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離婚後、生活保護を申請も…窓口で言われた残酷な言葉「子供と一緒に飛び降りるしかない…」“江東区のゴマキ”が政治家を目指した理由

  • 2026.9.14
【写真・画像】離婚後、生活保護を申請も…窓口で言われた残酷な言葉「行政から見捨てられ飛び降りも考えた」音喜多駿の美人妻(41)が明かした“政治家を目指した理由” 1枚目
ABEMA TIMES

音喜多駿さんの妻・三次由梨香さん(41)に『秘密のママ園3』(ABEMA)が密着。離婚後に生活保護を申請した際の体験と、政治家を目指すようになった理由を明かした。

【映像】ホステス時代の写真&政治家となった現在の姿

番組の「のぞき見!隣のママ」コーナーで、三次さんの過去が明かされた。「江東区のゴマキ」と呼ばれるほど美少女だった三次さん。父子家庭で育ち高校時代から一人暮らしで、その頃に同級生の子供を妊娠、中絶。卒業後はホステスなどをして暮らしていたというが、22歳の時、「某国民的アイドルの友達」の親友だったという人物と出会い、結婚。結婚から1年で待望の赤ちゃん(長女・寿音さん)が誕生したが、「産まれてちょっとしたら、もう全然帰って来なくなっちゃって」と夫が家に帰らなくなり、お金も枯渇。頼るあてがなかった三次さんは自ら離婚を切り出し、母子で行政に守ってもらう道を選んだという。

その後、区役所へ生活保護の相談に向かったという三次さん。しかし「私は金髪でパーマかかってたんで、上から下まで見て、『いや、あなた若いから働けるじゃない』って言われて」「『親も無事でしょ? あなた若いんだから』って」と、窓口で冷たい対応をされたことを告白。「高校生から家出ちゃってたから、頼れなかった。(役所の対応に)『あ、こんな感じなんだ』と思って」と、唯一の頼りだった行政からも見放されたと感じたという。「当時、5階か6階に住んでたんですけど、『もうここから飛び降りるしかない』と思った。『この子を残して飛び降りるわけにはいかないから、一緒に行くしかない』とか」と、追い詰められていた当時の心境を涙ながらに振り返った。

【写真・画像】離婚後、生活保護を申請も…窓口で言われた残酷な言葉「行政から見捨てられ飛び降りも考えた」音喜多駿の美人妻(41)が明かした“政治家を目指した理由” 2枚目
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こうした辛い経験から、子どもの預け先を作りたいと保育園でアルバイトを始め、ベビーシッターの資格も取得したという三次さん。育児で孤立するママのためのイベント運営を任されたことをきっかけに、政治家を目指すようになったという。三次さんは「議員になる人たちって、大体裕福な人。そういう人って、ひとり親の友達まずいるのかな? っていうところから始まって。『誰もやってないんだったら、私やるか』みたいな感じで(目指した)」と、政治家を志した理由を明かした。

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