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「絵は可愛いのにトラウマ級」地獄の戦場を描き切った“衝撃アニメ” 多くの観客が「席を立てない」と語るワケ

  • 2025.12.18

今年は戦後80年の節目の年。そんな一年の最後を飾るのにふさわしい作品が公開された。『ペリリュー 楽園のゲルニカ』(東映)は、南方のペリリュー島における激戦を描いたアニメ映画だ。

原作は、武田一義さんの同名マンガ。3頭身のかわいらしいキャラクターデザインが特徴的だが、その中身は戦場の最前線の過酷な状況を事細かに描き出したものだ。

1万人以上が戦闘に参加したものの、日本に帰還できたのはわずか34人だったという史実を基にした本作。過酷な戦場を美化するのではなく、飢えと病に苦しみながら、兵士たちがいかに生き延びたのかを克明に描いている。その激しい描写と過酷なストーリーに「生々しく戦場を伝えている」「絵は可愛いのにトラウマ級」といった声、感動的な結末にエンドロール後も「席を立てない」と絶賛が相次いでいる。

楽園の南国が地獄に変わる

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※Google Geminiにて作成(イメージ)

漫画家志望の一等兵・田丸(CV:板垣李光人)は、南方の自然が美しいペリリュー島へと配属された。まるで楽園のような美しい島だが、そこはまもなく凄惨な戦場へと変貌してゆく。

仲間の最期の“雄姿”を記して遺族に届ける“功績係”に任命された田丸。最初の仕事は、転倒して事故死した同僚・小山一等兵の最期を、上官の命令に従い“勇敢な戦死”として偽装した手紙を書くことだった。

その行為への罪悪感に苛まれたのも束の間、4万人の米軍がペリリュー島に上陸。壮絶な戦闘が始まり、仲間が次々と死んでいく狂気の戦場に田丸は放り込まれる。

頼れる上等兵・吉敷(CV:中村倫也)とともに過酷な戦場を生き抜いた田丸だが、その後も食料不足の日々が続く。飢えと病で仲間は日に日に減っていった。ある日、米軍が捨てた雑誌から“日本が無条件降伏した”という情報を得る。田丸たちに動揺が走るものの、日本が負けるはずがないと、誰も信じようとはしなかった。

生きて2人で日本に帰ろうと約束していた田丸と吉敷は、そのために最後の賭けとしてある行動に出る。

自然は美しく、戦争は醜い

本作は、勇ましい戦場の雄姿を描く作品ではない。むしろ、冒頭で田丸が功績係として仲間の死を捏造してしまうシーンに象徴されるように、そうしたヒロイックなイメージを覆し、死とは本来むごたらしいものであることを伝えようとする。

戦車から砲弾が飛んでくれば、四肢がちぎれ飛び、顔が半分欠けてしまう。そして埋葬もされず置き去りにされた遺体には蠅がたかる。おぞましい描写が続くが、かわいらしい絵柄がその残酷さを緩和している。

これは凄惨な内容を見やすくするための工夫だが、その落差がかえって戦場の過酷さを想像させる効果も果たしている。3頭身のキャラクターが死後、白骨化している描写がいくつも登場するが、その描写はとても克明でリアルだ。デフォルメされたキャラクターたちが、確かに“人間”であることを痛感させることに成功している。

また、ペリリュー島の大自然の美しさと、人間の営みの凄惨さの対比が非常に鮮烈だ。人間たちが軍隊式に整列して行軍している手前で、アリの行列を見せているカットなどは、セリフこそないが、自然と人間の対比としてユニークである。

その他、南国特有の鳥などの動物たち、美しい緑が生い茂るジャングル、破壊された兵器や飛行機、遺体に草が絡みついていく様子など、自然の生命力と美しさを感じさせる描写が多いのも本作の特徴だ。タイトルにあるように、本当は楽園のように美しい場所なのに、人間たちがそこを地獄に変えてしまっている。その対比によって、戦争という営みのやるせなさが一層身に染みる構成になっている。

普通の青年の生々しさ吹き込んだ板垣李光人と中村倫也

本作で主人公の田丸を演じるのは、俳優の板垣李光人さんだ。若手の演技派として近年評価を高めている彼だが、本作では臆病だが実直な田丸の雰囲気を上手くつかんでいる。戦場に馴染めず、少しとぼけた雰囲気を持つ田丸に、見事な立体感を与えている。

田丸の相棒となる吉敷を演じるのは、同じく俳優の中村倫也さんだ。田丸と同い年だが、状況判断に優れ勇気もある吉敷は頼れる存在。それでいて、日本では農家の長男である“普通の好青年”らしさも併せ持つ。中村は、そんな吉敷をごく身近に感じさせる芝居で表現していた。

どちらも本職の声優ではない。しかし、2人の芝居からは生々しい、我々と同じ人間の息遣いが感じられた。だからこそ、映画を見る人に“戦場で生き抜くとはどういうことなのか”を体感させることに成功したと言えるだろう。

また、本作のエンディング主題歌『奇跡のようなこと』を歌うのは、上白石萌音さん。過酷な戦場から日本にたどり着いた人々の心を癒すかのような、そして、ペリリューで命を落とした兵士たちの魂を鎮めるような優しい歌声が涙を誘う。

この曲が流れるエンドクレジットには、ペリリュー島の実際の写真が挿入されており、現実にこの戦闘があったことを強く印象付ける。ぜひ席を立たずに最後まで見てほしい。

“戦争はむなしい”と言葉で言うのは簡単だ。この映画は、ありったけの知恵を振り絞り、見事な作画と物語によって“そのこと”を伝えようとする作品だ。今こそ、作られる意味のある作品だと言えるだろう。



ライター:杉本穂高

映画ライター。実写とアニメーションを横断する映画批評『映像表現革命時代の映画論』著者。様々なウェブ媒体で、映画とアニメーションについて取材・執筆を行う。X(旧Twitter):@Hotakasugi