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黙読中に脳内に響く「内なる声の正体」がみえてきた

  • 2025.12.15
黙読中に脳内に響く「内なる声の正体」がみえてきた
黙読中に脳内に響く「内なる声の正体」がみえてきた / Credit:Canva

ドイツのベルリン自由大学(ベルリン自由大学/Freie Universität Berlin)で行われた研究によって、私たちが声を出さずに文章を読む「黙読」の最中、脳は文字をただ目で追うだけではなく、単語の「音の特徴」に結びつく反応まで立ち上げている可能性が示されました。

また興味深いことに、この反応は録音した音の波形をそのまま反映したものというより、音の特徴を要約した「音の設計図」のような形で現れていました。

しかし黙読中に脳内で流れているのが「音の設計図」ならば、なぜ意識の上で本物の声のようなものが聞こえるのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年12月14日に『bioRxiv』に掲載されました。

目次

  • 内なる声は「生の音」なのか?
  • 意識は「音の設計図」を本物の声だと思い込む

内なる声は「生の音」なのか?

内なる声は「生の音」なのか?
内なる声は「生の音」なのか? / Credit:Canva

黙って本を読んでいるのに、なぜか頭の中では誰かが朗読しているような声を感じることがあります。

図書館のように静かな場所で文字を目で追っているだけなのに、自分の心の中でははっきりとした声が響いている。

そして不思議なことに、文章が難しかったり区切り方がおかしいと、その「頭の中の声」がつっかえてしまうことさえあります。

これは「黙読のときに感じる内なる声」と呼ばれ、私たちにとっては非常に身近な体験です。

これまでの研究からは、「黙読している間でも脳の中で音を処理する領域が活動する」という報告があります。

つまり黙読は完全に「目だけの作業」ではなく、私たちの脳は文章を読むときにも音を扱うしくみを使っている可能性があるのです。

しかし、だからといって脳内で本当に録音のような「生の音の波形」がそのまま再生されているのかといえば、それはまた別の話です。

黙読で使われる「音」の正体は、音読のときのように実際に耳で聞く音そのものと同じなのでしょうか?

先行研究によると、人間がリアルタイムで音を聞いているときでさえ、脳は必ずしもすべての音を録音波形のコピーとしてそのまま扱っているとは限りません。

むしろ状況によっては、音の要点として脳内で扱うこともあります。

たとえて言えば、テレビ番組を丸ごと録画するのではなく、あらすじだけをメモしておくようなイメージです。

もし黙読の脳内でもこれと同じような整理のしかたが働くなら、黙読中の音も実際の音とは少し違って、音の特徴をまとめた形として脳内に作られている可能性があるのです。

研究者たちは、まさにこの「黙読中の音の正体」を詳しく調べたいと考えました。

意識は「音の設計図」を本物の声だと思い込む

意識は「音の設計図」を本物の声だと思い込む
意識は「音の設計図」を本物の声だと思い込む / Credit:Canva

今回の研究チームは、人間が黙読をしている時の脳の中に本当に「音の特徴に結びつく信号」があるかどうかを、確かめようとしました。

そのためにまず実験に参加した被験者10名に数時間分(約4万3千語)の物語調のニュースレビュー(技術や文化など様々な話題)を黙読してもらい、その間の脳波(頭皮で測る電気信号)を測定しました。

そして分析にあたっては「文字の見た目の特徴」、「意味の特徴」、そして「音の特徴」という3種類の説明用データを用意し、どれが脳波の変化をどれだけ説明できるかを比べました。

その結果、脳波の中に単語の音の特徴に結びつく成分が統計的に見いだされました。

さらに興味深いことに、その成分は録音した音の波形を丸ごと写したものというより、音の特徴(周波数の成分など)を運ぶ「音の設計図」が時間の順番つきで現れていることを示唆します。

コラム:音の設計図とは?
音の設計図と言っても、なんとなくイメージしにくいかもしれません。まず大前提として、「音の設計図」は“本物の音”ではありません。録音した声の波形を、そのまま頭の中で再生している、という話ではないのです。むしろ逆で、黙読のときに必要なのは「音を忠実に鳴らすこと」ではなく、「意味に到達すること」です。意味にたどり着くには、音のすべては要りません。輪郭だけで十分なことが多いのです。波形そのものではなく、音の特徴(周波数の成分など)でも意味に近づけることがあります。そこで脳は、音を“再生”する代わりに、音を特徴に変換して持ち歩く――そんなイメージが「設計図」です。たとえるなら写真と線画の違いです。線画は色も質感も消えているのに、顔の輪郭とパーツの配置さえ合っていれば「これは顔だ」と分かります。

しかしそうならば、なぜ私たちの意識は黙読時に本物の声のようなものを感じるのでしょうか。

理由の1つとして、「音の設計図」レベルの信号でも、脳の言語処理が動けば、意識の側では十分「声」として受け取れるのかもしれません。

骨格さえそろっていれば、それが声や言語の処理領域に届くことで、意識にとってはそれだけでも「これは声だ」と感じられるのでしょう。

この発見は、人が文章を理解するメカニズムに新たな手がかりを与えるものです。

読書は視覚の作業だと考えられがちですが、脳内では音の設計図を使っている可能性が示されたからです。

さらに今後は、「黙読中の声」が脳のどの場所と関わるのかを、どこが動くかを細かく見られる脳スキャンで確かめる研究も必要になりそうです。

黙読という静かな行為の裏で、どんな“音の設計図”が生産されているのか――それを知ることは、自分の内側で鳴っている声との付き合い方を、少しだけ変えてくれるのではないでしょうか。

元論文

Auditory representations of words during silent visual reading
https://doi.org/10.64898/2025.12.12.693932

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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