朝ドラで視聴者の目をとどめた“毒母の変貌” 　画面に立つだけで空気が変わる圧倒的存在感と“見た目の変化”

朝ドラ『あんぱん』はヒロイン・のぶ（今田美桜）と夫・嵩（北村匠海）の半生を描くドラマだ。物語は昭和初期の高知から始まり、時代のうねりを乗り越えて、やがて『アンパンマン』誕生へと繋がる人生譚が展開していく。そのなかで注目されているのが、出演者たちの「見た目の変化」なかでも、序盤から投入された老けメイクの完成度と、俳優たちの演技力だ。

「やなせたかしの生き写し」

冒頭から、未来の姿を先取りする形で描かれた、年を重ねたのぶと嵩。ネット上では「まるでやなせたかしの生き写し」「再現度がすごい」「老けメイクはマジで容赦ない」と話題になった、北村匠海演じる嵩の老けメイクに称賛が集まった。

嵩を演じる北村匠海は2025年現在27歳。50代前半の嵩を演じるにあたり、単なる特殊メイクではなく、表情の陰影や所作を通じて老いのリアリティを体現している。視線の向け方、口元の緩み、背筋のわずかな猫背具合。それらすべてが、時間の重みを感じさせる。

一方、今田美桜もまた、ヒロインとして歳を重ねる演技に挑戦している。多くの朝ドラが、ある程度ヒロインの美しさを保ったまま物語を完結させる傾向にあるなか、『あんぱん』は「老い」も正面から描いている。

その対比としてよく語られるのが、前作『おむすび』だ。橋本環奈演じるヒロインは、ほぼ変わらぬビジュアルで人生を駆け抜けた。『あんぱん』は歳を取ることのリアリティにこだわり、観る者に人生の深さを印象付けている。

変化が語る、それぞれの物語

もちろん、見た目の変化は主役ふたりだけではない。たとえば、のぶの妹たち・メイコ（原菜乃華）や蘭子（河合優実）、そして嵩の旧友である辛島健太郎（高橋文哉）といった、東京に集う若者たちのファッションや髪型にもさりげない変化がある。

メイコや蘭子は、東京という華やかな街に似合う明るい服を身にまとうようになり、のぶもまた、嵩から贈られた赤いハンドバッグに合わせて赤いカーディガンを羽織るシーンが増えた。これらはすべて、登場人物たちの心情の変化や、新たな生活への適応を表しているように思える。

さらに印象的なのが、健太郎の髪型の変遷。学生時代の坊ちゃん刈り、戦時中の軍服姿を経て、現在はNHKディレクターとして新たなステージに立つ彼のヘアスタイルは、人生の転換を視覚的に伝えてくる。厚めの前髪と整えられたスタイルは、彼の決意と変化を象徴しているのだ。

そしてもうひとり、視聴者の目を引いたのが松嶋菜々子演じる登美子だ。嵩の母である彼女は、初期に登場した当時の毒親っぷりが強烈だったが、第86話以降、久々に姿を見せるとそのビジュアルの変化にネットはざわついた。酒を片手に嵩とのぶの新居に押しかけ、奔放な言動を見せる一方で、どこか影を感じさせる佇まいが、時代に翻弄された女性の切なさをにじませる。

松嶋菜々子は、そんな登美子の複雑な内面を、年齢を重ねたビジュアルとともに繊細に演じている。レトロな着物姿や品のある佇まいは、彼女がまとう時代そのものと言っても過言ではない。画面に立つだけで空気が変わる、観る者の目を留まらせる存在感が、そこにはある。

人生そのものの重みを描く老けメイク

『あんぱん』は、単なるストーリー展開で時代を追うのではなく、多くの朝ドラ同様、登場人物たちの見た目の変化を通して、人生そのものの重みを描いている。老けメイクやファッションの変化は、時間経過を物理的に示すだけでなく、登場人物たちの内面の成長や葛藤を浮かび上がらせる効果がある。

俳優陣の演技力と、それを支えるヘアメイク・衣装チームの精緻な仕事。その融合が、視聴者に深い余韻を残すのだ。「見た目が変わる」という当たり前の事実に、これほどまでに心を揺さぶられるとは。朝ドラ『あんぱん』は、日々さまざまな驚きを与えてくれる。

この先、さらに登場人物たちは年を重ねていくだろう。その変化を見届けることも、またこのドラマの醍醐味となりそうだ。

連続テレビ小説『あんぱん』毎週月曜〜土曜あさ8時放送
NHKプラスで見逃し配信中

ライター：北村有（Kitamura Yuu）
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。Twitter：@yuu_uu_

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