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朝ドラ『おむすび』が描いた“最大の美点”とは? 主人公の表情が暗い理由に繋がる“壮絶な時代背景”

  • 2025.12.23

2024年度後期のNHK連続テレビ小説(以下、朝ドラ)『おむすび』は、平成~令和という現代を駆け抜けたギャル出身の栄養士・米田結(橋本環奈)の物語だ。

2004年の福岡県糸島からドラマは始まり、結が高校に入学する姿が描かれるのだが、実は彼女の姉・歩(仲里依紗)は伝説のギャルで、ハギャレン(博多ギャル連合)の初代総代だった。
そのことを知ったハギャレンに所属する4人のギャルは結を仲間にしようとするが、結は姉と不仲で、ギャルのことも大嫌いだった。
だが結は、当初は反発していたハギャレンのギャルたちとも次第に仲良くなり、彼女たちと糸島フェスティバルでパラパラを踊ることになる。

ハギャレンの活動に参加しながら、憧れの先輩のいる書道部の活動にも参加する結の姿は一見すると、青春を満喫している普通の高校生に見える。だが、彼女の表情は沈んでいて、どこか元気がない。
結を演じる橋本環奈は、コメディ系の作品での明るく楽しい演技に定評のある若手女優だ。
そのため当初はギャルに扮した彼女が元気に大暴れする明るく楽しい青春ドラマになるかと思われた。
だが、橋本環奈の芸能人としてのイメージと結のキャラクターには大きな落差がある。表情の曇った橋本環奈の姿を観続けることになり序盤は戸惑ったのだが、やがて結の過去が明らかとなり、彼女が暗い表情だった理由が判明する。

震災を通して平成という時代を描いた朝ドラ。

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橋本環奈 (C)SANKEI

第5週「あの日のこと」では、結の回想を通して1995年の米田家の姿が描かれる。
当時、米田家は神戸で暮らしており父の聖人(北村有起哉)は、理容店を営んでいた。
しかし1995年の1月17日に起きた阪神・淡路大震災によって理容店兼自宅だった建物が倒壊し、米田家は聖人の実家のある糸島に移住することになる。
米田家が神戸出身であることはすでに劇中で語られており、事前のリリース情報でも震災の描写があることは語られていた。
そのため、どこかのタイミングで阪神・淡路大震災が描かれることは覚悟していたが、このような描き方になるのかと放送当時は衝撃だった。
結たちは避難所となった学校で過ごすことになるのだが、その描写はとても丁寧で、綿密な取材によってドキュメンタリー番組のように描かれていた。
その一方で、当時のニュース番組で報道されたような被災した神戸の見せ方に対してはとても慎重で、ショッキングな映像で視聴者の感情を煽るような描き方は避けられていた。
逆に炊き出し等の避難所での食事の描写はとても細かく描かれており、幼少期の結が被災しているという状況をよく理解できずに、避難所で配られたおむすびに対して「冷たい」「チンして」と言ってしまったことを、彼女は強く後悔していた。物語序盤の結の表情が沈んでいたのは、震災の経験からどんなに楽しい瞬間を過ごしてもいずれは消えてしまうという強い厭世観を抱えていたからだったのだ。
この被災経験が大きなきっかけとなり、結は栄養士という食事に関わる仕事に就きたいと考えるようになっていく。

一方、2011年3月11日に起きた東日本大震災は、支援栄養士として被災地に向かった友人の湯上佳純(平祐奈)から現地の話を結が聞くという形で描写された。
当時の結は出産直後で子育てに専念しており、自由に動けない立場だったのだが、主人公の結が被災地に向かわない展開は意外だった。 おそらくテレビで状況を見守ることしかできない視聴者の分身として結の状況を描いたのだろう。

そして2020年に起きた新型コロナウイルスの世界的流行の際には、結は管理栄養士として病院で働いており、医療従事者の視点を通してコロナ禍の緊迫した状況が描かれた。

『おむすび』を観ていると平成と令和は天災の時代なのだと改めて実感するのだが、体験した人の仕事や家庭の状況によって受け止め方が大きく異なるということを淡々と伝えようとしていたことが、本作最大の美点ではないかと思う。

家族全員が主人公の朝ドラ

脚本を担当した根本ノンジは、原作モノのドラマを得意としており、幅広いジャンルの連続ドラマを多数手掛けてきた。
『おむすび』ではその経験が活かされており、朝ドラの中で、様々なジャンルのドラマが展開されていく面白さがある。
結の高校時代の物語は、部活モノの学園青春ドラマとなっており、高校卒業後に神戸栄養専門学校に通い出すとチームで様々なミッションに挑む職業訓練モノのドラマに変わっていく。 そして、結が企業の社員食堂に就職した後は、栄養士という職業に理解のないベテラン調理師との衝突を描くお仕事モノのドラマとなり、結が管理栄養士の資格を取得して病院で働くようになると、医療ドラマに様変わりする。

一方で結には四ツ木翔也(佐野勇斗)という恋人がおり、年齢を重ねると結婚して夫婦となり、やがて子どもも生まれ、結は母親になる。

その意味で本作は家族の物語だったとも言えるのだが、面白いのは結だけでなく米田家の家族全員に物語があったことで、話が進むにつれて家族全員のドラマに変わっていった。

歴史に名を残した偉人の物語ではなく、名もなき人々の群像劇を通して現代を描いたことが『おむすび』の面白さだろう。
今後は、平成という近過去を振り返る時に、繰り返し参照される朝ドラとなっていくのではないかと思う。


ライター:成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)、『テレビドラマクロニクル 1990→2020』(PLANETS)がある。