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「シャンコシャンコ」北海道民に刻まれた子供盆踊りに宿る 忘れられない音の記憶

  • 2025.8.24

北海道の短い夏、夕暮れの空に響く「子供盆踊りの唄」。
世代を超えて多くの道民が懐かしさを覚える特別な歌には、子どもたちを思う熱い願いが込められていました。

皆さんが抱えている「なぜ?」「どうして?」を調査する、HBC「もんすけ調査隊」。

今回の依頼人MASAさん(40代・札幌)から届いたのは「子供盆踊りは北海道でしか見たことがありません。なぜ作られたのか調べてください」というものでした。

一度聞いたら、絶対に忘れられない呪文のような、あの歌詞。

♪「シャンコ、シャンコ、シャンコ、シャシャンがシャン」

この盆踊り、実は、北海道だけのものです。
一体、いつ、どのようにして生まれたのか?
この「子供盆おどり唄」の謎を追いました。

70年以上の時を経て、CDが発売

Sitakke

7月30日、店頭に並んだ「子供盆おどり唄」のCD。
レコード発売から実に70年以上の時を経て、発売されました。

コーチャンフォー新川通り店の佐藤幸二さんは「反響がすごくて、最初は商品が予約で完売という状況からスタートしました」と話します。

多くの道産子有名人の心にもこの唄は深く刻まれています。

タレントの藤本美貴さんは「子供盆おどり唄は、夏の記憶そのもの」と話し…
タカアンドトシのタカさんは「道産子なら誰もが、あの夏の思い出が蘇る」と語ります。
歌手の北島三郎さんは「これからの時代も受け継がれ、幸せな思い出を紡いでいけることを祈っています」メッセージを届けています。

この歌のルーツはどこにあるのでしょうか。

「シャンコシャンコ」は石狩という世界でないと出てこなかった

Sitakke
坪松一郎さん(1947年ごろ)叢書 江別に生きる5より

ジャケットに記された「北海道教育委員会選定」の記載を元に北海道教育委員会に早速、話を聞ききました。

「作詞は1951年に、当時江別市で教員をしていた坪松さんにお願いしたと聞いている」

作詞したのは江別市の教員、坪松一郎さん。
発祥の地・江別には、その功績を称える詩碑が建てられています。

さらに、気になる呪文のような謎の歌詞。

「シャンコ、シャンコ、シャンコ、シャシャンがシャン」

「シャンコシャンコ」には、忘れられない音の記憶が刻まれていました。

Sitakke

2001年のHBCの取材で、江別文学の会の望月芳明さんがその背景をこう話していました。

「馬そりがシャンシャンシャンシャンと消えていく音。この音が出てくるのは、石狩という世界でないと出てこなかっただろうと思う」

では、なぜ、この歌が作られたのでしょうか。

時は戦後の混乱期…

Sitakke
叢書 江別に生きる5より(1952年ごろ)

理由は、戦後の混乱期を生きる子供たちへの深い愛情でした。

「1951年なので戦後で子供向けの娯楽や子供の健全育成などを考えて作ったと推測される」

日本の主権が回復し、連合軍の占領が終わった1951年。
子どもたちは、戦争で受けた心の傷が未だ癒えず、娯楽も食糧も不足していました。

Sitakke
1966年

そんな子どもたちを元気づけようと「子どもの盆踊りを作ろう」という声があがったのです。
依頼を受けた坪松さんは、心から喜んだといいます。

Sitakke
坪松シゲさん(1997年)

坪松一郎氏の妻、坪松シゲさんは1997年、HBCの取材にこう答えてくれていました。

「道庁から依頼が来たときは、随分喜んでいました。ようやく子どもに目を向けてくれたって。3~4日で歌詞を作った。できてから『これどう?』と見せてくれて、『あら、いいわね。どこでも聞けるし、これいいわ』と言った」

またお父さんの季節がきたね

Sitakke
1966年

戦争で家族を失った子どもも少なくなかった時代。
未来をつくる子どもたちに、元気と明るさを取り戻したい。
「子供盆おどり唄」には、坪松さんの平和への強い思いが込められていました。

1997年、HBCの取材を受けてくれた妻のシゲさんは「お父さん、元気でいたら、感無量かもしれませんね」と目を細めていました。

Sitakke
坪松シゲさん(1997年)

「こんな何十年も経っても、皆さんが歌ってくれるんだもの。お盆になると、『あー、またお父さんの季節がきたね』って言いながら聞いています。懐かしいなって」

不安な時代の子どもたちを明るく照らして

Sitakke
2017年

こうして誕生した「子供盆おどり唄」は、道や教育委員会が開催した講習会を通じて、道内各地に広がっていきました。

そのころの様子を、太平洋戦争を経験した浦田久さん(96)は、次のように振り返ります。

「みんな怖い顔をしていた。職がどうなるのか?食べものがどうなるのか?兵隊に取られた家もあるし、人心も荒んでいた。それが一度に枠がはじけた感じでどうやって喜んでいいかわからない様子」

先が見えない不安な時代。
子供盆おどり唄は、傷ついた子どもたちの心と未来を明るく照らしました。

「始まったとき、終わったとき、途中でもいいから、平和な世界で、お父さん、お母さんがいて、おじいちゃん、おばあちゃんがいて、ご先祖様が中添して教えてくれたんだから、大人の人から教えてほしい」

子どもたちが無邪気に盆踊りを楽しめるのは、平和の証。
この何気ない日常を、私たちは守り続けていかなければなりません。

調査結果

「子供盆おどり唄は、戦後の子供たちを元気づけるために作られた」

HBCテレビ「今日ドキッ!」のスタジオでは、ゲストコメンテーターのハンバーガーボーイズ・田村次郎さんからこんな提案も。

「8月に広島の平和を祈るように、北海道では盆踊りの曲を聞いて平和への思いやありがたさ、尊さを伝えていく習慣ができたらいい」

Sitakke
1999年

阿部夕子さんは、「まず親である私たちが知って、それを子どもに伝えていくという、継承していく必要が感じられた」と話していました。

ちなみに、「チャンコチャンコ」ではなく、「シャンコシャンコ」なんだ、と感じた方もいるかもしれませんが、実はどちらも正解とも言えます。

坪松さんの作詞は「シャンコシャンコ」だったんですが、1995年に「チャンコチャンコ」と変更されたそうです。

でも、やはり正しい歌詞は「シャンコシャンコ」なので、「チャンコチャンコ」は廃盤となり、今は正しい「シャンコシャンコ」に戻ったということです。

ぜひ子どもたちに平和の大切さを伝えていきましょう。

文:HBC報道部もんすけ調査隊
編集:Sitakke編集部あい

※掲載の内容は「今日ドキッ!」放送時(2025年8月8日)の情報に基づきます。

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