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「お前は練習台なんだから、黙って聞いてて」と言った彼→披露宴の帰り道、「練習台は、今日で終わりな」

  • 2026.11.7
ハウコレ

マイクの前に立った彼は、練習では一度も読まなかった最後の段落まで、つかえずに話し切りました。拍手のあと、駅へ向かう道で彼が口にしたのは、どちらとも取れる言葉でした。

ローテーブルの上に、何度も書き直された便箋が広げてありました。彼が友人の結婚式で読むスピーチの原稿です。その日も私はクッションを抱えて、彼の練習に付き合っていました。

練習台と呼ばれて

付き合って3年になる彼は、人前で話すのが得意ではありません。大学時代からの友人に友人代表のスピーチを頼まれ、2週間ほど前から私の部屋で練習を続けていました。
新郎は、私たちを引き合わせてくれた人でもあります。原稿には、そのときの話も入っていました。
「私のところは削ったほうがいいよ。新郎の話を増やそう」
よかれと思ってそう伝えると、彼は便箋から顔を上げずに言いました。
「お前は練習台なんだから、黙って聞いてて」
抱えていたクッションを、思わず床に置いたのを覚えています。手伝っているつもりだった時間が、急に意味のないものに思えたのです。

読まれない最後の段落

それからも練習は続きましたが、口を挟むのはやめました。気になったのは、彼が毎回、原稿の最後の段落だけを読まずに終えることです。
「そこは?」と聞いても、「本番で読む」としか答えません。練習台には聞かせる必要がない、ということなのでしょう。
便箋をたたむ彼の横で、私は冷めたお茶を飲み干しました。言い返せば、また練習台だと言われる気がしたからです。
式の当日、私も招待客の1人として披露宴の会場にいました。司会者に名前を呼ばれ、彼がマイクの前に立ちます。膝の上でハンカチを握り、彼の第一声を待ちました。

一度も詰まらずに

スピーチは、練習のときよりずっとなめらかでした。言葉に詰まることは一度もなく、原稿に目を落とすこともほとんどありませんでした。話しながら、彼の視線がときどきこちらのテーブルのほうへ流れていた気がします。
最後の段落は、新郎への感謝を伝える短いものでした。練習で一度も聞いたことのない言葉を、彼は最後まで言い切ったのです。
大きな拍手の中で、私だけが手を叩くのが遅れました。うまくいってよかったと思う気持ちと、あの段落を最後まで聞かせてもらえなかった気持ちが、一緒にあったからです。

そして...

披露宴が終わり、駅まで2人で歩きました。スピーチをほめると、彼は「ありがとう」と言ったあと、前を向いたまま続けます。
「練習台は、今日で終わりな」
それだけ言って、彼は少し歩く速さを上げました。終わりというのは、練習のことなのか、それとも私たちのことなのか。
駅前の横断歩道で足を止めた彼が、ゆっくりと振り返ります。信号が青に変わっても、彼は渡ろうとしませんでした。
「練習台は、今日で終わりな」と言った彼は、横断歩道の前で、私に何を言おうとしていたのでしょうか。

(20代女性・会社員)

本記事は、ハウコレ読者への独自アンケートに寄せられた実体験をもとに制作していますが、個人が特定されないよう、一部設定を変更しています。

(ハウコレ編集部)

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