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不登校の娘が“変わった”中3の夏休み “小さな存在”のおかげで…【後編】

  • 2026.11.4
cocrecoイラスト:べるこ

18歳と16歳の女の子を子育て中のママ(48歳)です。

小学1年生のころから、幾度となく友だちからの仲間外れを受け続けた娘。心機一転、学区外の中学校を選びましたが、その学校でもまた仲間外れにされ、とうとう娘は不登校になりました。

その後、中学3年生になるまでは、ほぼ学校に通えず、昼夜逆転の生活が続きました。

※本記事はママの実体験を取材しプライバシーに配慮し構成したものです。

数年振りに見た娘の笑顔

そんな娘に、少しだけ外とつながるきっかけが訪れます。

当時、私は保育士として働いていました。娘が中学3年生の夏、勤務先の保育園で、園児と保護者向けの夏祭りイベントを行うことになり、職員の家族にも運営ボランティアとして参加できる人を募っていました。

その知らせを見たときに、ふと浮かんだのが娘の顔。同年代の集団はダメでも、自分より年下の子どもたちならどうだろう。娘に提案してみると、「嫌だ、絶対に行かない!」と即答でした。

それでも私は、「途中で帰りたくなったら帰っていいから、少しだけ手伝ってくれない?」と何度か声をかけました。すると娘は、渋々ながらも「……お母さんがいるなら」と言ってくれたのです。

当日、会場に向かう車の中で、娘はひどく緊張していました。青ざめているようにも見えます。これまでの数年間、家の中で過ごすことが多かった娘にとって、家族以外の人と長い時間過ごすのは久しぶりのことでした。

そんな娘の様子を見ながら、「ここまで来られただけでも十分」と私は自分に言い聞かせていました。もし会場に入れなかったとしても、それはそれでいい。そう思っていました。

けれど、なんとかイベントが行われる部屋に入り、2歳や3歳の子どもたちと遊ぶうちに、娘の表情が少しずつ変わっていきました。

「おねえちゃん、これしよ!」

「みて、できたよ!」

子どもたちの無邪気な声に応じるうちに、娘の口角が自然と上がっていくのがわかりました。娘の自然な笑顔を見たのは、もしかしたら数年ぶりだったかもしれません。そこにいたのは、私がよく知っている娘の笑顔でした。

私はその光景を少し離れた場所から見守りながら、胸が熱くなり、涙をこらえるのに必死でした。

「また来てね!」娘を変えたそのひと言

cocrecoイラスト:べるこ

その日を境に、娘はときどき私が勤めている保育園のイベントを手伝うようになりました。 娘の姿を見つけると、「あ、おねえちゃんだ!」と駆け寄ってくる園児たち。帰り際には、「次はいつ来るの?」「また絶対に遊ぼうね!」と無邪気に声をかけてきます。

あとになって娘から聞いた話ですが、子どもたちのそんな言葉さえも、最初のうちは「社交辞令なのでは」と感じていたのだそう。

でも次第に、子どもたちは思ったことを口にするだけで、裏表はないということがわかっていったそうです。娘の心に長年こびりついていた“人を疑う癖”が、幼い子どもたちと関わる時間のなかで、少しずつ消えていったのかもしれません。

そして夏休みが終わるころ、娘が「保育系コースのある高校に行きたい」と言い出しました。もしかしたら高校進学は難しいかもしれない。そう思っていた私は、娘の言葉に驚きました。理由を尋ねると、保育園の行事で子どもたちと過ごしている時間は、不思議と安心できたからだと言います。

「子どもって、思ったことをそのまま言ってくれるからラクなんだ」

そう言って笑う娘を見て、私はようやく、娘の中に少しずつ前を向く力が戻ってきていると感じました。子どもたちと触れ合う時間は、娘が見失っていた「人を信じる感覚」を、もう一度取り戻していくための大切な時間だったのかもしれません。

娘に必要だったのは“人を信じ直す時間”だった

娘は少しずつ高校進学に気持ちを向けるようになりました。最初から前向きだったわけではありません。勉強の遅れもあり、同年代の子たちと同じ教室で試験を受けることにも不安がありました。

それでも、「このままずっと家にいるのは嫌だ」「高校ではもう一度やり直したい」という気持ちが、娘の中に少しずつ芽生えていったのだと思います。

私たちは、出席日数や内申だけで判断されにくい学校、娘の状態を理解してくれる学校を探しながら、進学先を一緒に考えました。地元で同年代の子たちと顔を合わせることへの不安は残っていたため、娘は知り合いに会う可能性の低い隣町の塾に通うことにしました。

最初は緊張していましたが、「ここには自分のことを知っている人がいない」という安心感もあったようです。少しずつ勉強のペースを取り戻し、わからないところを一つずつ埋めるように、机に向かう時間を増やしていきました。

受験までの道のりは決して簡単ではありませんでしたが、「高校からは環境を変えたい」という思いが、娘を少しずつ前に進ませてくれました。

そして現在、娘は元気に高校へ通っています。もちろん、今でも人間関係で悩むことはあります。それでも以前のように、「どうせ自分はダメなんだ」と自分を全否定することは少なくなりました。

振り返ってみると、娘の不登校の原因は、「学校が嫌い」といった単純なものではありませんでした。幼いころから繰り返された仲間外れによって、人を信じることそのものが怖くなっていたのだと思います。

親はどうしても、「勉強の遅れ」や「進路」を考え、早く学校へ戻そうと焦ってしまいます。でも、心が傷つき、閉じてしまっている状態では、どんなに背中を押しても、子どもはすぐには歩き出せない。

娘に必要だったのは、勉強を取り戻す時間よりも、もう一度「人を信じても大丈夫なんだ」と実感できる時間だったのかもしれません。

裏表のない子どもたちに受け入れられ、「おねえちゃんが来てくれてうれしい」とまっすぐに言ってもらうこと。その小さな積み重ねが、娘の心を少しずつほぐしてくれました。

不登校の理由は、親の目に見えるものだけとは限りません。でも、その傷を癒やす出会いや場所が、きっとどこかにある。私はそう感じています。

文/構成・橘サチ

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