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朝ドラで“数分にも満たない”登場ながら心に残る存在感「ぴったり」「似合ってる」名優だからこそ体言出来る“リアルな怪談”

  • 2025.12.31
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『ばけばけ』第12週(C)NHK

明治時代の松江を舞台に、“怪談”をめぐる文化的交差と心の交流を描く朝ドラ『ばけばけ』。その物語に、ある種の震えをもたらす存在が、12週に突如現れた。大雄寺の住職を演じる俳優・伊武雅刀である。低く、深く、湿度を帯びた声。語られるのは『水あめを買う女』という、死者と生者のあわいを彷徨う母と子の物語。朝ドラとは思えない静けさと緊張感が、テレビ越しにじんわりと染み出してくる。その中心にあるのが、伊武の声だ。

※以下本文には放送内容が含まれます。

“抑制”が導く恐怖と慈悲

俳優・伊武雅刀の声には、強烈な磁場がある。決して声を荒げない。大仰に怖がらせることもしない。なのに、耳を傾けずにはいられない。ヒロインのトキ(髙石あかり)とヘブン(トミー・バストウ)に怪談を語る住職のシーンは、まさに“語り”の力だけで世界をつくりあげていた。

語られるのは、大雄寺に伝わる怪談『水あめを買う女』。亡くなった母親が、我が子のために水飴を買いにくるという、悲しくも美しい怪談だ。

伊武の語りは、感情の波を表に出すことなく、むしろ内に抱きしめたまま、淡々と話が進んでいく。その静けさが、かえって聴く者の想像力を掻き立てる。まるで語り手とともに、墓の前に立っているような臨場感。そして何よりも、その声の奥ににじむ慈しみが、不思議とこの怪談にあたたかさを添えていた。

SNS上でも「キャスティングぴったり」「住職役似合ってる」といった称賛の声が相次いだ。彼が持つ“語りの力”は、恐怖と愛情を同時に伝えることができる、極めて希少なものだ。

所作に宿る説得力

この住職というキャラクターには、物語を進める以上の役割があると思えてならない。

怪談の語り部であると同時に、トキとヘブンにとっての、いわば“通訳を超えた存在”でもある。言葉が通じなくても、怪談の世界には翻訳を必要としない感情があることを、住職の語りを通じてふたりは知ることになった。つまり彼は、異文化を繋ぐ橋のような存在と言える。

お経を読むシーンでの手の動き、歩き方、目線の運びに至るまで、その所作すべてが自然体で、画面のこちら側にも本物の気配が伝わってくる。もはや“俳優・伊武雅刀”ではなく、“大雄寺の住職その人”としてそこに在るようだった。

フィクションと現実の交差点に立つ人

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『ばけばけ』第12週(C)NHK

伊武といえば、70年代後半『スネークマンショー』での毒舌コントや、『宇宙戦艦ヤマト』のデスラー総統など、重厚からコミカルまで演じ分ける“緩急自在”な名優として知られる。しかし『ばけばけ』においては、余計な装飾を一切削ぎ落とし、むしろ“静”の力で空間を支配していた。

その凄みは、声だけにとどまらない。立っているだけで周囲の空気を変える、あの重力感。シーンとしては数分にも満たない短い登場ながら、物語全体に深い余韻を残す圧倒的な存在感があった。怪談は、物語として語られるだけではなく、“誰が語るか”によってもその重みが変わるという事実を、伊武は見事に証明してくれた。

『ばけばけ』は、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)とその妻セツをモデルにした物語だ。彼が残した数々の怪談が物語の中心に据えられている以上、そこに命を吹き込む語り手の存在は欠かせなかった。それに応えられるキャラクターの一人として、伊武が演じる寺の住職の存在は必然だったのかもしれない。

怪談は、もともと文字で読むものだった。それを朝ドラという映像作品で語らせる以上、声が持つ力は決定的に重要になる。そして、その“声”を極めた俳優が伊武だったということが、本作の深みを確実に底上げしている。

トキとヘブンが怪談に耳を傾けるその時間、それは彼らが初めて通訳を介さずに、同じ感情に震えた時間だった。そんな、言語の外側で感情が共鳴する奇跡のシーンを支えたのが、俳優・伊武雅刀だったのだ。


連続テレビ小説『ばけばけ』毎週月曜〜土曜あさ8時放送
NHK ONE(新NHKプラス)同時見逃し配信中・過去回はNHKオンデマンドで配信

ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。X(旧Twitter):@yuu_uu_