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「終わりたくない、幸せな撮影現場でした」『ルックバック』是枝裕和監督が奇跡の白鳥シーンから色彩や美術のこだわりまでを明かす

  • 2026.10.4

藤本タツキ原作、是枝裕和監督&脚本&編集、出口夏希と蒔田彩珠がW主演を務める実写映画『ルックバック』(公開中)。本作の是枝監督登壇によるティーチイン付き舞台挨拶が10月3日に109シネマズ川崎にて開催された。是枝監督は、公開後だからこそ明かせる撮影秘話や作品に込めた想いを語りながら、観客からの質問にも丁寧に答えていった。

【写真を見る】笑顔で観客からの質問に答える是枝裕和監督

【写真を見る】笑顔で観客からの質問に答える是枝裕和監督 [c]藤本タツキ/集英社 [c]2026 K2 Pictures・集英社
【写真を見る】笑顔で観客からの質問に答える是枝裕和監督 [c]藤本タツキ/集英社 [c]2026 K2 Pictures・集英社

漫画の腕に絶対の自信を持つ藤野と、彼女に憧れを抱きながらも圧倒的な画力を秘めた京本。漫画へのひたむきな思いで結ばれた2人を、ある日思いもよらない出来事が襲う。藤野役を出口が、京本役を蒔田が、藤野と京本の子ども時代を七瀬ふうりと岡田六花がそれぞれ演じた。本作は「第83回ヴェネチア国際映画祭 コンペティション部門」や、10月6日(火)より開幕する「第31回釜山国際映画祭ガラ・プレゼンテーション部門」に正式出品された。

鑑賞後のティーインということで、様々な質問があがった。

「藤野が漫画家としてオフィスを構えていた、横浜市内の桜並木や電車の見えるロケーションが印象的だった」ということで、ロケ地について問われた是枝監督は「いろいろと悩みましたが、窓の外を電車が走っている風景にしたいという僕の希望と、隣のビルからカメラ撮影が狙えるかなどの条件を擦り合わせた結果、あの場所に決まりました。桜並木も決め手の1つ。実際には、新人漫画家がデビュー時に借りる部屋としては少し広めなのですが、最後のシーンで、4コマ漫画を貼る大きな窓と外の風景の対比が重要でした」とコメント。

進行を務めたK2 Picturesの小出大樹プロデューサーも「最後の場面で、窓の外に電車が走り抜けるのも、あのロケーションだからこそで、作品の余韻に繋がったと感じています」と語った。

進行はK2 Picturesの小出大樹プロデューサーが務めた [c]藤本タツキ/集英社 [c]2026 K2 Pictures・集英社
進行はK2 Picturesの小出大樹プロデューサーが務めた [c]藤本タツキ/集英社 [c]2026 K2 Pictures・集英社

水辺で白鳥が飛来する絶妙なタイミングを捉えたシーンについて、是枝監督は「ロケハンで行った際に白鳥の飛来地だとわかっていたので、(ロケ地であるにかほ市出身の)藤本タツキさんも見て育ったんだろうなと思い、『撮れたら撮りたいね』と話していました。そしたら撮影の最初、藤野役の出口さんが家に帰るシーンで、頭の上をたまたま飛んでいくカットが奇跡的に撮れたんです。すばらしいカットだったのでなんとか活かそうと考え、教室で白鳥の話題が出る流れを追加するなど、物語のなかに白鳥を描き込む形へ脚本を修正してきました」とコメント。

さらに「それ以来、撮影スタッフは『いまどこに何羽白鳥がいるか』という情報を共有しながら現場に向かっていました(笑)。また、2羽飛んでくるところも本当に奇跡的でした。学校帰りのシーンで『物置きの上にカメラを上げさせてもらって広い絵を撮ろう』『ここに2羽飛んでくるといいね』と冗談交じりに話していたんです。本当に冗談で『(カメラを)回し始めて5秒くらいしたら2羽お願いします』とスタッフに言っていたら、本当に飛んできました!」と言うと、小出プロデューサーも「途中から“白鳥狙い”の撮影チームに変わっていきました(笑)。劇中の後半に登場するドローンカットなども、後から白鳥の視点として構成を組み替えていけたのが非常におもしろかったです」とうなずく。

色彩や美術などで意識されたポイントについては、是枝監督が「フィルム撮影であることも大きいですが、撮影の上野千蔵さんが、人にだけスポットを当てるタイプではないというのもあると思います。彼のよさが活きているのだと思います」と言うと、小出プロデューサーも「藤本先生からも『(これまでの)是枝さんの作品はなぜこんなに部屋や美術が自然なんですか?』と聞かれるくらい、生活感がしっかりあるんですよね」と同意する。

すると、是枝監督は「『なんでこんなに汚いんですか?』じゃなくて?」と笑いながらつっこみ「美術チームには常に『いつもの3倍汚してください』と伝えています。そこに時間が積み重なっていないとリアリティが出ないから。藤野の部屋は、1階は実際のお宅で2階はセットなので、2階をちゃんと汚して生活感を出さないと1階の質感に負けてしまう。ベッドの脇に幼少期に貼ったシールが剥がし忘れて残っているような、時間経過の積み重ねを意識して空間を作り込みました」とこだわりを述べた。

作品を深堀りしたトークに観客は聞き入った [c]藤本タツキ/集英社 [c]2026 K2 Pictures・集英社
作品を深堀りしたトークに観客は聞き入った [c]藤本タツキ/集英社 [c]2026 K2 Pictures・集英社

また、ロケ地である秋田県にかほ市出身の観客からは「幼いころ過ごした街がこんなに綺麗な映像になり感動しました」と感激の声が上がったあとで「まだどこにも明かしていない裏話を」というリクエストが入る。

是枝監督は笑いながら「象徴的なのは地元の屋根瓦屋さん。『あのお宅なら屋根に上っての撮影にもきっと協力してくれるよ』など、すばらしいアンテナで協力してくださいました。池に白鳥が降り立つシーンで物置きの上にカメラを上げさせてくれたのもその方で、いつしかスタッフさんと一緒に空港にまで迎えに来てくれました(笑)」と感謝した。

後半に挿入されるアニメーションシーンについては「雪道を歩きながら藤野が『私の夢は自分の描いた漫画をアニメにすることなんだ』と語るシーンがあります。京本の家の廊下でその言葉を思い返しているので、2人が別々のルートを辿りながらも同じ夢を見ているという形にすることが、藤野がもう一度ペンをとる動機として強力になると考えました。離れていても想いが重なり合っていることを表現するために、『アニメーション』という手法をとりました」とその意図を語った。

美術大学でアニメーションを専攻している学生からは、ロトスコープアニメーションの導入や、アニメーション監督の久野遥子を起用した経緯、制作プロセスについての質問も。

是枝監督によると「久野さんとは福岡の映画祭でお互いにゲストで呼ばれてお会いしたのが最初です。『花とアリス殺人事件』(15)などの作品は拝見していましたが、ロトスコープでのアプローチを提案したのは小出プロデューサーでしたね」とふると、小出プロデューサーも「是枝監督が実写を撮り、アニメ部分をまったく別で作ってしまうと作品の一体感が薄れてしまう懸念があったので、是枝演出のアプローチをアニメ側にも活かすため、ロトスコープという手法が最適だと判断しました」と答えた。

是枝監督は「2人の記憶のなかをアニメーションが動くというイメージで簡単な草案を最初に描きましたが、基本的に久野さんが描かれてきた絵に毎回感動していました。海の中を泳ぐ場面も、実際に体育館で跳び箱に車輪を付けてその上にキャストの方に腹ばいになってもらって水中を泳ぐ動きを上から撮影するなど、非常に細かく実写を撮影してから起こしていく手作業の連続でした。その地道なプロセスは、藤野と京本が手作業で漫画を描き上げていく姿ともリンクしていたように感じます」と言うと、小出プロデューサーも「実はアニメ映画『ルックバック』を撮られた押山清高監督も、『この背景の塗りの丁寧さは手作業だからできることで、すごくリッチな作り方をされましたね』とおっしゃっていました」とうれしそう語る。

「終わりたくない、幸せな撮影現場でした」と語った是枝裕和監督 [c]藤本タツキ/集英社 [c]2026 K2 Pictures・集英社
「終わりたくない、幸せな撮影現場でした」と語った是枝裕和監督 [c]藤本タツキ/集英社 [c]2026 K2 Pictures・集英社

続いて、主人公2人のキャスティングについて問われると、是枝監督は「成長してからの2人は僕のなかで最初から出口夏希さんと蒔田彩珠さんと決めていて、その2人を基準に、子ども時代のキャストのオーディションを行い、直感で即決したのが京本(幼少期)役の岡田六花さんです。せっかくなので…実は今日、会場にお越しいただいている京本役の岡田六花さんにひと言ご挨拶をいただきましょうか」と会場に向けて声をかけると、観客として参加していた岡田もステージに上がった。

岡田は「京本の幼少期を演じました、岡田六花です。皆さん観てくださってありがとうございました」と挨拶。

是枝監督は「オーディションで出会った時から、僕は一発で『あぁ、京本は彼女だな』と、その直感が当たりました。藤野役の七瀬さんは強烈なキャラクターな方ですし、出口さんの芝居も、例えるならば豪速球だけど荒れ球なところがあるので、受け止めるいいキャッチャー(京本役)を用意しないとバランスが崩れてしまう。2人が並んだ際のお芝居のバランスや陰陽の相性を重視して選考しました。岡田さんの演技がすばらしかったため、撮影を進めるなかで京本のシーンがどんどん増えていきました。一度クランクアップして、涙のお別れ会をした後に、もう一度呼び戻して追加撮影をしたほどです」と笑顔で語った。

そして、劇中で「藤野ちゃんは何で描いてるの?」という印象的なセリフにちなみ、是枝監督自身が映画を作り続けている原動力を尋ねられると、是枝監督は「なんで作ってるんですかね…。『なんで作っているんだろう』と考えている時はあまり状態が良くない時だと思うんです。ただ、いまは悩みがなく、描くしかないと思っている最後の藤野と同じような状態です。最後のシーンで、目の前の窓に4コマ漫画を貼るという行為は、藤野が京本に出会う前の『自分より上手い奴がいる』と必死で描いていた初期衝動、原点に戻るということが、最後の藤野の背中に宿っていると僕は思っています。いまの自分にとっても、映画を作る行為自体がそのような感覚です」としっかり答えた。

その後、京本役の岡田が、是枝監督に促され、本作に参加した感想を語った。

「『ルックバック』は撮影してても楽しかったし、あとは本当に皆さん優しくて、本当にいい現場だなと思いました。秋田県のにかほ市がとっても綺麗で、白鳥を生で見たのも初めてだったので、すてきな体験をさせてもらって本当に楽しかった思い出しかないです」と感無量の表情を見せる。

「台本やセリフ(方言)を覚えるのは大変じゃなかったですか?」と是枝監督に聞かれると、「方言が大変だったんですけど、使ったことのない方言をしゃべるのが楽しかったというか…秋田弁を使ってしゃべったりするのがおもしろかったです」とコメント。さらに本作をきっかけに、学校では美術部に所属しているという岡田は「背景を描くのが楽しいので、いつかは京本みたいになりたいです」と、自身が演じた京本への想いも口にした。

最後に是枝監督が「この作品は本当に終わりたくないとスタッフ全員が感じるほど幸せな撮影現場でした。子どもの成長を収めている映画ということもありますが、白鳥のシーンのような奇跡も含め、一回限りの特別な時間が詰まった掛け替えのない映画になったと感じています。悲しいからではなく、自分の映画ながらふと涙が流れてしまうような経験をした作品です。本日はありがとうございました」と感謝の言葉で締めくくり、盛大な拍手のなかでイベントは幕を下ろした。

文/山崎伸子

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