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70代女性「これまだ使えますか?」“変色した薬”を持ってきた女性→薬剤師が話を聞いて分かった“事の顛末”に「珍しいことではない」

  • 2026.9.8
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出典:photoAC(※画像はイメージです)

記録的な暑さが続いた8月下旬、「これ、まだ使えますか」と保冷剤なしのバッグから取り出されたインスリン製剤。

明らかに変色しており、廃棄をお願いする流れでしたが、70代の女性が漏らした「もったいなくて」の一言に手が止まりました。単なる保管ミスでは片付けられない、その裏にあった生活事情とは。

カウンターに置かれた、常温のインスリン

猛暑日の午前中、不安げな表情でカウンターに現れた70代女性。

差し出された一本のインスリンから、その週末の出来事が浮かび上がってきました。

バッグから取り出された瞬間の違和感

その日は日中の最高気温が35度を超えた、8月下旬のことでした。糖尿病でインスリン自己注射をされている70代のBさんが、カウンターにやってきました。「先生、これ、まだ使えるかしら」

エコバッグから取り出されたのは、未開封のインスリン製剤。手に取った瞬間、明らかに違和感がありました。本来なら透明であるはずの液体が、うっすらと濁っている。バッグの中には保冷剤も入っておらず、ペン自体もほんのり温かい状態でした。

伺うと、金曜の受診後、そのままバッグに入れて帰宅し、翌日出かけた際もバッグに入れたまま持ち歩いていたとのこと。その後は自宅の卓上に置いたままにし、月曜の朝になって「やはり薬局で聞いてみよう」と持参されたのです。

「申し訳ありませんが、これは使わずに新しいものに交換された方が安全です」とお伝えすると、Bさんは「そう……もったいなくて」と、視線を落とされました。

「もったいなくて」の裏にあった生活の現実

たった一言に込められた重さ。

少し話を聞かせていただいたことで、単なる保管ミスでは片付けられない事情が見えてきました。

ぽつりと語られた“年金と医療費”の話

薬剤師をしていると「もったいない」という言葉はよく耳にします。ただ、Bさんの声の低さと、視線の落とし方には、それだけでは片付けられない何かがありました。

「差し支えなければ、少しお話を聞かせていただけますか」

そう切り出すと、Bさんはぽつりぽつりと事情を話し始められました。ご家族を数年前に亡くされ、現在はひとり暮らし。年金と貯金でやりくりしているものの、電気代の高騰が想像以上に堪えていること。

「クーラーもね、夜だけつけるようにしているの。冷蔵庫もね、あんまり開け閉めしないようにって」

そして、こう続けられました。

「注射のこと、管理の仕方は分かってるのよ。でも、あの日は帰ってきてすぐ横になっちゃって、そのまま忘れちゃって。翌日思い出したんだけど、もう遅いかもしれないと思って、そのままにしちゃった」

一度うっかりが起きたとき、それを取り戻す気力や余裕がなくなっている…高齢のひとり暮らしの方に、こうした状況は決して珍しくないのだと、改めて感じさせられました。

地域包括支援センターへの一本の電話

薬をお渡しするだけでは終わらせられない。この出来事をきっかけに、声かけそのものも見直すことになりました。

夏場の要冷蔵薬、伝え方を変えるだけで防げること

その日は処方元の医師に連絡を取り、事情を説明したうえで交換分を新たに処方していただきました。

同時に、日々の服薬管理や生活のサポートについて一度相談してみてはどうかとBさんにご提案し、了承を得たうえで地域包括支援センターに一本電話を入れました。

Bさんは最初「大げさじゃないかしら」と遠慮されていましたが、「困ってからではなく、元気なうちに顔つなぎをしておく方が安心ですよ」とお伝えすると、「そうね、じゃあ話だけでも聞いてみようかしら」と受け入れてくださいました。

夏場の要冷蔵薬について、私たちはつい「冷蔵庫で保管してください」の一言で説明を終えがちです。

でも、それだけでは伝わらない方が確実にいらっしゃいます。今回の一件を受けて、私は要冷蔵薬をお渡しする際、「ご帰宅されたら、まずどこに置きますか?」と一言添えるようにしています。

動線を具体的にイメージしてもらうことで、「バッグに入れっぱなし」を防ぐきっかけになります。小さな工夫ですが、こうした声かけの積み重ねが、事故を防ぐ一歩になると信じています。

薬剤師の仕事は、薬を渡すことだけではありません。その薬が、患者さんの生活の中で正しく機能するかどうかまで見届けること。夏の一件は、そんな当たり前を改めて思い出させてくれる出来事でした。


※インスリン製剤の保管方法は、未開封か使用中か、また製剤の種類によって異なります。必ず主治医や薬剤師の指導、および添付文書に従ってください。
※患者のプライバシー保護のため、本記事における事例は、本質を損なわない範囲で年齢や家族構成などの設定を一部変更・再構成しています。


ライター:下田篤男

京都大学薬学部総合薬学科を卒業後、調剤薬局やドラッグストアグループで薬剤師として勤務してきました。総合病院の門前店舗では管理薬剤師を務め、たくさんの患者さんと向き合う日々の中で、「薬を渡す」だけではない、人と人との関わりの大切さを実感しています。現在は薬剤師として現場に立ちながら、医療記事の執筆・編集や薬局経営コンサルタントとしても活動中。読者の皆さまに、薬局がもっと身近で頼れる場所になるような情報をお届けしていきたいと思っています。



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