱山排水)で見つかった菌として知られています。

そこで今回研究者たちは、これらの放射線耐性菌をエサとして他の生物に食べさせたら、その生物も放射線に強くなるのかを実験で確かめることにしました。

頭の悪い発想だと笑ってはいけません(後述)。

それができるのは実験しなくても結果を知っている「存在」だけです。

それにもし本当に「食べるだけで放射線に強くなれる」のだとしたら、そのメカニズムを解明することで人にも役立つ手がかりが得られる可能性もあるのです。

放射線耐性菌を食べたハエに起きた変化

放射線耐性菌を食べたハエに起きた変化
放射線耐性菌を食べたハエに起きた変化 / Credit:Canva

今回の研究で選ばれた実験動物はショウジョウバエ(モデル生物としてよく使われる小さなハエ)です。

研究ではまずハエたちにガンマ線(γ線、放射線の一種)という強い放射線を照射し、寿命がどの程度縮まるかを調べています。

結果、線量が増すほどハエの寿命は短くなり、さらにオスのハエはメスより放射線に弱いことが明らかになりました。

これはハエのオスとメスで放射線感受性に差があることを示しており、メスの方がもともとストレス耐性が高いと考えられます。

次に研究チームは、ハエに放射線耐性菌を食べさせてから被曝させるという実験を行いました。

具体的には、新成虫のハエに通常のエサではなくA. pullulansまたはR. taiwanensisの培養ペーストを与えて2日間育て、その後ハエを標準のエサに戻してから高線量のガンマ線を一度に照射しました。

そして、ハエが死ぬまでの日数をカウントしました。

結果、A. pullulansを食べていたオスのハエは、食べていないハエに比べて1日~1.5日ほど長く生存したのです。

一方、メスのハエではA. pullulansを食べても寿命はほとんど変化しませんでした。

つまり、この「食べる放射線対策」はこの実験条件ではオスに限って効果を発揮したのです。

また細胞レベルでも興味深い発見がありました。

通常のエサを食べたオスでは被曝によって腸の細胞に穴が開いたり核が崩れたりする異常が多数見られましたが、事前にA. pullulansを食べたオスでは被曝後も腸の細胞核の形の異常が減る傾向が示されたのです。

コラム:なぜ放射線耐性菌をハエに食べさせたのか?
強い相手を食べたら、自分も強くなる――そんな発想は一見するとファンタジーです。しかし研究者たちがこの発想に乗ったのは、わりと現実的な“動機”があったからです。出発点は、菌類(fungi(カビや酵母の仲間))が昔から「薬の倉庫」だったことです。これまでにも抗生物質のように、命に直結する多くの分子が菌から見つかってきました。つまり菌は、見た目は地味でも、体の中に“効く小さな分子”を抱え込める存在だ、という前提があります。そのためもしチェルノブイリ原発事故の炉心内で生きているような菌類がいたとするなら、放射線耐性を発揮する分子を作れるように進化して耐性に必要な分子たちを自前で抱えている可能性があるのです。もしそうならその菌を食べた生物にも放射線耐性の恩恵が得られるかもしれません。ただし著者らは、主役はタンパク質ではなく小さな分子(代謝物)かもしれないと述べています。タンパク質のような巨大分子が消化によって元の形や機能を失ってしまうのは人間でもハエでも同じです。そのため著者らは「食べる放射線耐性」は消化の影響を受けにくい「小分子」が担っている可能性があると考えているようです。

一方で、比較のため試されたもう一種の放射能耐性菌R. taiwanensisでは、残念ながら放射線防御の効果は見られませんでした。

R. taiwanensisを食べたハエは、オス・メスともに寿命が延びることはなく、条件によってはかえって寿命が短くなる傾向すら示したのです。

どうやら「放射線に強い菌なら何でもよい」というわけではなく、菌の種類によって効果に当たりだけでなく足を引っ張る場合もあるようです。

放射線防御サプリのヒントになるか?

今回の研究により、放射線耐性を持つ真菌A.プルルランスをエサとして与えることで、被曝後のショウジョウバエのオスでは寿命や腸の状態が良くなる傾向を示す放射線防護の手がかりが示されました。

研究チームは、このカビ食で腸の損傷(とくに核の形の乱れ)が和らぎ、それが生存の改善に関わる可能性があると考察しています。

放射線による被害を“食べ物の力”で減らせる可能性を示した意義は大きいでしょう。

さらに論文の著者らは、A. pullulansを「高等生物でも試す価値のある有望な放射線防護候補」だと述べています。

特に腸は放射線治療でもダメージを受けやすい急所であり、本手法は放射線療法を受ける患者の副作用軽減につながる潜在力があると考えられます。

例えば、がん放射線治療中の患者にこの菌由来の成分を投与して腸を保護できれば、治療の安全性とQOL(生活の質)向上につながるかもしれません。

実際、現在の医療でも腸が大きく傷つくタイプの急性被曝を事前に防ぐ方法は限られており、ビタミンEの一種(ガンマトコトリエノール)などが動物実験で研究されています。

したがって、今回のようなアプローチは放射線による胃腸ダメージを抑える新たな有用菌に似た発想として注目されます。

研究チームは、放射線被曝による損傷を減らす新たな方法として、まず放射線療法の患者が恩恵を受ける可能性があると指摘しています。

ただ人間で同じように効果が得られる保証はなく、安全性の検証も必要です。

またA. pullulansが放射線防御に寄与した具体的な成分や仕組みも特定できていません。

それでも、「他の生物が持つ耐性を食べて取り込む」という一見夢物語なアイデアが、現実の実験である程度支えられた意義は大きいと言えます。

放射線防護というと重厚な装備や薬剤を思い浮かべますが、全く別発想の有用菌に似たアプローチが拓けたことになります。

安全性が確認されたうえで微生物の力で被曝耐性を底上げできれば、医療だけでなく宇宙開発・原子力事故対応など様々な分野で恩恵があるかもしれません。

研究チームは今後、マウスなど高等生物での追試や、菌が作り出す防護物質の特定が課題になると述べています。

次のステップとして、放射線耐性菌から抽出した有用成分をサプリメントのような形で投与し、防護効果を検証するといった展開も考えられます。

もしかしたら未来の世界では、放射線に晒される前に「放射線防御サプリ」のようなものをひと飲みするだけで準備完了、という時代が来ているのかもしれません。

元論文

Feeding Drosophila highly radioresistant fungi improves survival and gut morphology following acute gamma radiation exposure
https://doi.org/10.1038/s41598-025-31545-6

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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