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深夜の恋愛ドラマが過激すぎ…!「どこまでいくのか」この春、“攻めたストーリー”で議論や考察を巻き起こした【4作品】

  • 2025.6.7

近年、深夜帯のドラマにおける「恋愛」の描き方が明らかに変わってきている。それは、単なる“禁断”や“背徳”のスパイスに留まらず、人間関係の複雑さや倫理観のゆらぎ、ときには生き方そのものを炙り出すような作品が次々に登場しているからだ。

とりわけ2025年に放送された4作品『三人夫婦』『ジョフウ』『彼女がそれも愛と呼ぶなら』『夫よ、死んでくれないか』は、それぞれが違った切り口から“愛の形”に問いを投げかけ、SNS上でも議論や考察を巻き起こしてきた。いま、深夜ドラマがこれほどまでに攻めた内容を届けられるのはなぜか。その背景と見どころを、4作の特徴を交えながら紐解いていく。

『三人夫婦』:家族の「定義」を変える、静かなる革命

タイトルの通り「三人」で「夫婦」という関係性を構成できないか、その奮闘ぶりやハプニングだらけの共同生活を描く本作品。LGBTQ+や友情婚といった社会的テーマを自然に取り込みながら、「好き」の枠組みをじわじわと壊してくる。

登場人物は、矢野口美愛(朝倉あき)と里村新平(鈴木大河)のカップルと、その2人の間に居場所を得ていく青年・三津田拓三(浅香航大)。三人の関係は、恋愛・性愛・家族愛の境界が曖昧で、何が「夫婦」で何が「普通」なのかを視聴者に再考させる。

深夜帯という自由度の高い時間帯を活かし、丁寧な心理描写を交えながらもポップな語り口で“心地よい違和感”を与えてくるのが印象的だ。SNS上では「良い三角形」「現場の雰囲気が良いんだな」と好印象な評価が相次ぐ。

『ジョフウ』:風俗を通して癒される、女たちの現代の“救い”

女性用風俗で事務として働く主人公の視点から、女性の欲や癒される過程について真正面から描いたのが『ジョフウ』。とある女性専用風俗店を舞台に、女性客が心身ともに癒やされていくプロセスを、やや幻想的なトーンを交えながらコミカルに描く。

特徴的なのは「癒し」が身体だけでなく“語り”や“承認”に重点を置いている点。たとえば第6話で描かれた“ダブルセラピスト”回では、二人のセラピストに抱きしめられるなかで泣きじゃくる女性客の姿が「ああ、これこそが求めていた触れ方なんだ」と話題に。SNSでは「セラピスト、みんな違ってみんな良い」と共感が集まった。

現代社会のストレスや孤独に対する新しいケアの形を提示しており、単なる“性”の話ではない奥深さがある。

『彼女がそれも愛と呼ぶなら』:複数恋愛における“尊重”と“支配”の曖昧な境界線

一対一の恋愛や結婚という「常識」に揺さぶりをかける本作は、主人公・伊麻(栗山千明)と娘・千夏(小宮山莉渚)の視点を通して、“愛のかたち”の多様性を繊細に描き出す。

複数の男性と誠実に向き合いながら暮らす伊麻は、恋人との「独占」や「支配」を前提としない生き方を選んでいるが、それは理想ではなく葛藤に満ちた現実でもある。一方、恋人・太呂(竹野世梛)との関係に苦しむ千夏は、母との対話を通じて「嫌なことは嫌と言っていい」と、自分の心と身体に再び向き合う勇気を得る。

伊麻に惹かれる氷雨(伊藤健太郎)は、彼女の「大切な人」への嫉妬を隠せず、愛と尊重の間で揺れる。彼女が本当に向き合おうとしていた「自分」とは何だったのかが静かに問われる。恋とは、愛とは、そして「正しさ」とは何か。その問いの余韻が、深く胸に残る作品である。SNS上では「タイトルがどう回収されるのか気になる」「一番観ちゃう」という声が多く見られた。

『夫よ、死んでくれないか』:ブラックユーモアで暴く夫婦の実態

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(C)SANKEI

最後に紹介するのは、もはや“攻め”というより“ぶっ壊している”と言っても過言ではない本作。安達祐実演じる甲本麻矢が、自分の夫である甲本光博(竹財輝之助)に「あんたなんか死ねばいいのに!」と叫び、光博が失踪してしまう展開から幕を開けるブラックユーモア溢れる作品だ。

皮肉と毒が効きすぎて、SNSでも「女の本気が一番怖い」「トンチキドラマばっかり!」とざわついた本作。だがその実、描かれているのは“女の人生を家制度がいかに食いつぶしてきたか”という構造的な問題でもあり、それを絶妙なバランスでエンタメ化している点に妙な爽快感がある。

最終回に向けて「女の逆襲がどこまでいくのか」と考察が過熱。賛否両論が飛び交ってもいるが、まさに“女の怒り”を見事に昇華した怪作と言えるだろう。

なぜ、深夜帯はここまで“攻め”られるのか

これらの作品群に共通するのは、視聴者の「価値観」を揺さぶることに躊躇がないという点だ。深夜帯は、放送倫理的にも視聴率的にも比較的自由が利くと思われるゾーン。そこに配信連動やSNSでの話題性を前提にしたつくりが重なり、「とがった題材を扱っていても、それがむしろウケる」という環境が整っている。

地上波のプライム帯では描ききれないものが、いまや深夜×配信ドラマでなら描ける時代。そこには「テレビはもう終わり」という声とは裏腹に、まだまだ攻められる表現の“遊び場”が広がっているように思える。

今後もこの流れが加速すれば、“愛”というテーマを扱う深夜ドラマがさらにジャンルを超えていくことだろう。愛とは何か、誰のものか、どこまで許されるのか? その問いの最前線は、今日も夜中に灯っている。


ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。X(旧Twitter):@yuu_uu_