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朝ドラで静かに爪痕を残す“名もなき隣人”… 目立たなくても妙に心に残る“名女優のすごみ”

  • 2025.6.9
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『あんぱん』第9週(C)NHK

ドラマを見ていて「あれ、この人なんだか気になる」「特に目立つわけじゃないのに、妙に心に残る」——そんな俳優に出会ったことはないだろうか。その筆頭として名前を挙げたいのが、池津祥子だ。朝ドラ『あんぱん』に登場した池津の演技は、まさに“生活者のリアリティ”を体現するようなものだった。

『あんぱん』で魅せた、善意と圧力のあいだ

『あんぱん』で池津が演じるのは、国防婦人会のリーダー的存在・餅田民江。一見、朗らかで世話焼きなおばちゃんという印象ながら、物語が進むにつれ、その“善意”がもたらすズレや圧力があらわになっていく。

たとえば、乾パンをめぐる一件では、周囲の同調圧力や噂によって孤立しかけた羽多子(江口のりこ)に、いったんは笑顔で「うちに任いちょいて」と手を差し伸べる。しかしその実、話を強引に進めて朝田パンに乾パンづくりを押しつけてしまうのだ。結果的にそれが、草吉(阿部サダヲ)の家出という展開に繋がっていく。

この民江の人物像を、池津はとても自然に、誇張せず、まるで“こういう人いるよね”というリアルさで演じてみせた。その演技には、表情の一つ一つ、語尾の置き方、ふとした沈黙にまで含みがあり、見ている私たちの心をざわつかせる。

リアルな“隣人感”がドラマに奥行きを与える

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『あんぱん』第9週(C)NHK

池津の真骨頂は、こうした“隣人感”にある。視聴者に「この人、どこかで会ったことある気がする」「うちの近所にもいそう」と思わせる力。それでいて、ただの通りすがりの人物では終わらせないだけの体温と存在感があるのだ。

これは『しあわせは食べて寝て待て』で演じた児玉透子にも共通している。大家である母・鈴(加賀まりこ)が、主人公・さとこ(桜井ユキ)に「部屋を譲る」と話していたことを知らされず、困惑しながらも言葉を慎重に選び、母への戸惑いと愛情をにじませるあの表情。誰しもが経験したことのあるような親子の行き違いを、池津はじんわりと伝えてくれた。

“ナチュラルすぎて演技に見えない”というのは、ある意味で最高の褒め言葉だ。しかし、それが成立するのは、実力があってこそ。池津は舞台での経験も豊富で、とくに会話劇や群像劇でこそ、彼女の持ち味が際立つ。

セリフまわしのテンポ感、間合いの取り方、視線の動かし方。すべてが日常をそのまま切り取ったようでいて、どこかしら演出された「演技」でもある。そのさじ加減の絶妙さにこそ、池津祥子という俳優の魅力がある。

2019年のドラマ『あなたの番です』では、榎本サンダーソン正子という強烈なキャラクターを演じて話題になった。無表情で部屋の外を見つめるシーン、陰から誰かを見つめるシーンが「怖すぎる」「絶対この人犯人だ」とネットで話題に。台詞よりも“黙っているとき”に観客の印象を決定づけてしまう、その存在感には驚かされる。

そしていま、再び注目を集めている朝ドラ『あんぱん』。舞台は戦中の日本である。登場人物たちの価値観や感情が微妙にずれていくさまを、池津は笑顔の裏にしっかりと織り込んで演じている。

乾パンづくりを手配する民江は、地域のため、皆のためという大義名分に突き動かされているが、その善意が誰かを追い詰めるという現実にも目を背けない。彼女の行動が良いか悪いかは一概に言えない。しかし、そうした曖昧な領域をしっかりと生々しく演じ切れるのが、池津という女優の力量だ。SNS上でも「好きすぎる」「憎まれ役でも魅力的」といった声が多い。

日常に潜む“ふつう”を、丁寧にすくい取りながら、ドラマに奥行きを与える。池津祥子のような俳優がいるからこそ、主役のドラマが生きる。そして、彼女の演じる「名もなき誰か」が、ときに視聴者の心をもっとも深く揺さぶるのだ。


NHK 連続テレビ小説『あんぱん』毎週月曜〜土曜あさ8時放送
NHKプラスで見逃し配信中

ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。Twitter:@yuu_uu_