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朝ドラが“新たな代表作”となるか 少ない出番でも印象に残る若手俳優に注目「上手すぎる」「お茶の間に広まった」

  • 2025.4.25
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『あんぱん』第4週(C)NHK

NHK連続テレビ小説『あんぱん』で、ひときわ異彩を放つ若手俳優がいる。主人公・朝田のぶ(今田美桜)の義弟・千尋を演じる中沢元紀だ。決して登場シーンが多いとは言えない彼だが、その少ない出番で印象を強く残す。ときに厳しく、ときに冷ややかに言葉を放つ千尋。しかしその裏にある深い感情や孤独を、中沢はセリフ以外の“余白”で見事に演じている。

あのセリフに滲む“静かな怒り”

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『あんぱん』第4週(C)NHK

「母親ヅラして」「兄貴は利用されてるだけ」。登美子(松嶋菜々子)に対する千尋の言葉は、聞いていて胸が痛くなるほど率直だった。だがその苛烈な口調の裏にあるのは、長年捨てられたと感じてきた人間の、どうしようもないほどの寂しさである。中沢の演技は、その複雑な心情を、過剰な演出を排した“静かさ”で描き出す。

中沢が演じる千尋は、再び家族として目の前に現れた母・登美子に対して、とにかく冷たい。鋭く突き刺すような言葉を平然と吐き出すのだが、そこには“わかってほしい”という未消化の感情が透けて見える

たとえば、兄・嵩(北村匠海)に向けた「兄貴は利用されてるだけだ」というセリフにも、本心では母と兄のつながりを羨んでいる気持ちがにじむ。簡単に涙を流したり、声を荒げたりしない千尋というキャラクターを、あれほど印象的に描き出せるのは、中沢の内省的な演技力があってこそだ。

言葉にしない感情の振れ幅。その“余白”こそが、中沢元紀という俳優の持ち味である。

言葉に頼らない演技

俳優・中沢元紀のキャリアにおいて、代表作として語られる一つが連ドラ『ひだまりが聴こえる』だろう。彼が演じた杉原航平は、聴覚に障がいを抱え、人との関わりに臆病になっている青年。台詞の多くを語らない役どころながら、その視線や身のこなし、ふとした笑みによって、彼の感情が観る者に伝わってくる。

『あんぱん』の千尋にも、同じような静謐なエネルギーがある。発した言葉のあとに訪れる“間”……そこで見せる微細な表情の変化が、台本に書かれていない「千尋の人生」を語っている。言葉を排した表現力。そこにこそ、中沢の俳優としての研ぎ澄まされた感性がある。

中沢の名を広く知らしめた作品として、日曜劇場『下剋上球児』も挙げておきたい。仲間との衝突や成長を通して、人間として変化していく姿をエネルギッシュに体現したあの演技は、まさに“正面衝突”型の芝居だった。

だが『あんぱん』の千尋は、それとは正反対。すれ違い、ためらい、飲み込んだ言葉に悩む。ある意味、わかりやすい“衝突を避けてきた”青年だ。感情を吐露せず、表には見せないまま抱えてしまう複雑な役を演じるには、強い自己コントロールと観察眼が必要だ。

『下剋上球児』での“ぶつかる力”に対し、『あんぱん』では“飲み込む力”が試されている。そして、その両方を自在に操る中沢元紀のふり幅にこそ、俳優としての可能性を感じずにはいられない。

感情の余白を“生きる”ことができる俳優

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『あんぱん』第4週(C)NHK

SNSでは放送直後から「脱帽、上手すぎる」 「これでお茶の間に広まった」 と、中沢の演技に対する称賛の声があふれている。

このように、視聴者の心に“届いている”ことが、感想からも読み取れる。物語のなかでキャラクターが生きていると感じられるのは、それを演じる俳優が本気でその人物の人生に向き合っているからにほかならない。

『あんぱん』で中沢元紀が演じる千尋は、登場するたびに物語に深みをもたらす存在だ。それはセリフの強さだけでなく、“言わないこと”に説得力があるからこそだろう

ドラマのなかで母・登美子や兄・嵩とぶつかりながらも、どこかで繋がっていたいと願っている千尋。複雑でデリケートな“家族という距離感”を繊細に演じきる中沢の演技は、俳優としてのキャリアにおいても大きな転機になるはずだ。

『ひだまりが聴こえる』『下剋上球児』と続いた道の先に、『あんぱん』という新たな代表作が加わろうとしている。中沢元紀という俳優の進化は、まだ始まったばかりだ。


NHK 連続テレビ小説『あんぱん』毎週月曜〜土曜あさ8時放送
NHKプラスで見逃し配信中

ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。Twitter:@yuu_uu_