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三宅香帆が語る“推し活”の今後――「他人ではなく自分を推せ」という言説の裏側と、“自分の言葉”を持つ本当の意味

  • 2026.9.19

昨年、文芸評論家としては異例となる「紅白歌合戦」の審査員に抜擢された三宅香帆。彼女の新著『推したちとどう生きるか』は、現代の推し活について江戸や明治、戦後と時代をさかのぼりながら丁寧に論考した労作となっている。

ただ、同著で言及がない部分がある。それは近代において日本人がぶつかった「個性」や「個人主義」の問題。これはsmart Webにとって非常に重要だ。明治期に輸入された「自分らしさ」という概念の延長線上に現代ファッション誌があるのだから。

そういった観点で、しばしば推し活は「他人でなく自分を推せ」と批判されてきた。このいわば「自推」について三宅はどう考えているのだろう。ファッション言語や韓国発の「テキストヒップ」文化も含めて話を聞いた。

自分の言葉を持つことは成長ではない

――『推したちとどう生きるか』の発売から1カ月ほど経ちましたが、反響や手応えはいかがですか?

三宅香帆(以下、三宅):やっぱり、実際に推し活をしている当事者の方からの反響がありがたかったです。どうしても推し活と批評は、相性が悪いと思われがちなんですけど、そこを新鮮に受け取っていただいた感想が多くて。

――三宅さんご自身も推し活をされてきたということですが。

三宅:そうですね。今は全然で、そこまで活動はしていませんが、自分の体験や経験も含めて書いています。

——実際に書き上げてみて、理解が深まったこともあったり?

三宅:推し活と日本文化が意外と密接なんだということは、書いてみないとわからなかったです。特に「立身出世」との関係は、調べていくなかで理解できたことではありました。

――あらためて三宅さんが考える「推し活」とはどういうものですか?

三宅:本のなかでは「好き+応援の行動」というように書きましたが、一番は他人やもの、キャラも含めた「他の誰かの身体に自分の夢を見ること」かなと思っています。

メディアでは過激な課金が取り上げられがちですが、そういった面だけではないんですよ。世間の推し活論がしっくりこないので、自分の言葉で語ってみたいという気持ちが、この本を書くきっかけのひとつでした。

――今となっては、三宅さんご自身も推される立場になっているのでは?

三宅:最近そう言ってもらえることが増えましたが、私はあまり推されてる感じはしないですね。それに書籍は何冊も買うような文化がないじゃないですか。

たとえば『チェンソーマン』のキャラを推して、グッズを何個も買う子はいるけど、作者・藤本タツキ先生を応援したいから漫画を10冊買う人は少ないと思うんです。

――活字文化と推し活の相性がよくないということでしょうか?

三宅:推し活できるものを用意していない、という考え方が近いかもしれません。でもそれも悪いことではないとは私は思います。推しとは違う文化圏だからこそ書けることもたくさんあるから。

――本書で三宅さんは「推し活」の源流を、明治期の甲子園・音楽・宝塚に見出しています。子どもたちに西洋近代という「来たるべき未来」への夢を託したという見立て。ただ、それは近代における「個人主義」や「個性」といった概念と矛盾する考えだと感じました。

三宅:自分の成長に限界があるように、西洋化した生活を送るにもやっぱり限度はあるわけで。他人や次世代に任せるほうが夢を見やすい気がします。当時の大人にとって「子どもの世代はせめて西洋化してほしい」と願うほうが、普通のリアリティなんじゃないかなと。

――「次世代に思いを託す」という発想は、人類史的な視点に感じられて興味深いです。また主要な「推し活」批判として「自分を推せ」があります。「smart」のようなファッション誌も自分を推す側の文化の系譜にあると思いますが、この「自推」についてどうお考えでしょう?

三宅:子育てしている人に対して、「自分をもっと成長させろ」とは言わないじゃないですか。先生が自分よりも子どもの学力を上げたいと考えるのと同じように、自分の成長につながらない趣味を持つことも普通だと思うんですよ。それに自分の成長を重視するのは、ある年齢まででもあるような気もしていますね。

――美容整形のように、限界を人為的に突破することも「努力」とする考えもありますね。

三宅:本来は美容整形も限度があるはずなんです。もちろん人によって変わりますが、基本的には「変えられるもの」と「変えられないもの」が存在するけれど、商売として広告は限界がないように見せるようなところがある。

それは「自分を推せ」という言説の裏表かなと思ったりはしますね。本当にみんなが自分を成長させられるものなのか、私は疑問を持ってしまいます。

――本の結論には「自分の言葉を持とう」と提言されています。ここで「言語化」の問題が出てきます。

三宅:ずっと思っていることではありますね。今は他人の感想をSNSでリポストすることで、それが自分の言葉と思い込んでいる気がしていて。

でも、それだけだと過激になる必要のない場面で、冷静でいられないことがある。だから自分の言葉を意識してもらいたいんです。

――それは「言葉を得て、自分を成長させよう」という「自推」になりませんか?

三宅:「自分の言葉」を持つことは、私にとって成長ではないんです。今の自分を言葉で表現することと、自分を成長させるための努力は、まったく別のこと。何かを足していく成長というより、普通に今の自分を自覚するぐらいの感覚で。

たとえばアイドルのスキャンダルに批判が集まったとき、「別にそこまで批判することなんだっけ?」と考える程度の話ですね。

――なるほど。では今後の「推し活」はどうなっていくと思います?

三宅:身の回りの友達とかのほうが大事、みたいな感じになっていく気もします。推し活って、見ず知らずの他人を推せるような環境が整ってはじめて可能だと思うので、その環境がある限りは続く気はするんですけど、未来永劫という感じもしないですね。

——Netflix『ラヴ上等』のようなヤンキーの世界観ということ?

三宅:『ラヴ上等』もみんなが他人に興味がある時代だからこそ、自分の周りや家族、大事な人だけを大事にする感じが新鮮に映ったり、いいなと思うところがあるのかもしれません。

Y2K=平成リバイバルがしっくりくる

――ところでファッションと言語についてもお聞きしたいのですが、三宅さんは普段ファッション誌を読みますか?

三宅:BAILA」や「ELLE」で連載させていただいていて、読者としても読みますし、「BRUTUS」のようなカルチャー雑誌も好きですね。

——実はsmart本誌が昨年、創刊30周年を迎えました。誕生当時に密接だったのが「裏原系」のファッション。当時はまさに“裏”だった裏原系のカルチャーが、今ではNIGO®さんがファミリーマートのクリエイティブディレクターに就任するなど、完全に“表”の文化になりました。

三宅:たしかに。平成は経済的に「失われた30年」と言われますが、成長と引き換えに文化を拡大できた時代でもあった。ただ、それはそれでよかった面もあると思います。なんだかんだビジネス側ではなく、カルチャーのほうにいい人材が入ってきたということもあったはずなので。

――平成といえば、日本における「Y2K」は90年代への回帰で実質「Y1.99K」だったと思うんです。最近はレトロなものなら、何でも「Y2K」みたいな感覚で使われているような。

三宅:アメリカから輸入されてきた言葉なので、そうなるのかなと思います。私は「平成リバイバル」とするのが一番しっくりきますね。2000年代以降のアメリカってインターネットの進化と紐付いてると思うんですけど、日本だと当時はまだ一部のオタクのものでした。

だから「Y2K」は平成の雰囲気を指す言葉なのかなと。「ITブームで景気がいい」ではなくて、バブルが弾けつつも、まだ景気がよかった頃みたいな。

——なるほど。三宅さんは『推したちとどう生きるか』の第4章でも、アメリカ文化について独立して語っていましたね。

三宅:インターネットのなかでVTuber文化と、旧ジャニーズ事務所や渡辺プロダクションのような芸能事務所は違う文脈だと思ったんですよ。連載時は気にしていなかったのですが、第3章までのインターネット以降におけるメディア環境や労働環境の変化と、アメリカからやってきた芸能は別の話だと感じたんです。

だから書籍化するときに、別の章として整理しました。正直、アメリカと日本の文化を分けて考える感覚が30代以下の日本人にどれくらいあるのか、ちょっとわからない部分もあります。

――話を戻しますが、女性は「地雷系」や「量産型」「うさぎ舌リップ」「ワンホンメイク」などの言葉があるのに、男性のファッションは「20代男性 ファッション」のように検索しがちと言われます。逆に髪型に関しては、逆に男性のほうが言葉が多い。

三宅:もしかしたら、ファッション的なロールモデルが、女性のほうが多様なのかもしれないですね。男性側の憧れる人物像も多様になっていい気がします。そうすれば服やメイクにも言葉が広がっていくんじゃないかなと思います。

女の子のファッションって、アイコンが登場してから初めてジャンルができる感じなんです。男性だと菅田将暉さんとかなのかな。ファッションアイコンとしてのスターが出てくると、より言語化されていくのではないでしょうか。

――「顔面国宝」や「メロい」、「ビジュがいい」といったカッコよさを表す言葉も増えているという意見もあります。

三宅:昔よりは語彙力が上がってると思いますね。上の世代よりも下の世代の、特に男性は褒める言葉に照れがない人が増えたんじゃないかなと思いますね。今の40〜60代は他人に「可愛い」とか「カッコいい」と言うことに、ハードルを感じる人も多いはずです。

韓国では本をデコる文化がある

――韓国では「テキストヒップ」という、読書を自己表現として楽しむムーブメントがあるそうです。

三宅:ここ数年、韓国だと独立系書店のムーブメントがあるんですよ。やっぱり場所があるのは大きいです。あとシンプルに韓国の本って、物としてもおしゃれだったりしますね。インテリアになる。日本でもそうなってくると嬉しいなと思います。

――三宅さんもブッククラブ「Miyake Book Club」を立ち上げられましたが、これは韓国の動向と連動している?

三宅:新刊イベントをやるとき、大体ネタバレ前提で話すことになるんです。読んできてもらう時間が大変だよなって思っていて。

だったら、みんなでその場で読んで、そのあとに話したほうが、読者さん的にもいいんじゃないかと思って立ち上げました。韓国の事例をいろいろ参考にしたいなと思っています。

――韓国との交流はあったりします?

三宅:交流は全然ないんですけど、自分が韓国語で本を出すと、現地の読者さんもすごく感想をくださるんです。それを見ると嬉しいですね。自分の本を通して、日韓の交流がいろいろな部分で活発になるといいなと思います。今はSNSでも自動翻訳できますし。

あと韓国の読書文化だと本にシールを貼ったりとか、取っ手をつけて持ち歩いたり、刺しゅうしたりするのがSNSで流行ってて。

——本をデコる文化があるんですね。

三宅:そうなんですよ。可愛いなと思うんですけど、日本でそれをやると怒る人がいっぱいいそうだなと思っていて。既存の読書文化とは違うところで、そういう新しいものが生まれてくると嬉しいなと思ったりしますね。表紙にシールを貼るのが一番いいと思うんですけど。

——もし日本の本でデコるとしたら、何をおすすめしますか?

三宅:角川文庫が毎年出している、夏目漱石こころ』や宮沢賢治銀河鉄道の夜』みたいなシリーズは、デコり甲斐があるんじゃないかなと思います。最近は可愛いカバーの文庫がいっぱいありますからね。

デコるのがOKになれば、先ほどの「Y2K」のような文脈に乗れる気がするので、そういう従来の読書好きとは違う文脈の上で流行るといいなと思ってます。

――最後に、今書かれている次の本について教えてください。

三宅:新刊『学ぶことが仕事――博士という生き方』が11月4日に発売されます。あとは年明けに『なぜ夫は病院に行かないのか』というタイトルの本も発売される予定です。smart読者の方は、ぜひ「自分も病院に行くっけ?」と考えながら、読んでもらえたら嬉しいです。

Profile/三宅香帆(みやけ・かほ)
1994年高知県生まれ。文芸評論家。京都市立芸術大学非常勤講師。京都大学大学院人間・環境学研究科博士前期課程修了(専門は萬葉集)。2017年、大学院時代に『人生を狂わす名著50』を刊行しデビュー。2024年、『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』で「書店員が選ぶノンフィクション大賞 2024」大賞を、翌年には「新書大賞 2025」大賞を受賞。他の著書に、『娘が母を殺すには?』『「好き」を言語化する技術 推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない』『「話が面白い人」は何をどう読んでいるのか』『考察する若者たち』『文体のひみつ なぜあの人の文章はつい読んでしまうのか?』『ニュー日本文学史』など多数。
Instagram:@miyake_kaho
X:@m3_myk
YouTube:@KahoMiyake

■書籍情報

三宅香帆「推したちとどう生きるか
発売中

https://www.shinchosha.co.jp/book/611129/

三宅香帆『学ぶことが仕事――博士という生き方』
11月4日発売

https://web.sekaishisosha.jp/posts/9895

取材協力/深町遠藤文具&深町珈琲
渋谷の奥のエリア「奥渋」の一番奥にひっそりと佇む文房具屋&カフェが併設された店。昔ながらの文具を観ながら、安価で本格的なコーヒーが楽しめる。
住所:東京都渋谷区富ヶ谷1丁目43-8

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