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2025年の新人脚本作品の中で“群を抜いて”光った1作 NHK夜ドラが見せた“そっくりな再現度”の巧みさ

  • 2025.12.31

2025年は新人脚本家がオリジナルの連続ドラマを執筆する機会が多く、どの作品も高いクオリティを誇っていたが、その中でも脚本のレベルが突出しており、心に響く物語となっていたのがNHK夜ドラ『いつか、無重力の宙で』だ。

※以下本文には放送内容が含まれます。

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木竜麻生 (C)SANKEI

本作は、高校時代に天文部だった4人の女性が30歳になって再会して、超小型人工衛星を作ることで宇宙を目指す物語だ。
広告代理店で働く望月飛鳥(木竜麻生)は入社9年目で、マルチタスクをこなす優秀な社員として社内では評価されていた。だが、周囲に気を使ってフォローを繰り返す中で仕事量が少しずつ増えていることが負担となっており、自分が本当にやりたいことは何だったのだろうと、悩むようになっていた。
第1話では、そんな飛鳥の職場での様子が丁寧に描かれるのだが、飛鳥を演じる木竜麻生の抑制された芝居が素晴らしく、表情を見ているだけで彼女が疲弊していることがよくわかる。

そんな彼女の前に、高校の同級生だった日比野ひかり(森田望智)が現れる。

ひかりは、学生時代からの夢だった宇宙飛行士になるため試験を受けようとしていた。しかし健康診断で血液のがんがあることがわかり、夢を諦めることになる。
そんなひかりのために飛鳥は超小型人工衛星を作って宇宙に打ち上げて、搭載されたカメラで地球を見ようと提案。 そしてプロジェクトの仲間になってもらうために、高校時代に同じ天文部だった水原周(片山友希)と木内晴子(伊藤万理華)に久しぶりに連絡する。

過去パートと現在パートの女優がそっくり

物語は大人になった4人が再会して仕事の合間を縫って、超小型人工衛星の制作をおこなう姿が描かれるのだが、同時に学生時代の4人の姿が回想として挟み込まれる。
観ていて驚くのが、田牧そら、上坂樹里、白倉碧空、山下桐里たち学生時代の4人を演じる女優のビジュアルが、現在の4人とそっくりなこと。
特に若い頃のひかりを演じる上坂樹里は、外見だけでなく森田望智のしゃべり方まで似せており、確かに大人になったらこう変わるだろうなぁと、違和感がなかった。

おそらく本作が、ここまで過去と現在の女優を似せたのは、大人になった4人を描くのと同じ比重で、学生時代の4人の姿を描きたかったからだろう。
社会人のドラマと学生のドラマの二作を同時進行で観ているような面白さが本作にはあるのだが、序盤で飛鳥の職場での辛そうな様子が描かれる一方で、学生時代の描写はキラキラとした青春ドラマとして描かれる。

そのため、学生時代の描写が輝いていればいるほど、現在の彼女たちの現実を否定するような方向に行くのではないかと心配になる。

第1話では「大人になるにつれ、この世界の重力は少しずつ大きくなっている……気がする」という天の声(柄本佑)の語りが、仕事で疲弊した飛鳥が夜空を眺めている姿に被さる。 おそらく、ここで語られる重力とは社会人として飛鳥が抱えている重圧のことだろう。

一方、タイトルにある“無重力の宙”とは、4人で超小型人工衛星を打ち上げることで向かおうとしている宇宙のことだろうが、学生時代の描写があまりに美しすぎるため、実は4人が行きたいのは宇宙ではなく、高校時代の思い出という“過去”ではないかと勘繰ってしまう。
だから、本作の学生時代の描写が美しければ美しいほど、過去に閉じるような後ろ向きの終わり方になるのではないかと不安になるのだが、その不安は杞憂だった。

夢を現実にすることの痛み

物語が大きく動き出したのが第4週。超小型人工衛星の開発を進める4人だったが、周は食品メーカーの営業として働いており、晴子は市役所で働きながら子どもを育てるシングルマザー。そして飛鳥はチームリーダーとなったことで多忙となり、中々、プロジェクトは進まない。

そんな中、ひかりは独断で宇宙工学を学んでいる大学生たちを仲間に引き入れ、資金調達のためにスポンサー企業を探そうとする。

ひかりのやったことは、現実を見据えたまっとうな行動だが、天文部時代の延長で4人だけの楽しい世界が始まると思っていた飛鳥たちとの間に不協和音が生まれてしまう。
このあたりの葛藤はとてもリアルで、観ていてハラハラしたが、同時にこのドラマにおける“無重力の宙”が、楽しかった学生時代という4人だけの閉じた世界ではなく、大勢の人を巻き込んだ開かれた世界を志していることがわかり、当初あった不安要素は一気に吹き飛んだ。

その後、飛鳥たちは様々なトラブルに見舞われながらも少しずつプロジェクトを前進させていくのだが、面白いのはその過程で高校時代の回想パートの位置づけが変化していくこと。
「戻りたいあの頃」として描かれていた学生時代の思い出は、地球の周りを一定の距離を取りながらぐるぐると周り続ける人工衛星のような存在へと変わっていく。
その結果、4人にとってのあの頃は、現在から切り離されたもう一つの世界のような存在となり、高校時代の4人が別の世界で存在し続けているかのように思えてくる。

もう、学生時代には戻れないけれど、あの頃の私たちは、人工衛星のように漂いながら今の私たちを見守っている。

そのような形で、過去と現在の関係を再定義したことこそが、本作最大の魅力だったのではないかと思う。


ライター:成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)、『テレビドラマクロニクル 1990→2020』(PLANETS)がある。