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【サザンオールスターズ】「なんだこの訳の分からない歌は!」48年前の『勝手にシンドバッド』の衝撃と、珍タイトルを阿久悠が絶賛したワケ

  • 2026.9.21

48年前の9月、歌謡界を変えるあの曲がブレイク!

1978年6月25日発売の「勝手にシンドバッド」(発売元/Invitation)。

今回は、サザンオールスターズである! サザンと言えば夏。もうけっこう涼しくなってきているが、9月だからこそサザンを書くべき意味があるのだ。なぜなら48年前の9月21日、彼らは歌謡界を変える衝撃的なデビュー曲で、ブレイクを果たしたのだから――。

ということで、改めて、今回はサザンオールスターズの「勝手にシンドバッド」である。まずは、ブレイクの着火タイミング、1978年8月31日を振り返らねばならない。人気番組「ザ・ベストテン」の、注目楽曲を紹介する「スポットライト」のコーナーにて、これまで聴いたことのない歌い方と、見たことのない動きをする歌手が、ででんとテレビに映り込んだ。それがサザンのボーカル、桑田佳祐さんだった。

私のサザンの最初の印象は、一言で言うとドン引きであった。言い訳がましくなるが、未知のものに遭遇した時、人は、感動より、恐れや不安という感情が先に来るものなのだ。

作家で東京経済大学教授の大岡怜氏が著書「日本語はひとりでは生きていけない」(集英社インターナショナル)で、この時の衝撃を「『日本語をこんな風に扱ってもいいのか』というとまどいと羨望」と表現しておられたが、いやもう、まさに!

とはいえ、当時まだド田舎のボケーッとした小学生だった私は、ただただビビった。上半身裸で短パン姿のあんちゃんが歌っているが、早口でダミ声(※当時の感想です)で、何を歌っているかわかんない! 困惑し、「えーと……」と固まった。

初恋が西城秀樹さん、二番目の恋が世良公則さんなので、本来、ステージで暴れまくる歌手はドストライクのはずなのだ。しかし、桑田さんの動きはそういう類ではなかった。言葉にしづらいので擬音で比較表現させていただくと、ヒデキが「ハァッ!」世良さんが「ウォウウォウ!」とすれば、桑田さんは「ヨヨヨヨ!」。早い話が、カッコよくなかったのだ。

「どないしたん何が起こってるん何を歌ってるん(汗)」

とオロオロしているうちに、彼らの歌唱は終わった。こんな訳のわからない歌、絶対売れないと思っていた。世の中も彼らをどう捉えてよいのかジャッジに迷ったようで、少し間が空き、3週間後の9月21日に、ベストテンに初ランクイン。「日本語が聴き取りにくいが、この曲、おおいにアリ」――。歌謡界が大きく変わる歴史的瞬間となった。

その後も「勝手にシンドバッド」はビックリされ、注目を浴びた。何を言っているのか聴き取れないため、「夜のヒットスタジオ」では彼らの歌唱時、初めて歌詞テロップが流れ、その後「歌詞テロップ文化」が定着したという。すごいな!

今も彼らはとんでもなく売れ続けている。この曲もずーっと愛され続けている!

ネタ元・阿久悠も面白がったタイトル

阿久悠さんの長男でミュージシャンの深田太郎さん。

当時はドン引いた私も、今ではこの曲が大・大好きである。即テンションを上げたい時、非常にお世話になっている。メロディーに落っこちそうなくらいのギリギリながら、全部奇跡的に乗っかっている歌詞。それをこぼさずに歌いきる早口。その勢いが、悩みをすっ飛ばしてくれるのだ。そしてアドレナリン物質がラーラーラーラララと放出される!

曲のタイトルは、沢田研二の「勝手にしやがれ」とピンク・レディーの「渚のシンドバッド」をくっつけた、志村けんさんのコントが元ネタというのは、有名な話だ。そして両方とも、昭和歌謡の大御所・阿久悠さん作詞の超名曲。阿久悠さんは怒らなかったのだろうか。

当時を知る元ビクターのディレクター・飯田久彦さんのインタビューを読むと、事前に阿久悠さんに「こんな曲が出ますけど」と了承のお伺いがあったそうだ。阿久悠さんの反応は、

「“面白い! こういう遊び心が大事なんだ”」。

器がでかーいッ(感動)! 阿久悠さんも「ペッパー警部」をはじめ、超ハジケた歌詞を書き、世の中を驚かせてきた人だ。むしろ、桑田佳祐の登場を誰よりも喜んだのかもしれない。

阿久悠さんの長男である深田太郎さんは、様々なトークショーや対談などで、サザンの曲は、阿久さんには隠れて聴いていたことを告白している。

「逆にロックならいいのよ。RCサクセションとか聴いてることとかは言うんだけど、なんか父の存在を脅かすような人が出てくるときにやっぱりそれは言わなかったんだ。」(上村一夫 公式サイト深田太郎×上村汀トークイベント2016年3月12日)。

なんとほのぼのする親子エピソード。もしかすると、阿久さんは気づいていて「あいつ、サザン聴いてる……いっそ一緒に聴こうと誘ってくれんか」とウズウズしていたかも?

サザンのラブソングが危険な理由

左から:1982年10月5日発売の「Ya Ya (あの時代(とき)を忘れない)」(発売元/Invitation)、1996年5月20日発売の「愛の言霊(ことだま)~Spiritual Message~」(発売元/タイシタレーベル)、1999年3月25日発売の「イエローマン ~星の王子様~」(発売元/タイシタレーベル)。

妄想は楽しいが、キリがないので私個人のサザン体験の続きをザックリ書くことにしよう。そもそも私ははっきり日本語を歌う人が好きであり、タチツテトをチャティチュティエチョという風に、英語の発音チックに歌う人が少し苦手である。サザンも苦手だったのが、いつの日かひっくり返っちゃった。チャティチュティエチョどころではない、彼らの言葉遊びはもうもう清々しかった。

「Ya Ya(あの時代(とき)を忘れない)」で苦手意識がなくなり、「シュラバ★ラ★バンバ」で、いいな、面白いな、となり「愛の言霊(ことだま)~Spiritual Message~」と「イエローマン ~星の王子様~」はひれ伏した。あの呪文というか、祝詞のような歌から八百万の神が見えた。

ただ、メガヒットした「いとしのエリー」「真夏の果実」あたりは、いまだに身構えてしまう。というのも、友人カップルが必ずカラオケで歌い、超濃厚な二人の世界を作ってしまう場に何度も立ち会ってきたせいだろう。サザンのラブソングの持つ、恋人以外を視界から消してしまう強力なパワーは、魅力的を超え、危険すら感じる。

なにやら愚痴っぽくなってきたので、最後に「希望の轍」の思い出を。私は30代のころ、サザンのコピーバンドに、小学校の時ピアノを習っていただけなのに、なぜかキーボードとして入れてもらった。原由子さんのポジションである。責任重大である。そして最初に練習したのが、最初からキーボードの見せ場がある「希望の轍」。私はトホホな演奏しかできず、「希望の轍」は「絶望の轍」と化し、気まずくなってすぐ辞めた。切ない思い出である。クーッ、ミュージックカンバックトゥーミーア(Music, Come On Back To Me, Yeah)!

今年で古希! 桑田佳祐

「さくらももこさん ありがとうの会」に出席した桑田佳祐さん。©文藝春秋

ついつい思い出に浸ってしまった。さて、「勝手にシンドバッド」に話を戻そう。大人になると、昔は聴き取れなかった歌詞の素晴らしさがわかってきて、湘南に憧れた。この曲を聴きながら江ノ島電鉄に乗りたくなるのは、もはや当然の心理である。

「江ノ島が見えてきた 俺の家も近い」の歌詞から何度妄想したことか。江ノ電からグアーッと見えてくる車窓からの海と空を。乗客全員がその風景を見て思っていることを、一気に言語化したような、唯一無二の「ざわめき」の曲、それが「勝手にシンドバッド」!

何年経っても、聴いていて心がはやる。この気持ち、そんじょそこらにある言葉では埋められない。あのタイトルしかシックリこない。そう。最後にもう一回叫ばせてほしい。それが「勝手にシンドバッド」!!

2026年6月24日発売の「人誑し / ひとたらし」(発売元/タイシタレーベル)。

1978年の秋の衝撃から、ずっとサザンオールスターズはざわめいている。桑田佳祐さんは、今年2月、古希(70才)を迎えたそうだ。信じられない……。いっそ古希の「古」という字を個性の「個」に変えて!

そしてソロ曲の最新曲は「人誑し」。確信する。まだまだ私たちは彼にビックリさせられるだろう。

感じる音楽のパワー、リズムの魔力。ああ、これからも続く、胸さわぎの年月(としつき)!

田中 稲(たなか いね)

ライター。WEBを中心に、昭和歌謡、J-POP、世代研究、映画・ドラマの記事を執筆中。感動したら即行動をモットーに、50代半ばから、コンサートレポート、インタビューにも走り回るようになる。
著書に『昭和歌謡 出る単 1008語』(誠文堂新光社)、『なぜ、沢田研二は許されるのか』(実業之日本社)がある。
執筆協力も、『刑事ドラマ・ミステリーがよくわかる警察入門』(じっぴコンパクト新書)『時代小説・時代劇がよくわかる剣術・剣豪と刀』[本/雑誌](じっぴコンパクト新書)ほか多数。
X:@ine_tanaka

文=田中 稲

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