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西川美和監督×二階堂ふみが『わたしの知らない子どもたち』で描いた戦争と女性の苦悩

  • 2026.9.1

路上で生きるために「女性であること」を隠した少女を中心に、戦後の世界を描く『わたしの知らない子どもたち』は、日本を代表する映画監督、西川美和の最新作。日本映画として初めてトロント国際映画祭のコンペティション部門のオープニング作品に選ばれたことも話題だ。

映画が描くのは、これまでの戦争映画では描かれてこなかった「戦争孤児」(家族を失い路上での困難な生活を強いられた子どもたち)。今回はその西川美和監督と、もう一人の主人公--琴子の身を唯一案じ続ける元・担任教師・曽根を演じた二階堂ふみのインタビューをお届け。作品が浮き彫りにする現代との共通点とは、そして戦争が人間から奪う究極のものとは?

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ELLE 戦争をモチーフに描いたこの作品で、広島出身の西川監督と沖縄出身の二階堂さんが初めてご一緒することになりましたね。

西川 それが理由でお声がけしたわけではありませんが、やっぱり二階堂さんの言葉の端々から社会や世界に意識を向けて、真剣にものを考える方だと感じていたので 、この作品でご一緒する信頼感がありました。その根底には、沖縄にルーツを持つことや、お身内の方の影響、見聞きしてきたものはあるんだろうなと思います。曽根役を決める際に、引き受けてくださるかな、と思いながらお願いしたのですが、当初は「二階堂さんが若かったら琴子だな」というふうに思っていましたね。

Ⓒ2026 K2 Pictures

二階堂 脚本執筆の段階で「戦災孤児の話」だとお聞きしたうえで、台本を読ませていただき「この作品のために、自分ができる限りの貢献ができたら」という思いが湧きました。ただ、この数年は「役者が声を持っていいのだろうか?」とも考えるようになって。声が大きすぎたり強すぎたりするのは、役者の本来あるべき姿や求められているものと相反することもあるし、他方で自分の言葉に責任を持たなければとも思うし。作品はどこまでいっても自分の言葉ではないし、俳優はある程度は作品を守る側にもならなければいけないし。

ただこの作品については、俳優部として参加し演技によって伝えることに意義を感じましたし、戦争や戦災孤児といった方たちに対して自分が感じていることを表現する正しいやり方なのかなとは思っています。

ELLE 二階堂さんの現場でのあり方についてはどんな印象ですか?

西川 心構え、技術、長距離ランナーとしてのペース配分など、すべてにおいて非常にプロフェッショナルですね。映画撮影は「大勢の人間が乗った大きな船」みたいなものなんですが、二階堂さんはそれを前進させるために俳優がすべきことを理解している。「スタート!」の声がかかった瞬間から、何も言わなくても時代設定に即した人物の所作や発声ができていることは、演出だけに集中できて演出家は助かるんです。あとは、はしゃいで盛り上がってるエキストラの子どもを私たちが持て余すなかで、二階堂さんは子ども時代から働く先輩らしく「ちゃんとして。仕事だよ」とぴしゃりと注意されてましたね(笑)。現場がキュッと引き締まるのも助けられました。

Ⓒ2026 K2 Pictures

ELLE もう一人の主人公、琴子を演じた小八重葵美(こやえあみ)さんは、二階堂さんとよく似ているなと感じました。彼女の印象を聞かせてください

西川 琴子役のオーディションでは、同時に親友のゆきちゃん役も演じてみてもらったんですが、ゆきちゃん役は演技経験のある子役の女の子はみんな上手く演じられるんです。意思が弱い感じで、ちょっと切なくて。でも琴子役はなかなかハマらないんですね。きつく見えすぎるとか、もうちょっと強いはずなんだけどとか。葵美ちゃんはオーディション時はお芝居の経験がほぼゼロでしたが、父親と口論する場面を演じてもらったら、屈託なく自分の言いたいことが言える。表面的にはふんわりしたお嬢さんですが、根っこに琴子に共通する芯の強さみたいなものを感じました。琴子が終盤で歌うモーツァルトの子守唄を歌ってもらったら抜群に上手で、この子に決まりだなと。目の表情が非常に魅力的で、カメラで撮った時に「撮られる顔だな」というのは最初から感じていましたね。

Ⓒ2026 K2 Pictures

二階堂 大人を真っ直ぐ見つめる目が⋯⋯嘘偽りなく言えば、何かを見透かされるようで怖いなと(笑)。葵美ちゃんは、大人の愛情を素直に受け取り、まっすぐに返す子。「演技」が仕事の俳優は、悪い意味ではなく嘘が上手くなるものですが、葵美ちゃんにはそういうところがぜんぜんなく、セリフが単なるセリフにならず、強さと真実味を帯びていて素晴らしいと思いました。

琴子を演じる彼女を見ながら、ずっと「抱きしめてあげたい」と思っていたんですが、迂闊に近づいてはいけないなとも思っていて。とあるシーンを撮り終わった後につい抱きしめてしまったら、小さな声で「抱きしめてくれてありがとうございます」って。葵美ちゃん自身が線を引きながら私を見ていたことは本当にすごいなと思いましたし、彼女のそういうひたむきさで、現場全体が「葵美ちゃんのために」という気持ちになっていたと思います。

琴子役を演じた小八重葵美さんと。 二階堂ふみ/シャツ¥25,300/<a href="https://enof.co.jp/" target="_blank">イナフ</a> Takuya Maeda[TRON]

戦争は子どもが“誰かの大切な子どもであること”を奪っていった―西川美和

ELLE 路上で生きるために少年の名前を名乗った琴子を始め、「名前を捨てる」というエピソードが多かった印象があります。戦争が人間から奪う究極のものは「個人であること」なのかなと。その点について思うところを教えてください。

西川 本当におっしゃるとおりだと思います。シチュエーションはそれぞれに違うと思いますが、子どもたちは「私が私であること」を奪われていったのだと。路上で生活していた子どもたちは捕まるたびに調書を取られるので、個人を特定されないよう適当に名乗るんですね。「自分がどこの誰かわからなくなってしまう」というエピソードはそこから書いたものですが、とても不幸なことだと思います。「誰かの大切な子ども」でなくなってしまった悲しさ、そして子どもがそれを受け止めていってしまう虚しさ。

戦後もずーっと残ってしまった、朝鮮半島の人々に対する、国籍も含めたアイデンティティの剥奪も同じで、あってはならないことです。私自身、いろんな資料を読んで感じましたが、おそらく大多数の日本人には、そのやるせなさを実感するのは難しいだろうと思います。

Ⓒ2026 K2 Pictures

二階堂 「個人であること」より「役割を全うすること」を強いられるのが戦争なのかなと思いました。私自身も曽根を演じながら、その時々の状況によって「教師」「女性」「母」といった役割を強いられることを体感していました。

監督がおっしゃった朝鮮半島の人々と同じように、沖縄の人々も、方言を使うことなど自分たちのルーツを否定させられることがあったのですが、沖縄だけではないのかなと思います。戦中、戦後には琴子のように「自分が自分であること」を捨てたり隠したりしながら生きざるを得なかった人たちがいると思うと、やっぱり胸が苦しいです。その一方で、アノニマス(匿名性)の恩恵もあるのは、すごく皮肉ですよね。

西川 名前がない方が大胆になれるのかなあ。そうでなければ戦争はできないのかもしれません。

Ⓒ2026 K2 Pictures

ELLE 曽根は戦後、一人で子どもを育てるために、進駐軍用の慰安施設で体を売るようになります。日本映画では何度も登場してきたキャラクターですが、曽根は同じように描かれてはいませんよね。曽根について教えてもらえますか?

西川 これまでの日本映画には、「戦後に街頭で身体を売った=たくましく生き延びた女性たち」というような、ある種のステレオタイプがありますよね。でもある一時期、やむをえずそういう仕事をしていたごく一般の女性たちもいっぱいいて、それをちゃんと描いておきたかったんです。今回のリサーチで知ったのは、終戦の3日後には進駐軍用の慰安施設が政府や警察が結束して準備され始めたという事実で、「何より先にそれなんだ」と驚きました。そうした感覚がまかり通ってきた、この国はどうなってんの?と改めて思うことが多くありましたね。

二階堂 曽根は結婚するはずだった相手を戦争で失い、その子どもを抱えて生きることになります。戦後にはそうした現実と同時に、自分が「身体を売る女性たち」に対して持っていた偏見とも向き合わなければならなくなります。その痛みにも似た感覚が、婦人科での性病検査の場面のあたりで一気に吹き出して、精神的にすごくしんどかったですね。慰安施設がチケット制だったこともこの映画で始めて知り、ショックを受けました。給金の支払い窓口では、その枚数で何人の相手をしたかを確認し、相応の額が支払われるシステムだったんです。

西川 人々が困窮した時、男性なら暴力の世界で、女性だと肉体を差し出すビジネスに向かう。行政や社会などに助けを求めるよりも手っ取り早いという感覚は、あまり変わっていないのかもしれません。制度を整えればそうならないのかという人間の謎はさておき、社会全体が「そういうもの」として是正してこなかったことは確かでしょうね。

Ⓒ2026 K2 Pictures

そもそも撮影現場が女性が透明化されている環境なんです―二階堂ふみ

ELLE 「女は子どもを産む準備ができた瞬間から身重」というセリフが印象的でした。子どもであれ大人であれ、女性であるだけで被害者になり、加害者的な罪悪感を覚えさせられる事が多いので。そのあたりについて思うところを教えてください。

西川 まずふたりの主人公が女性で、一人は体が最も変化する思春期の少女、もう一人は妊娠し出産する女性を選んだ時点で、これは色々書かなきゃいけないんだろうなとは思っていました。それが先にあったわけではなく場面ごとに思いついて書いていったので、作品を見ていただいた人に言われて初めて、逆に「そういうことを書いたんだな」と気付かされているところです。今のセリフも「ああいう言葉、ああいう場面を映画で初めて見た」と言っていただくことが多かったですね。女性は、出血をしている時以外もずっとそれに支配され、にも関わらず何も起きていないかのように振る舞わなければいけない。それをそのまま「存在すること」として語ったあのセリフに救われた、という意見もいただいたりしました。

二階堂 私自身、初潮以前から俳優をやっていましたが、生理が始まってからは仕事に対する向き合い方が全然変わってしまったのを覚えています。ですから映画の中でそういう場面に突き当たる女性たちにはすごく共感しました。同時に「女性はそういうものだから」という認識で社会ができてしまっていることも、再確認させられました。

ELLE 今、配信を中心に国際的な協業が増えていますが、それを通じて現場の意識の変化など、感じることがあれば教えてください。

西川 それは今、まさに二階堂さんが経験していることですよね。どうですか。

二階堂 そこまで経験しているわけではないですが⋯⋯日本のスタッフは世界的に見ても素晴らしく優秀であるということは、声を大にして言いたいです。日本の作品や、性別を問わず多くの監督、スタッフ、技術の方々はもっと評価されるべきだし、それによって彼らの待遇が良くなっていってほしいと思っています。

西川 私自身はまだ海外で映画を撮る予定はありませんが、二階堂さんのように言ってくれる人がいると、日本のスタッフの優秀さを再認識できます。海外の映画祭に行くと、特にアジアなどでは日本映画の人気は高く、熱烈なファンもすごく多いので、自信喪失することなく、自分たちの映画を作り、発信していけたらいいなと思います。

『わたしの知らない子どもたち』

戦後、戦災孤児となった琴子(小八重葵美)は、性別を隠して少年グループに加わり生き延びてゆく。境遇を知りつつも何もせずに琴子と別れた担任教師の曽根(二階堂ふみ)は、乳飲み子を抱え困窮する。9月のトロント国際映画祭コンペティション部門のオープニグ作品に選出。

監督:西川美和
出演:小八重葵美、二階堂ふみ、坂東龍汰、櫻井海音、北村有起哉、吉田羊、竹野内豊、岡田准一、田中裕子、役所広司

2026年10月16日公開

Profile
西川美和/映画監督。1974 年、広島県生まれ。2002年、『蛇イチゴ』で監督デビュー。'06年、『ゆれる』がカンヌ国際映画祭「監督週間」に選出される。監督作に『夢売るふたり』( '12年)、『永い言い訳』( '16年)、『すばらしき世界』('21年)など。

二階堂ふみ/俳優。1994年、沖縄県生まれ。『ガマの油』(2009年)で映画デビュー。日本を代表する演技派として、『リバーズ・エッジ』('18年)、『月』('23年)、『遠い山なみの光』('25年)など話題作で活躍。制作中の『SHOGUN 将軍』シーズン2に出演。

photo TAKUYA MAEDA/TRON styling ERI TAKAYAMA(Fumi Nikaido), MIREI IKEDA(Ami Koyae) hair & makeup AIKO TOKASHIKI(Fumi Nikaido), ASAMI NISHIZAWA(Miwa Nishikawa, Ami Koyae)

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