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10年間ガラスを食べ続けた男性【異食症とは?】

  • 2025.12.15
10年間ガラスを食べ続けた男性と異食症 / Credit:Canva

美味しそうな食べ物を見ると、自然と食欲が湧いてきます。

しかし、「食べられないもの」に対しても食欲が湧くこともあります。

世界には、土や紙、さらにはガラスのような危険な物質を強烈に「食べたい」と感じてしまう人や症状が存在するのです。

今回は、10年間ガラスを食べ続けた男性と「異食症」について、実際の症例や過去の研究をもとに詳しく紹介します。

男性の症例は、2013年4月1日付の『The Journal of Neuropsychiatry and Clinical Neurosciences』に掲載されています。

目次

  • ガラスを食べ続けた男性と「異食症」
  • 異食症はどれくらい一般的なのか、その原因とは?

ガラスを食べ続けた男性と「異食症」

2012年頃、32歳の男性が医療機関を訪れました。

彼には特別な精神疾患の既往はありませんでしたが、10年間ずっと、人には言いにくい奇妙な習慣を続けていました。

それは「ガラスを食べる」という行動です。

男性は、日中いつも口の中にガラス片を忍ばせ、そのまま噛み砕き、飲み込まずにはいられない状態になっていました。

飲み込んだ後は一時的に落ち着くものの、しばらくするとイライラと落ち着かなさが戻り、再びガラスを求めてしまう。

これは嗜好でも興味本位でもない、強迫的な渇望そのものだったといいます。

精神科的評価の後に行われた画像検査では、行動の異常を説明し得る脳の病変が見つかりました。

つまりこの男性の行動は、単なる「奇行」と片づけられるのではなく、医学的要因のある症状として捉えられる必要があったのです。

このような行動は、医学的に「異食症」と呼ばれます。

異食症とは、本来食べ物ではない物質を、1カ月以上にわたり持続的に食べてしまう状態のことです。

対象は多岐にわたり、土や粘土、紙、石鹸、スポンジ、草、硬貨、ボタン、マッチの燃えかすなど、ほとんど無限の種類が報告されています。

ガラスを食べてしまう例は非常に珍しいものの、医療の現場でまったく前例がないわけではありません。

また、異食対象によって専用の名称が付けられる場合もあります。

たとえば土を食べる行動は土食症(geophagy)、氷を長期間大量にかじる行動は氷食症(pagophagia)と呼ばれます。

複数の非食品を食べる状態は「polypica」と分類されることもあります。

ここで重要なのは、異食症が「幼児の探索行動」とは根本的に異なる点です。

小さな子どもが物を口に入れるのは発達段階として自然な行動です。

しかし異食症は、年齢相応の発達段階では説明できず、しかも衝動が長期間継続するのが特徴です。

また、文化的な慣習として短期間粘土を食べる地域もありますが、これも異食症とは区別されます。

異食症の本質は、「食べ物ではないものを強い欲求に突き動かされて食べてしまう」点にあるのです。

では、異食症は世界でどれくらい見られるのでしょうか。

異食症はどれくらい一般的なのか、その原因とは?

ガラスを食べる症例のように極端な例を見ると、異食症は非常に稀な状態だと思われがちです。

しかし既存研究によると、このような行動は想像以上に一般的です。

2018年にスイスで行われた研究では、1,430人の子ども(7~13歳)を対象とした調査で、約10%が異食行動を報告しました。

また、2016年のメタ分析では、妊婦の約28%が異食症を経験していたことが示されています。

年齢や性別、地域にかかわらず、異食症はさまざまな人たちで報告されており、特定の集団に限られたものではありません。

しかし、実際の有病率はもっと高い可能性があります。

多くの人は恥ずかしさや文化的な価値観から、この行動を他人に打ち明けず、報告されていないケースが数多く存在すると考えられるからです。

そして、異食症には大きな危険が伴います。

食べる物質によっては便秘消化管の詰まりを引き起こす可能性があり、鉛を含む古い塗料片では鉛中毒が発生することもあります。

また、土を食べる行動は寄生虫感染のリスクがあり、粘土の摂取が妊娠中の感染症と関連する事例も報告(2025年)されています。

さらに、消化できない物質を摂取し続けることで、栄養不良に陥ることもあります。

つまり異食症は、単なる「変わった癖」ではなく、場合によっては生命を脅かす医学的状態なのです。

では、異食症はなぜ起こるのでしょうか。

研究によれば、異食症の原因は単一ではありません。

社会的・心理的要因として、貧困、ストレス、ネグレクト、虐待、母子分離などが、子どもの異食行動のきっかけになることがあると報告されています。

また、鉄欠乏は子どもと大人の両方で異食行動と結びつくことがあり、英国の医療情報でも「紙や氷を食べたくなる」ことが鉄欠乏性貧血の一症状として挙げられています。

さらに、冒頭の男性のように脳の病変が背景にある場合もあり、神経学的な要因も重要です。

加えて、知的能力障害や精神疾患をもった人で異食症を併発する場合もあります。

治療についても、原因が多様であるため、単独の方法で改善できるものではありません。

一般的には、問題となる物質を患者の生活環境から取り除きつつ、心理的支援、栄養治療、神経学的治療など、個々の背景に合わせた多面的なアプローチが必要になります。

食べ物ではないものを「どうしても食べたい」と感じてしまう異食症は、私たちが思う以上に身近に起きうる、多様な医学的背景を持つ現象です。

もし自分や周りの人が悩んでいるなら、「恥ずかしがらずに医療機関に相談してよい」という点だけでも、ぜひ心に留めておいてほしいものです。

参考文献

Pica: The Disorder That Makes People Crave And Eat The Inedible
https://www.iflscience.com/pica-the-disorder-that-makes-people-crave-and-eat-the-inedible-81842

元論文

The Behavior of Eating Glass, With Radiological Findings: A Case of Pica
https://doi.org/10.1176/appi.neuropsych.12040090

ライター

矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。

編集者

ナゾロジー 編集部

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