1. トップ
  2. エピソード
  3. 「私のこと、けっこう気に入ってくださってますよね?」初対面の食事会で距離が近かった女性。店の前で気づいた勘違い

「私のこと、けっこう気に入ってくださってますよね?」初対面の食事会で距離が近かった女性。店の前で気づいた勘違い

  • 2026.9.12

画面の向こうでは、隙のない人だった

私は六十を過ぎてから、家で原稿の仕事を請け負っている。

発注元の窓口を担当していたのは、私より20歳ほど若い女性マネージャーだった。

顔を合わせるのはいつもオンラインだったが、この一年で何度も打ち合わせをしていた。

彼女は修正を頼むときも理由をきちんと説明し、締切が近づけば「無理そうなら早めに言ってくださいね」と声をかけてくれる人だった。

私は以前、似たような立場で仕事をしていたこともあり、その気配りには何度か感心させられた。

「毎回ここまで細かく見ているんですか。大変でしょう」

そう言うと、彼女は画面の向こうで少し照れたように笑った。

「いや、けっこう抜けてますよ。皆さんに助けてもらってます」

「それでも、書く人の良さを残しながら直すのは簡単じゃないですよ」

「そんなふうに言ってもらえると、ちょっと安心します」

普段はてきぱきした人だったので、そんな表情を見ると意外に思うこともあった。

秋になり、受注者を集めた食事会が開かれることになった。参加したのは私を含む書き手4人と、彼女の5人だった。

画面越しとは違う距離の近さ

店に入ると、先に来ていた彼女がこちらに気づいて立ち上がった。

「あ、本当に来てくださったんですね。なんだか不思議です」

「いつも画面で会っていますからね」

「そうなんですけど……実際に会うと、ちょっと緊張します」

そう言って笑ったあと、彼女は私の隣の座布団を見た。

「ここ、隣に座ってもいいですか?」

断る理由もなく、「どうぞ」と答えた。

ところが食事が始まってから、少し気になることがあった。

彼女は私に話しかけるたび、腕や肩に軽く触れてくるのだ。

「この前の原稿、ほんとに助かりました」

そう言いながら腕に手を置く。

少しして昔の仕事の話になれば、今度は身を乗り出してくる。

「そのころの話、もっと聞きたいです。私、そういう経験が全然ないので」

「いやいや、昔の話ですよ」

「でも、私にはすごく勉強になるんです」

悪気があるようには見えなかった。ただ、オンラインで話していたときより明らかに距離が近い。

私が少し体を引くと、彼女もいったん離れる。それでもしばらくすると、また話の途中で腕に触れてくる。

向かい側の書き手と目が合い、私は思わず苦笑いした。

「ちょっと、近くないですか?」

冗談めかして言うと、彼女は「あっ」と手を離した。

「ごめんなさい。私、うれしくなると距離近くなるんですよね」

「びっくりしましたよ」

「すみません、本当に」

そう言って笑ったので、その場ではそれ以上何も言わなかった。

店を出たあと、聞かれたこと

二時間ほどで食事会は終わった。

店の前で、それぞれ駅へ向かおうとしていたときだった。

彼女が私のところへ来て、「今日は来てくださってありがとうございました」と頭を下げた。

「こちらこそ。皆さんとも話せてよかったです」

すると彼女は少し黙り、こちらの顔を見た。

「あの……ひとつだけ聞いてもいいですか?」

「何ですか?」

「私のこと、けっこう気に入ってくださってますよね?」

思いがけない言葉に、私は返事に詰まった。

「え?」

「いつも褒めてくださるから。私、勝手にそう思ってて」

そこでようやく、彼女が私の言葉を少し違う意味で受け取っていたのかもしれないと思った。

「いや、仕事ぶりを評価していただけですよ。変な意味ではないです」

私がそう答えると、彼女は一瞬目を丸くしたあと、恥ずかしそうに顔を伏せた。

「……ああ、そうですよね。すみません。私、ちょっと勘違いしてました」

「いえ。私も言い方が紛らわしかったのかもしれません」

少し気まずい間が流れた。

やがて彼女は鞄を持ち直し、いつもの仕事中の声に戻った。

「じゃあ、来週の打ち合わせはいつもの時間で大丈夫ですか?」

「はい。大丈夫です」

「よかった。では、お疲れさまでした」

近くにいたほかの書き手も「お疲れさまでした」と声をかけ、それぞれ駅へ向かった。

翌週、画面に現れた彼女は以前と変わらず仕事を進めていた。ただ、食事会のことにはお互い一度も触れなかった。

仕事上の尊敬として伝えたつもりでも、受け取る側には別の意味に聞こえることがある。あの日以来、褒めるときほど、何を評価しているのかを少し具体的に伝えるようになった。


※本記事は、GLAMが独自に実施したアンケートで寄せられた60代以上男性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています

※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。

元記事で読む
の記事をもっとみる

注目コンテンツ