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「うん、そのうちね」手作りケーキを冷蔵庫に入れたままにした俺が、すぐに食べなかったわけ

  • 2026.10.30
ハウコレ

彼女に「うん、そのうちね」としか言えなかったのには、理由がありました。頭にあったのは、子どもの頃に一度だけもらい、いつまでも眺めていたケーキのことです。

もらった箱を冷蔵庫から出し、リボンをほどいたのは、彼女が帰ったあとでした。包丁を入れたガトーショコラは、見た目よりずっしりと重く感じました。切り分けたのは、皿に載る薄い1切れだけです。

誕生日を祝われた記憶がない

俺の実家は、家族で定食屋を営んでいました。誕生日は店がいちばん忙しい時期と重なり、両親は毎年厨房に立ちっぱなし。ケーキやプレゼントを囲んだ記憶は、ほとんどありません。それが当たり前だったので、誕生日はそういう日なのだと思っていました。

一度だけ、小学生のころの誕生日に、祖母がショートケーキを1つ買ってきてくれたことがあります。食べたらなくなるのがもったいなくて、冷蔵庫を開けては、いつまでも眺めていました。やっと食べようとした日には、クリームが傷んでいました。それでも、大切なものは最後にとっておく癖が抜けませんでした。

とっさに入れた冷蔵庫の奥

付き合って1か月の彼女に箱を渡されたのは、外で食事をしたあと、俺の部屋でした。

「誕生日おめでとう。ガトーショコラ、作ってみたの」

「え、俺に?」

誕生日に誰かから何かを受け取るのは、祖母のケーキ以来です。紺のリボンの結び目を眺めているうちに、浮かんできたのは、冷蔵庫の中にあった祖母のショートケーキでした。

「ありがとう。ちょっと冷やしとくね」

麦茶のポットを端に寄せて、箱を奥へ入れました。開けてしまえば、食べ終わったら何も残らない。とっさにそう考えていました。

「今、開けないの?」

「うん、あとでゆっくり」

彼女にそう聞かれ、理由を話そうとしても、子どもの頃の話から始めるのは大げさな気がして、口にしませんでした。そのあと2人で見た映画の途中、一度だけ冷蔵庫のほうを見たのは、箱がそこにあるのを確かめたかったからです。

目を離さないまま答えた理由

翌朝、キッチンでパンを焼いていると、「お茶もらうね」と声がして、泊まった彼女が冷蔵庫を開けました。

「あのケーキ、食べないの?」

「うん、そのうちね」

トーストにバターを塗る手元から、目を離さないまま答えました。もったいなくて食べられないなんて言えば、子どもっぽく聞こえる気がしたのです。彼女がどんな顔で聞いていたのか、俺は見ていません。

彼女が帰ったあと、冷蔵庫を開けました。奥の箱を見ているうちに、気づいたのです。このままでは、祖母のケーキと同じになる。作ってくれた彼女には、喜んでいることさえ伝わらないと。

そして...

リボンをほどき、薄い1切れだけ切り分けました。皿の上の1切れを写真に撮って、彼女に送りました。

「少しずつ食べることにした」

しばらくして、「食べてくれてありがとう」と返ってきました。お礼を言うべきなのは、本当はこっちのほうです。

冷えた1切れは少しかためで、ちゃんと甘い味がしました。

冷蔵庫の箱には、まだ大半が残っています。次に彼女が来たら、祖母のケーキの話をして、残りは2人で食べるつもりです。今度は、傷むまで眺めたりしません。

(20代男性・会社員)

本記事は、読者アンケートに寄せられた実体験をもとにした本人視点の記事を参考に、相手側の心情を想定して制作しています。実際の相手本人への取材ではなく、編集部による解釈を含みます。

(ハウコレ編集部)

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