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80年代のデザイン界を席巻した「ポストモダン」とは、どんな衝動だったのか?

  • 2026.9.1
Alberto Strada

かつて世界を席巻した、イタリアのポストモダン・デザイン。それはなぜ生まれ、今再びこれほど熱い視線を集めるのか。時代の大きなうねりと結びついた、新たな潮流の物語に迫る。『エル・デコ』2026年8月号より。


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1970年代にイタリアの建築・デザイン界で起きた反モダニズムの運動は、80年代に大きなうねりとなって世界に認識された。合理性と機能性を追求したモダニズムを退け、代わりに多様性や複雑性を積極的に受け入れたのが、ポストモダンだ。

背景には、デザインの教育機関で規範とされていたモダニズムの美学による束縛から解放されたいというデザイナーや建築家の欲望があった。60年代末、先進国では、学生など若い世代が中心となって反体制・反権力運動が巻き起こり、芸術分野ではアメリカのポップアートが台頭した。その勢いと共に、前時代の定説を無視して過去の様式を引用したり、伝統文化を折衷的に取り入れたりしながら、ポストモダンは登場した。

<写真>1969年に発売されたタイプライター“ヴァレンタイン”。赤いボディとケースによって従来のイメージを一新した。

Nobuo Yano

国際的なデザイン集団メンフィスによる挑戦

建築では、マイケル・グレイヴスやフィリップ・ジョンソンらによる、古典的な形だが明るい色の柱を用いた高層ビルや商業施設などが衝撃的に現れた。その一方、プロダクトとインテリアで先駆的な存在だったのは、エットレ・ソットサス(1917~2007年)にほかならない。

ソットサスは、代表作の一つとして知られるオリベッティ社の真っ赤なタイプライター“ヴァレンタイン”に見られるように革新的なデザインによって、資本主義社会で評価される製品を手掛けていた。しかしカリフォルニアでビートニク詩人らと出会い、インドやスペインを放浪し社会や文化の多様性を目の当たりにした体験が、彼に大きな影響を与えた。

1981年、ミラノで国際的なデザイナー集団メンフィスを、アレッサンドロ・メンディーニ、アンドレア・ブランジ、バルバラ・ラディーチェ、ミケーレ・デ・ルッキたちと結成。さらに、磯崎新、倉俣史朗、梅田正徳がソットサスに誘われてメンフィスに加わり、ミラノで自主開催した第1回メンフィス展で新作家具やインテリアオブジェを発表するとすぐ、ポストモダンの熱量は日本へも伝でん播ぱしてきた。グループの最年長だったソットサスの反モダニズム的な方法論を体現する最前線に、メンフィスメンバーの活動は位置づけられる。

<写真>「カルテル」がソットサスのコレクションにスポットを当てた2015年のミラノサローネ。

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ポストモダンを象徴するデザインのルーツは、メンフィスにあると言っていい。彼らは、鮮烈な色と形の組み合わせによって、挑発的なほどカラフルな家具、照明、陶磁器などをつくり出した。歴史にも着想を求めたが、一つの様式を参照するよりも複数の文化から要素を引用して融合させ、ありふれた日用品でさえ刺激的なものにした。世界中の伝統工芸や人体の形を再解釈し、ユーモラスな細部を付け加えてインパクトを強める手法は、ポストモダンの特徴だ。自由で、個性を前面に押し出した造形、常識にとらわれない構造、あえて対比的に配置される色と装飾、絶対的な遊び心……。その過剰さゆえにほかの多くのデザイナーを引きつけたポストモダニズムは、メンフィスの話題性によってさらに時代を味方につけ、一部のデザインマニアだけでなく企業からも歓迎された。80年代の好景気を追い風に、さまざまな製品がポストモダンの様相をまとって、世へ送り出されていったのである。

<写真>今夏発売予定の「アレッシ」の“マイビューティフルチャイナ”

© Triennale Milano foto Agnese Bedini

2000年代から始まったソットサスの再評価

ソットサスはメンフィスの活動を5年でやめてしまったが、以降もデザインの大胆な手法を諦めることはなかった。建築の仕事に従事しながらガラス作品をつくり、過度な合理性にとらわれない人間味あふれる暮らしとはどういうものなのか追求した。その姿勢はデザインだけでなく発言にも表れており、目の前で起きている戦争や政治の権力者を批判する著書も数多い。ソットサスの言動そのものが、ポストモダンの精神的支柱であり続けてきた。

2017 年の没後10年(生誕100年)を節目とするかのように、近年、ソットサスのデザインがイタリアで復刻されている。その動きは、今再びポストモダンが注目を集めることになったきっかけの一つに挙げられるだろう。

2015年、「カルテル」がミラノサローネで「Kartell goes SOTTSASS.A Tributeto Memphis」と題し、ソットサスが2004年にデザインしていたものの製品化されていなかったコレクションを大々的に発表した。17年から18年にかけてミラノ・トリエンナーレのデザインミュージアムで開催された展覧会、『There is a planet』で披露されたのは、ソットサス自身が撮影した写真とエッセイを軸にした、多岐にわたる活動の痕跡だった。メンフィスがブランドとして再起動した2022年、ミラノ・トリエンナーレ内の恒久展示が誕生した。 ソットサスが1960年代に設計した個人邸の一部を、忠実に再現した「カーサ ラーナ」だ。巧みな設計の工夫が随所に盛り込まれた居室は、コンパクトだが、インテリアの色合いや素材の使い方においてポストモダンが印象的に息づいている。

<写真>2019年に誕生した「イタリア・デザイン・ミュージアム」。イタリアデザインの歴史を俯瞰でき、ポストモダンが生まれた流れが見えてくる。

© Triennale Milano foto Delfino Sisto Legnani e Alessandro Saletta

ノスタルジーではなく現代を魅了するポストモダン

およそ15年に及んだポストモダンのリッチなスタイルの後には、端正で環境問題にも配慮するデザインの方向性が示された。特に2000年代初め頃から強まったのは、ミニマルでシンプルな傾向だった。

しかし同時に、多様性を尊重し、多文化の魅力をそのまま受け入れようとする現代の潮流は、ポストモダンが歴史的な要素を再評価した動きと親和性がある。1980年代の焼き直しではなく、過去へのノスタルジーとも違う。新しい表現の一つとして、ポストモダンへの関心が高まっているのではないだろうか。

<写真>手掛けた個人邸の内装を再現した「カーサ ラーナ」。

Text:Mirei Takahashi

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『エル・デコ』2026年8月号



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