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朝ドラで“わずかな登場回数”でも視聴者の心を奪った圧巻の表現力 いまだに話題になるほど注目を集める“小さな主役”

  • 2025.7.30
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『あんぱん』第1週(C)NHK

2025年前期放送のNHK連続テレビ小説『あんぱん』。主人公・朝田のぶの幼少期を演じたのは、子役の永瀬ゆずな。わずかな登場回数にもかかわらず、彼女の演技が視聴者の胸を強く打ったのはなぜか。その理由を探ると、「子役」という枠に収まらない、感情の機微をとらえる驚異的な感受性にたどりつく。

キャラクターの心の軸を表現する子役

永瀬ゆずなは、2019年のドラマ『監察医 朝顔』でデビューし、上野樹里演じる主人公の娘・つぐみ役で一気に注目を集めた。その後も『TOKYO MER』『恋せぬふたり』など多彩な作品に出演し、2023年には芸名を「加藤柚凪」から現在の「永瀬ゆずな」に改名。ドラマや映画で着実に演技力を磨き、2025年春、ついに『あんぱん』で朝ドラデビューを果たした。

物語序盤、のぶは明るく元気な少女として描かれる。足が速くて負けず嫌いで、正義感が強く、友達がいじめられれば体を張ってでも守る。永瀬のぶの笑顔には、そんな子どもらしさが自然に宿っていた。はにかみながら走る姿や、「ひきょうもんは許せん!」と啖呵を切る口調は、見る者の心を掴んで離さない。SNS上でも「かわいく上手かった!」「出ていた頃がすでに懐かしくなってる」と未だに話題にのぼるほどだ。

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『あんぱん』第1週(C)NHK

だが、彼女の真骨頂は第5回にある。のぶの父・結太郎(加瀬亮)が亡くなった日、誰よりも深く悲しんでいるはずなのに、一粒の涙も流さず、家族の前では気丈に振る舞うのぶ。その張りつめた沈黙と、空虚な目線。その姿には、子ども特有の「悲しみの受け止め方」のリアルがあった。

そして、のぶが家を飛び出し、裸足で走り出すシーン。駅にたどり着き、人ごみのなかに父の姿を探すが見つからない。そこで、幼なじみの嵩(木村優来)から見せられたスケッチブックには、父と過ごした最後の姿が描かれていた。

次の瞬間、永瀬は静かに、しかし確かに涙をこぼす。ただ「お父ちゃん……」とつぶやき、スケッチブックを胸に抱く一連の流れには、演技を超えた生の感情が宿っていた。

永瀬ゆずなの演技が特別なのは、子どもらしくも豊かで繊細な、感情の幅と奥行きにある。泣く、笑う、怒る――どの表情も決して誇張されない。むしろ、言葉にできない微細な変化を丁寧にすくい上げ、自然体で表現する。大人の俳優でも難しいことを、彼女は本能的にやってのけるのだ。

“子役”の先へ――永瀬ゆずなの未来に注目

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『あんぱん』第1週(C)NHK

また、永瀬はただ演技が上手いだけではない。演じる相手との絶妙な間を肌で感じ、感情を交わす力。それが、彼女の演技に「嘘がない」と感じさせる要因なのだろう。

一方で、彼女が持つ天真爛漫な明るさや愛嬌も大きな魅力だ。『あんぱん』の冒頭、祖父の釜次(吉田鋼太郎)や母の羽多子(江口のりこ)と笑い合うシーンでは、家族の空気そのものが柔らかくなる。画面の空気を一瞬で変える力が、彼女にはある。

これまでの出演作を振り返っても、永瀬は一貫して誰かの心の軸を演じてきた。『監察医 朝顔』では、家族をつなぐ存在としての娘・つぐみ。『あの庭の扉をあけたとき』では、秘密を抱えた少女・洋子。そして『あんぱん』では、家族の希望であり、観る者に「生きる力」を思い出させてくれる朝田のぶ。その一つひとつの役柄に、永瀬は命を吹き込んできた。

子役は、年齢とともに大人の役者へと成長する。その過程で、無垢な表情や自然な佇まいを保ち続けることは簡単ではない。だが、永瀬ゆずなにはその土台がある。演技という枠を超えて、感情そのものを映し出す鏡のような存在――彼女のこれからに、期待せずにはいられない。


NHK 連続テレビ小説『あんぱん』毎週月曜〜土曜あさ8時放送
NHKプラスで見逃し配信中

ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。Twitter:@yuu_uu_