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数々のドラマに引っ張りだこだった【伝説の女優】“宣言通り”の結婚→芸能界引退までの道のり

  • 2026.10.24
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2008年10月、「20歳記念・感謝の会」を開いた堀北真希(C)SANKEI

18年前の2008年10月、都内のホテルで「20歳記念・感謝の会」が開かれた。およそ250人の招待客が集まる華やかな宴を前に、堀北真希は報道陣の取材に応じた。

恋について問われると、これから頑張りたいと返しつつ、「事務所的にも多分OKです」と続けた。結婚の予定を聞かれれば、何歳でも結婚したいけれど「10年以内には」と答えた。理想のタイプに挙げたのは、優しくて、マイペースな自分を受け入れてくれる心の広い人だった。

事務所を引き合いに出し、結婚の時期にもふんわりと幅を持たせる。一見するとどこか軽やかな受け答えだが、一転して話題が仕事に及ぶと、言葉はぐっと具体的になった。大人という自覚を持って役の幅を広げたいと語った彼女の口から飛び出したのは、「お母さん役もやってみたい」という意外な一言だった。

当時、すでに二重人格の少女から幕末の皇女まで演じ分けていた堀北真希。20歳という節目に残した言葉には、のちの仕事を予見させるような、静かな覚悟が宿っていたように思う。

純白のドレスに込めた脱皮の意志

この日、250人の前に現れた彼女がまとっていたのは、両肩を露わにした純白のドレスだった。

こんな華やかな20歳の誕生日になるとは夢にも思っていなかったと、驚きを隠せない様子も見せた。それでも堀北は純白のドレスに、新たな気持ちでこれから始められるようにという思いを込めていた。10月6日の誕生日当日は、ドラマの撮影現場でサプライズの祝福を受けた。この会のほかにもケーキを3、4個もらったと満面の笑みを見せる姿は、年相応の無邪気さそのものだった。

だが、その初々しさの裏側で、彼女はすでに表現者としての脱皮を図っていた。会の翌日に発売された写真集『S』では、大胆な姿を披露している。照れはなかったかと報道陣に問われると、ただ肌を見せたかったわけではなく、今の自分を素直に表現するというコンセプトで撮った新たなチャレンジだったと答え、大人な笑みを浮かべた。

二重人格の少女から月9のヒロインへ

2008年という年は、女優・堀北真希の振り幅の広さが際立った1年でもあった。

2月公開の主演映画『東京少年』で、堀北は少年の人格を宿した二重人格の少女という難役に挑戦した。初日舞台挨拶で「意中の相手」を聞かれ、「自分ですかね」と返して笑いを誘ったこともある。二重人格ではないけれど、自分に向けて手紙を書くこともあるから、という理由もまた、彼女らしいエピソードだった。

3月には、山下智久と共演した映画『クロサギ』と、声優として参加した『映画ドラえもん のび太と緑の巨人伝』の初日舞台挨拶を、有楽町と六本木でハシゴした。子どもたちに満面の笑顔で語りかけたあと、六本木の舞台にも立った。その多忙さは当時の勢いを物語っていた。

さらに夏からは、NHK大河ドラマ『篤姫』に皇女和宮役として登場した。そして20歳の会が開かれたわずか11日後には、主演を務めるフジテレビ系月9ドラマ『イノセント・ラヴ』の放送が控えていたのである。

二重人格の少女から幕末の皇女、アニメの声、そして月9のヒロインへと、これほど濃密な役柄を重ねながら、20歳の堀北はなお、役の幅を広げたいと貪欲に前を見つめていた。

揺れる結婚観と変わらない自分らしさ

仕事に意欲を見せる一方で、恋愛や結婚についての答えが、聞かれる時期によって少しずつ違っていたのも興味深い。

18歳だった2007年5月、映画『恋する日曜日 私。恋した』の完成披露試写会では、結婚について、自分にとっては遠い話で、まだまだ考えられないと語っていた。それが20歳の会では「10年以内には」と少し現実味を帯びる。

さらにその3か月後の2009年1月、映画『ナットのスペースアドベンチャー3D』の吹き替え取材で、堀北は結婚の時期を決めないようにしていると話した。その年が来て結婚していなかったら悲しいから、というのが理由だった。それでも20代がいいかなと添え、年の差は好きなら関係ないとも答えている。自分が口にした数字に縛られることなく、その時々の気持ちを飾らずに口にする。

朝ドラで果たした母の役

20歳で口にしたお母さん役への思いは、4年後に形になる。

2012年、堀北はNHK連続テレビ小説『梅ちゃん先生』のヒロインを務めた。終戦直後の東京・蒲田で、女性医師として地域医療に生きていく梅子を演じきった。

8月24日のクランクアップの会見で堀北が印象に残る思い出に挙げたのは、劇中で結婚し、母親になったことだった。「まだ自分自身経験していないこと」を役で演じたと、笑顔で語っている。20歳のあの日に話したお母さん役に、朝ドラのヒロインとしてたどり着いていた。

それから3年後の2015年8月、所属事務所が俳優の山本耕史との結婚を発表した。20歳の会で話していた「10年以内」という言葉の通り、7年足らずのちのことだった。そして2017年2月末、堀北は芸能界を引退した。

あの日、恋愛の質問には事務所を持ち出して答えながら、仕事の話では女優業への意欲を燃やしていた20歳の堀北真希。お母さん役もやってみたいというあの一言は、決して気まぐれなどではなかったように思えてならない。


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