1. トップ
  2. 「もう無理です。助けてください」認知症の母とADHDの息子…正論と混乱のぶつかり合いの末、看護師の出した“解決策”とは

「もう無理です。助けてください」認知症の母とADHDの息子…正論と混乱のぶつかり合いの末、看護師の出した“解決策”とは

  • 2025.9.29
undefined
出典:Photo AC ※画像はイメージです

こんにちは、現役看護師ライターのこてゆきです。

訪問看護の現場では、病気そのものよりも「家族の関わり方」が大きなテーマになることがあります。

今回は、認知症が進む母と、ADHDの特性を持つ息子さんが、お互いに大切に思いながらも、すれ違い、衝突し、そして「助けて」という声が届いた出来事をお話しします。

「なんでわからないんだよ!」母と息子のすれ違い

Aさんは80代女性。認知症の症状進行により、記憶が抜け落ち夜中に外へ出ようとすることが増えてきました。

突然怒鳴ることもあり、息子Bさんの生活は母のAさんに振り回される日々。

「お母さん、夜は寝ないとダメだって言ってるでしょ!」

「何を言ってるのよ!私は出かけなきゃいけないんだよ!」

Bさんは正論で必死に止めようとしますが、母には通じません。

「なんでわからないんだよ」と苛立つ声が、部屋の中に響き渡ります。

ADHDの特性を持つBさんにとって、「待つ」「受け流す」ことはとても難しいこと。だからこそ、正論と混乱がぶつかり合い、消耗は避けられませんでした。

「もう無理です、助けてください」

ある日の夜、待機用の携帯電話が鳴りました。これは、訪問看護師が順番に持ち回り、利用者さんが体調を崩したときや急な困りごとがあったときに、いつでも連絡できるようにしているものです。

その電話口から、Bさんの震える声が聞こえてきました。

「もう無理です。助けてください」

「辛いですよね。お話を伺ってよろしいですか?」

そう尋ねるとBさんは「雨が降ってきそうだったので、洗濯物を取り込もうとしたんです。そしたら母が急に怒り出して。すごい大きな声で怒ってくるから怖いんです」と早口で話します。

「そうだったんですね。まずは、お母様との距離をとっていただき、落ち着くのを待ちましょう。怒っている状態ではお話しできないと思います」

Bさんにはそう伝え、翌日昼間訪問することになりました。

自宅へ訪問すると、Bさんは唐突に、

「お母さんが聞かないんです!出て行くって言うから止めただけなのに!昨日も『洗濯物濡れるよ』って言っても、怒って洗濯物を取り込ませてくれなかった!」

と、慌てた様子。それに対してAさんは

「私は悪くない!あんたがうるさいから!またこんな人たち呼んで!周りの人は出かける時に誰もついてこないのよ。なんで私ばっかりこんな色んな人がお家に来て体調確認されないといけないのよ!」

と、怒っている状態。

お互いの声がぶつかり合い、部屋の空気は張りつめていました。私はとっさにBさんを別室へ誘導しました。

「一度、距離をとりましょう。深呼吸して」と伝えると、Bさんは拳を握りしめ、

「でも、僕だって頑張ってるんです」と、こぼしました。

Aさんは興奮して薬を拒否し、ドアの向こうで怒りをぶつけ続けます。その声に、私の胸もぎゅっと締めつけられました。

支援を拒む親子、動き出すチーム

翌日以降、Aさんは訪問のときに看護師に対しても怒るようになり、顔を出すことが減りました。Bさんも「もういいです」と言い、支援を避けがちに。

「全部一人で背負ってる気がするんです。正直、疲れました」

Bさんの言ったその言葉には、限界を超えた人の重みがありました。

そこでケアマネジャーや地域包括と情報を共有し、チームでの支援へ。けれど親子は外部の人を拒むため、話し合いは思うように進みません。

それでも、Aさんが比較的受け入れやすいリハビリスタッフと一緒に訪問したり、Bさんとはノートでやりとりしたりすることに。

小さな接点をつなぎながら、「安全の見守り」を続けていきました。

「解決しなくていい、今は一緒に考えましょう」

私はBさんに伝えました。

「お母さんに正しいことを言っても、伝わらないときがあります。解決できなくても大丈夫です。今はその都度どうするかを一緒に考えていきましょう」

Bさんは下を向きながらつぶやきました。

「…でも、正しく言わなきゃダメだと思ってました」

Aさんに対しても、落ち着いたタイミングで声をかけます。

「今は薬を飲むのが嫌かもしれないけど、Aさんが少しでも楽しく過ごせるように、一緒に工夫させてください」

Aさんは険しい表情のまま黙っていましたが、その後、薬を手に取る姿がありました。

今も時々AさんとBさんの衝突や夜間の連絡があります。私たちはそのたびに情報を共有し、より良い介入の方法や支援を続けています。

「助けて」の声を受け止める存在で

認知症とADHD。まったく違う特性を持つ二人が、親子として同じ家に暮らすのは、容易なことではありません。

しかし、どんなに衝突を繰り返しても、「助けて」と声を出せることが救いになります。その声を受け止め、少しずつ環境を整えるのが、看護師や支援チームの役割です。

看護師は、すべてを解決することはできません。だからこそ「一緒に悩み、受け止める存在」になることが大切だと感じさせる出来事でした。



ライター:こてゆき
精神科病院で6年勤務。現在は訪問看護師として高齢の方から小児の医療に従事。精神科で身につけたコミュニケーション力で、患者さんとその家族への説明や指導が得意。看護師としてのモットーは「その人に寄り添ったケアを」。

 


【エピソード募集】あなたの「モヤッとした瞬間」教えてください!【2分で完了・匿名OK】