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好きなことを仕事にして20年──伊藤沙莉が突き進む役者道

  • 2025.9.11

豆腐店を営む祖母と母と暮らしながら、契約社員として働くまじむ。夢や目標もなく、漫然と働いていた彼女はふと社内ベンチャーコンクール募集のチラシを見つける。やがてバーでラム酒の魅力に取り憑かれた彼女は沖縄にはサトウキビがたくさんあるのに、アグリコールラムは作られていないと知る。「純沖縄産のラム酒を作りたい」──彼女の純粋な思いは、周りの人々も突き動かしていく。

「できない」と言わず、1回やってみる

『風のマジム』は9月12日より公開。
『風のマジム』は9月12日より公開。

──『風のマジム』は社会現象を巻き起こした『虎に翼』の後の作品になりますが、主演として、作品に向かう姿勢、現場で意識したことなど、自分で感じる変化はありましたか?

多少の変化・変動はあったとはいえ、『虎に翼』で1年間、ほぼ同じ人たちとチームとして取り組めたことで、改めてチームの結束感の重要性を感じることができました。みんなでより良い作品を作りたいと同じ方向を向いて、意識を持つことの意義。一緒に物作りをするチームとしての一体感、絆の大切さをより強く感じるようになったと思います。

──具体的に変わったことはありましたか?

主演の立場にあっても、自分は率先して前に出ていくようなタイプではありません。けれど、現場で何か言いづらそうな人がいたりしたら、タイミングを見つけて、瞬間的に代弁したいとは思っています。大勢の人が関わることになる現場では、撮影に参加する期間が短い人もいて、何か気付いても、「自分が言うことでもないかな」と引っ込めてしまうこともあります。そんなとき、察することができればと気をつけています。が、あくまでもさりげなく。前のめりなほうではないです(笑)。

──まじむはやる気があるのか、ないのか、最初は本当に普通の人です。「普通に生きている人こそ、演じるのが難しい」とよく聞きますが、本作でどんなことが挑戦的だったのでしょうか?

私的には普通がいちばん楽です。フラットでいられます。あまりに大きなリアクションにならないようには気をつけますが、普段の自分と変わらないから気楽なんです。今回、やりづらさや難しさを感じたのは沖縄言葉ぐらいですね。まじむとして“いる”ことに関しては、あえて私が何もしなくても周りの方々の温かい雰囲気や沖縄の空気が作ってくれて、それによって、まじむにしてもらったという感覚でいます。自分から何か試みたり、苦労したようなことはそんなになかったです。

──自分から働きかけるのではなく、周りがまじむにしてくれた感覚なんですね。

私が作品で演じるときは、大体がそうだと思っています。今回は沖縄の伊波家のお家を貸していただけたことから、「まじむはここで生まれ育って、いつもここでご飯を食べているんだ」とすっかり温かい気持ちになりました。そこに高畑(淳子)さんのおばあと、富田(靖子)さんのおかあがいる。あの空間にいて、目の前に起きていることを見ているだけで、自分が特別に何かしようとしなくても、いつの間にかまじむとなって、その場でゴロゴロ寝っ転がったりしていました(笑)。セットも素敵でしたけど、沖縄ならではの空気の中にいることが大きかったと思います。

──まじむの背中を押すおばあの姿が印象的でした。まじむ、母、祖母とそれぞれの働き方が女性の歴史を見ているようですが、高畑さん、富田さんとはどのように関係性を築いたのでしょうか?

「私は本当にこの二人に育てられたんじゃないか」みたいな気持ちになる空気が、二人からは出ているんです。最初は伊波家の食事のシーンの撮影からだったのですが、みんな沖縄言葉に苦労はしつつも、探り合いみたいな会話は一切なく、いきなり、食卓を見て、「この魚、何?」と自然に話が始まって。普通の家族の空気になるのが今までの私の作品史上、歴代最短高スピードだった気がします(笑)。

富田さんは最初から私のことを「まじむ〜」と呼び、そこに対しての返事は「はい」ではなく、やっぱり「ん、何?」と言いたくなるんです。お芝居を練っていった感覚はあまりないです。もちろんシーンを成り立たせるにあたって、「このおかずはこっちに置いた方がやりやすいよね」と動線などについて、話し合うことはありましたけど、関係性を作ろうとしなくても、空気で作られていった感じがすごくあります。そこは二人の包容力、大きさだなと思います。私はその中に転がり込んでいっただけです。

──お二人から影響を受けたことはありますか?

まず、「できない」と言わないですね。監督が「こういうことがしたい」と提案したことに対して、「それは難しい」と言っている姿を見たことがありません。自分もどちらかというと、1回やってみたいほうなんですけど、『どうなのかな』と思えるようなときでも、率先して「じゃあ、こうやってみたら?」とアイデアを出してくるんです。それでいて監督が「違う」となったらすぐ引っ込めます。そうやって、みんなで擦り合わせていき、最良を目指している様子がとても素敵でした。大先輩たちがこんなに柔軟に対応するのかということは刺激でもあり、それはどこか「やっぱりそうなんだ」という、自分がこれまでやってきたことへの答え合わせのようでした。これからも変わらず、やっていきたいと思いました。

家族がいちばんのモチベーション

──それまで仕事に熱意を感じていなかったまじむが、ある日、自分から仕事を見つけ、邁進していきます。伊藤さんご自身が、仕事に目覚めたときのことは覚えていますか?

はっと思わされる瞬間は時々あります。どういうタイミングかは自分でもよくわからないんですが、「お芝居を好きなんだ、私」って思う瞬間が度々あるんです。きっと楽しいチームだったり、面白い脚本だったり、刺激的な演出を受けたり、そういう何かのピースがガチっとはまった瞬間にそう思えるのだと思うのですが、それはまじむが「あ!」と思いついた瞬間に重なります。ただ、私の場合はありがたいことに、ずっと小さい頃から当たり前のようにやってきたことに対して、改めて思うことなので、まじむのように、0から1みたいな気づきかといえば、難しいですね。元々は歌とダンスを目指していた人生だったので、仕事関係でそういったことをやらせてもらう瞬間があったりすると、「やっぱり好きだな」と思うことはあります。

──仕事へのモチベーションは、常日頃からどのように生み出しているのでしょうか?

まずは家族。それがいちばんです。家族が喜んでくれるのならって思うんです。例えば、紅白歌合戦の司会など、自分だけなら、「絶対にうまくいかない気がする」と遠慮したくなります。だけど、家族に相談して、「全然、無理しなくていいと思う。見たいけどね」と言われてしまうと、こんなありがたい機会はそうそうないし、「じゃあ、やりますか」となります。連続ドラマの出演が決まると、「やった〜!」と誰より盛り上がってくれて、毎週、欠かさず観てくれるので、どんなに大変でも頑張ろうと思えます。

逆に家族の反応が薄いと何のためにやっているのかわからなくなって、機嫌が悪くなるほどです(笑)。きっと、仕事を始めた9歳の子どもの頃から、感覚が変わっていないんですね。家族に褒められたい。喜んでくれている顔を見たい。お芝居が好きだし、飽き性だから現場が変わるのが楽しいとか、ほかにも派生した理由はちょこちょこありますけど、基本的に家族がモチベーションの根底にあります。

──まじむは好きを生かして仕事にしていますが、好きなことを仕事にすることは幸せなこともあり、一方で、有休を返上して働いたりなど、大変な面もあります。伊藤さんが好きなことを仕事にするプラス、マイナス、感じたことはありますか?

基本的にまじむスタイルで、好きなことができているから、苦労は感じず、周りが大変だと思うことも正直、楽しくやってしまえています。文句を言いながらもやるのが好き。私としては「仕事モード」のときは、あまり良い瞬間ではないと思っているんですね。映像の仕事はどうしても制限があるので、「役はもちろん、人として、そんな行動するのかな」と疑問を抱いても、演出の都合上、要求されたことを飲まないといけない場合もあります。そういった壁に直面したときは、「ああ、仕事なんだな」と思います。お芝居が好きだからこそ、それ以上、追及できない息苦しさ。プロならば、やらなくちゃいけないと思うから、やっている瞬間は良くも悪くもあります。

──何度もピンチに陥りながらも、夢を形にしていくまじむに背中を押されます。伊藤さんは、これまでピンチに感じたことはありますか。どう乗り越えてきたのでしょう?

ピンチと言っていいのか、泣きのシーンが本当に苦手です。そんなときも監督がなんとなくわかってくれて、撮り方を考えて、回数を重ねないで撮ってくれたりすることもあり、そういうときは救われていると思います。共演する役者さんたちと与え合い、感情を刺激し合って生まれるシーンも多いです。かっこよく言うと、「何をやっても今日は心が起きない」みたいなときもあります。そんなとき、一緒に演じる方の目から刺激をもらえるもので、心が起きる瞬間もあります。

教えをくださる方もたくさんいます。できたものが全てだから、現場ではわからなかったスタッフさんの力で、作品が成り立つこともあります。この仕事は、支えてもらうことが本当に多いんです。まじむもたった一つのピンチを、誰か一人に助けてもらったというより、いろんな声があって、それを一つ一つ自分の中に落とし込んでいって、自分らしく出していくから、そういう選択になっていくのだと思います。みんなの人生もきっとそうだと思います。私もそうやって生きています。

映画『風のマジム』

監督:芳賀薫

脚本:黒川麻衣

出演:伊藤沙莉、染谷将太、滝藤賢一、富田靖子、高畑淳子ほか

原作:原田マハ『風のマジム』(講談社文庫)

https://majimu-eiga.com/

9月12日(金)より新宿ピカデリーほか全国公開

Photographer: Sakiko Kurogi Interview & Text: Aki Takayama

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