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朝ドラ視聴者から“問題のある母”と呼ばれた人物が放った最後のメッセージ… SNSで話題となった“別れのシーン”

  • 2025.6.6
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『あんぱん』第10週(C)NHK

朝ドラ『あんぱん』第10週「生きろ」では、戦争の足音がいよいよ登場人物たちの目前に迫り、これまで穏やかだった日常が静かに、けれども確実に崩れていく様子が描かれた。赤紙が届いた親友との別れ、母と息子の最後の会話、言葉にできなかった想い。そのひとつひとつが、かけがえのない「いまこの瞬間」への祈りと愛に満ちていた。

泣き笑いのカレーと、最後の別れ

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『あんぱん』第10週(C)NHK

戦争がいよいよ現実のものとして襲いかかってくる。真珠湾攻撃が報じられた1941年12月8日。嵩(北村匠海)と健太郎(高橋文哉)の下宿先にも、赤紙という形で戦争の影が忍び寄る。カレーを作りながら、涙を堪えようとふざけて笑い飛ばす健太郎。だが、どんな言葉を尽くしても、戦地に向かう現実は変わらない。「赤紙が来たとよ」。その告白のあとの静寂が、何よりも重たかった。

別れの朝、駅でのやりとりは、まさに青春の終わりのようだった。「生きて、また会おう」と声をかける嵩。「よかばい」と応える健太郎。明るく笑って手を振る彼の姿に、涙を禁じ得ない。生きて帰れる保証などない時代、それでも希望だけは失いたくない。そんな切実な願いが、この短いやりとりに凝縮されていた。

第10週では、登場人物たちがそれぞれに「いまを残す手段」を持っていることも印象的だった。次郎(中島歩)は、何気ない日常のなかでカメラを構え「その瞬間にしかない時間」を切り取る。

それに対比するように嵩は、誰かの心や景色を絵に描くことで「その前後の物語」を想像させる。方法は違えど、どちらも「いまを生きている」という証を残そうとする営みだ。時代に流されるのではなく、自分の足元を見つめる姿勢がそこにある。

戦争に「違和感」を持てた人たち

『あんぱん』が誠実なのは、登場人物たちの口から「戦争は嫌いだ」という言葉を実際に発せさせている点だ。当時、そんなことを口に出せば「非国民」と非難された。けれども、そう感じていた人はきっといたはずだし、いまの時代を生きる私たちが想像を膨らませることによって、その姿を可視化できる。

ヤムおんちゃん(阿部サダヲ)のぼやき、嵩や蘭子(河合優実)の戸惑い、のぶ(今田美桜)の揺れ。誰もが一様に戦争に盲目的ではないという描写が、物語にリアリティと温かさを与えている。

今週、視聴者の心を最も揺さぶったのは、嵩の母・登美子(松嶋菜々子)の言葉だったかもしれない。かつては、少々問題のある母親と評されることも多かった登美子だが、赤紙を受け取った息子を見送るとき、涙ながらに口にした。「逃げ回っていいから。卑怯だと思われてもいい。何をしてもいいから、生きて帰って来なさい」。この一言で、彼女がどれだけ嵩を想っていたか、どれだけ不器用な愛を抱えてきたかが痛いほど伝わってきた。

このシーンで初めて、彼女がなぜ「あなたみたいな人が一番兵隊に向いてない」と言っていたのか、その理由がわかった。自分の人生を犠牲にしてまで、息子に「生きていてほしい」と願った、母としての最後のメッセージだったのだ。SNS上でも「心して見届けます」「ここに来て嵩母に感動」との声が続いている。

祈りを込めて「生きて帰ってこい」

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『あんぱん』第10週(C)NHK

嵩にも赤紙が届き、いよいよ若者たちは戦争という不条理に否応なく巻き込まれていく。それでも、健太郎はカレーを作り、嵩は絵を描き、次郎は写真を撮る。のぶは炊事をしながら日々を支える。そこには「こんな時代でも、できる限り普通に生きよう」とする人間の尊厳が反映されていた。

第10週は「戦争を描く」ことの難しさと向き合いながら、それを“泣きの演出”だけで終わらせることなく、ささやかな日常の温度を保ち続けた。戦争という時代の荒波が、若者たちの友情や親子の絆、日々の食卓までも奪っていく過程を、静かに、しかし強く描いた一週間だった。

けれども、登場人物たちは決して“時代の犠牲者”ではない。彼らは自分のやり方で日常を生き、その瞬間を残そうとしている。戦争のなかで「逃げ回ってでも、生きて帰ってきて」と言える人がいたこと。そして「戦争は嫌いだ」と声に出す勇気が描かれたこと。それこそが、本作の意義ではないだろうか。


NHK 連続テレビ小説『あんぱん』毎週月曜〜土曜あさ8時放送
NHKプラスで見逃し配信中

ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。Twitter:@yuu_uu_